昇龍擾乱 04
(――あの燃料棒に、発生する煙の量……尋常じゃない魔力が使われてる筈! どんな魔術なんだ?)
レイフが口にした星牢が、完全記憶結晶を収納してる球体であるだろう事は、朝霞にも察せられた。だが、亜空間錨という魔術を朝霞は知らない。
(破棄って言ってたから、亜空間錨ってのは……あの星牢ってのを守る、封印魔術なんだろうけど……知らない術だ。エリシオン式なのに、殆ど魔術式の意味が分からない)
朝霞が理解出来ないのも当たり前、亜空間錨はエリシオン式の禁術中の禁術なのだから。エリシオン式の魔術師でも、ごく一部の選ばれた者達以外には、亜空間錨の魔術式を構成する要素の大部分が、開示されていない。
知らない情報だらけの魔術式なので、朝霞が目にしても理解が出来る訳が無いのだ。レイフが東方表意文字に基づく瀛州読みで、亜空間錨と発音していれば、亜空間の部分から、大雑把に意味を推察出来たのかもしれないが。
(――? 空気がサオトーの中に流れてる! どういう事だ?)
視界は回復していないが、まるで換気扇の前にでもいる様に、坑道の中の空気がサオトーに向かって流れ始めたのを、朝霞は肌で感じ取った。流れて行く空気は当然、坑道の中に流れ込んで来た黒煙をサオトーの中に戻してしまい、程無く坑道の中から黒煙は消え去り、朝霞の視界は回復する。
サオトーに戻って行った黒煙を目で追い、朝霞は何故……黒煙がサオトーに戻ったのかを理解する。黒煙はサオトーの中に出現した物に、空気と共に吸い込まれていたのだ。
黒煙を吸い込む、サオトーに出現した物とは、罅割れの様な穴。星牢の周囲の空間に、罅割れて壁に開いたかの如き穴が、姿を現していたのである。
サオトーの中に戻った黒煙は、その空間に開いた穴の中に、吸い込まれていたのだ。まるで、空気中に出現した強力な換気扇により、室外に排出されるかの様に、この空間とは別のどこかに、黒煙は排出されてしまっていた。
そして、姿を現したのは穴だけでは無かった、穴と共に金色に輝く鎖の様な物が、姿を表したのだ。光る鎖は空間に開いた穴から出現し、八つの星牢の各所に繋がっていた。
黒煙は既に穴に吸い尽くされたので、星牢が穴から伸びている光る鎖に繋がれている状態が、誰の目にもはっきりと分かる状態。
「亜空間との再接続……及び、光鎖の可視状態へのシフトを確認! 接続部自壊までの推定時間、六十秒!」
空間に開いた穴と、そこから伸びている光る鎖……光鎖を見上げながら、レイフが声を上げる。どちらも危険な存在なのだろう、レイフの声は微妙に震えていて、表情も強張っている。
「亜空間の状態が悪いので、推定時間は通常より短めにしておきましたが、その手前で自壊する可能性もあります! 破棄担当術者の方々、絶対防御圏の外まで退避して下さい!」
レイフは自分も星牢から離れて、壁際まで退避しつつ、声を上げ続ける。
「退避終了次第、ポワカ様……絶対防御殻の展開をお願いします!」
空間に穴を開け、光鎖を仮死状態にした八人の魔術師達は、星牢の近くから離れると、レイフ同様に壁際まで素早く退避する。
「了承、だが様は不要!」
壁際にいたポワカは、ベルトを飾る空水晶粒を一粒、右手で外す。
「大いなる神秘の下、人は皆平等」
ポワカは右手で摘んだ空水晶粒で、左手の甲に素早く、十字を含んだ円……マニトゥのシンボルを描く。描き終えると同時に空水晶粒は消え失せ、ポワカの身体はシンボルから噴出した大量の煙で、掻き消されてしまう。
だが踊る様な動きで、あっという間に煙を周囲に散らして姿を現すと、ポワカは言葉を続ける。
「故に、敬称は不要」
膨大な魔力がチャージされたのだろう、空色に光る線でシンボルを描いた左掌を、八つの星牢や空間に開いた穴に向けて、ポワカは突き出す。
「守る者……カレタカ!」
ポワカが声を上げると、左手の甲に描かれたシンボルが、一際強く眩い光を放ち始める。すると、その光に呼応するかの様に、サオトーの天井から光り輝く粒子が、雨の様に降り注いで来る。
光る粒子群は、あっという間にサオトーの中で一つとなり、巨大な球体を形作る。青空の様な色を帯びてはいるが半透明であり、仄かな光を放つ巨大な球体は、八つの星牢だけでなく空間に開いた全ての穴を、あっという間に包み込んでしまった。
この球体こそが、ポワカがマニトゥの魔術で作り出した防御殻……カレタカ。個人が使用できる防御用魔術の中では、最高レベルといえる防御能力を持つだけでなく、絶対防御能力まで持ち合わせているので、一度だけなら確実に守りたい存在を守り通す事が出来る。
ただ今回の使い方は、多少変則的といえる。ポワカが守ろうとしているのは、カレタカの内側ではなく、外側にいる人間達の方。




