昇龍擾乱 06
膨大な数の完全記憶結晶を収納している星牢とは、多数の高度な技術を持つ魔術師達が、膨大な魔力を投じて作り出す、エリシオン式の魔術的防御殻だ。カレタカを遥かに上回る防御能力に加え、絶対防御能力を持っているだけでなく、他の防御殻には無い特殊な性質を持っている。
その特殊な性質が、多世界存在性。多世界存在性というのは、その存在が煙水晶界だけではなく、他の世界にも同時に存在している性質の総称である。
星牢は過剰な魔力を投じ、膨大な数の封印魔術を組み合わせて作り出した結果、存在の一部の空間が歪んでしまっている。その結果、星牢は一部分が煙水晶界の外の世界に、同時に存在する状態……つまり多世界存在性がある状態になってしまっているのだ。
この場合の外の世界とは、煙水晶界や蒼玉界などの世界では無い。それらの世界が星々の様に存在する宇宙の如き、果てし無き空間の方。
エリシオン式魔術では、この煙水晶界の外にある世界……様々な世界の間にある空間を、正式には亜空間と呼んでいる。東方表意文字を瀛州読みして、亜空間と呼ばれる場合も多い。
ソロモン式や香巴拉式と違い、他の世界へ通路を開き、移動する事が出来なかったエリシオン式の魔術師は、この世界の間にある空間を、通常の世界の空間より劣る、補助的な世界と捉えていた。故に、通常の空間に準ずる世界として、亜空間と命名したらしい。
そして、この亜空間には煙水晶界や蒼玉界などの、巨大な世界だけではなく、小さな世界が星の数程に存在する。それらは亜世界と総称され、ナイルなどが使うタイニィ・バブルスなども、その亜世界の一つだ。
亜空間の煙水晶界の周囲には、膨大な数の小さな亜世界が存在し、その殆どは小さな物だが、中には大陸が一つすっぽり収まりそうな程に、巨大な亜世界も存在する。その亜世界の一つを利用し、星牢を特定の場所から移動不可能にしてしまう魔術が、亜空間錨である。
多世界存在性を持つ星牢の一部は、亜空間にはみ出る形で存在している。亜空間錨は、その亜空間に存在している星牢の一部と巨大な亜世界を、光鎖という魔術的に作り出した鎖で繋ぐ、船で言えば錨の様な存在だ。
亜空間錨によって、亜空間において座標固定された星牢は、煙水晶界でも移動が殆ど出来ない状態になる(「完全に」ではなく「殆ど」なのは、全く動かせないと不便な場合がある為、数メートル程は動かせる様に固定されている為)。亜空間に存在する巨大な亜世界ごと動かせば、その限りでは無いが、それは事実上不可能。
ここから星牢ごと盗み出そうとするなら、亜空間錨をどうにかしなければならないのだが、亜空間錨の本体は亜空間に存在する為、通常なら目には見えないし触れられもしない。故に当然、破壊する事も不可能。
しかも、星牢を攻撃して破壊した場合、亜空間と重なって存在する部分が暴走し、収納されている物は全て、亜空間に放棄されてしまう。絶対防御能力を持つので、星牢を破壊する程の攻撃を受けた際、中の物は無事で済むのだが、そのまま亜空間に放棄される為、星牢の中にある物を無事に得たければ、間違っても星牢を破壊しようなどと思ってはいけない。
つまり、亜空間錨により亜空間座標固定された星牢から、収納された完全記憶結晶を入手しようとするなら、サオトーにおいて膨大な数の封印魔術を、地道に解除し続けなければならないのである。だが、星牢の周囲には「触れたら最後」である防御用魔術、ナジャの巣が展開されていたので、星牢に近付いて封印魔術の解除作業を続けるのも、事実上不可能と言える状態だった。
これ程に徹底的な防御が、サオトーで保管されていた膨大な数の完全記憶結晶には、施されていたのである。そして、今……サオトーからマットチョイに星牢を移動させる為、まずはポワカがナジャの巣を解除し、続いて星牢を亜空間座標固定した八人の魔術師達が、亜空間錨の破棄作業を行ったのだ。
破棄作業の際、煙水晶界と亜空間を魔術で再接続すると(再では無い接続は、亜空間錨で星牢を亜空間座標固定する際の接続)、再接続の為の穴は光鎖が存在する辺りに開く。それ故、光鎖は空間に開いた穴を通っている様に見える形で、一時的に可視化状態となる。
同時に再接続時に自壊する機能が、光鎖の中で起動し、通常なら二分程度で光鎖は自壊し、爆発……消滅する。亜空間の状態が悪い時は、この自壊に至るまでの時間が短くなる場合が多い。
この光鎖が自壊する際の爆発は、星牢を破壊する程では無いが、下手すればタンロン鉱山跡を壊滅させる程に激しいので、絶対防御能力を持つ防御殻で覆った上で無ければ、光鎖を自壊させたりは出来ない。そうしなければ、サオトーどころかタンロン鉱山跡にいる人間達が、全滅してしまう。
絶対防御能力を持つ防御殻で覆った上で、光鎖を自壊させれば、その爆発により亜空間に通じる穴も、存在のバランスを失い縮小……消滅する。これで、亜空間錨の破棄作業は終了し、星牢はサオトーから動かせる様になった訳だ。




