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昇龍擾乱 03

 ポワカは左手の甲に、仄かに緑がかった空色の線で描かれている、円の中に十字が入っているシンボルを、右手の指先でなぞる。すると、膨大な数の完全記憶結晶を囲む形で展開している、ナジャの巣を形成する糸が蜘蛛の巣状の形状を解き、一斉にポワカの手元に押し寄せ始める。

 糸はポワカの手元に集まると、まるで透明人間にでも編まれているかの如く、自動的に布状に編まれて行く。しかも、早回し映像でも見ているかの様に、凄まじいスピードで。

 一分に満たない短い時間で、ナジャの巣を形成していた糸が、ポワカの手元で一枚の黒くて細長い布に姿を変える。直後、黒い布は炭酸飲料の瓶の栓を抜いた時の様な、少し間の抜けた音を立てつつ、微妙に緑が混ざった空色の煙に包まれた。

 煙の量は僅かであり、すぐに空気に溶け込んで消え去り、マニトゥの魔術……ナジャの巣の解除作業は終わる。ポワカが上を向けて開いた左掌の上には、魔術に使用し余った物だと思われる、記憶結晶粒が載っていた。

空水晶粒そらすいしょうりゅう、少し余った」

 その空水晶粒と呼んだ記憶結晶粒を、デニムパンツの左ポケットに仕舞いつつ、ポワカは言葉を続ける。

「まだ使える。無駄、良くない」

(空水晶? 知らないぞ……そんな記憶結晶!)

 ナジャの巣の解除作業を観察しつつ、聞き耳を立てていた朝霞は、心の中で驚きの声を上げる。ポワカが行ったのが、使用するシンボルこそ初見であったが、略式によるナジャの巣という魔術の解除だというのは、朝霞にも見るだけで理解は出来た。

 だが、微妙に緑が混ざった空色の煙を出す魔術や、仄かに緑がかった空色の記憶結晶を見るのは、朝霞は初めてだったのだ。見るだけでなく、空水晶という言葉を耳にするのも、朝霞は初めてだった。

(蒼玉、紅玉、翠玉、瑠璃玉、琥珀玉、煙水晶、紫水晶、太陽石……記憶結晶の種類は、八世界の八種類の筈! 何だよ、空水晶って?)

 ポワカを見詰めながら自問する朝霞は、ポワカが身体の各所に装着している、銀アクセサリーに填め込まれた石が、空水晶と同じ色合いであるのに気付く。

(あの石……ターコイズに似てるが、あれは全部……空水晶って奴なのか?) 

 ターコイズとは、空色に緑を混ぜた感じの色合いの、蒼玉界の宝石だ。トルコ石とも呼ばれるが、朝霞の生まれ育った蒼玉界の日本では、ネイティブアメリカンのアクセサリーに利用される宝石として有名だった。

「レイフ、解除終了」

 白いスーツにケープを羽織った魔術師……レイフ・ギャブレットに告げながら、ナジャの巣に使われていた糸で編まれた黒い布を、ポワカはストールの様に腰に巻く。

亜空間錨アンコル・スブスペイス破棄パージ開始します!」

 レイフはポワカに一礼しつつ、声を上げ続ける。

「破棄担当術者以外は星牢ステラ・カルセルに近付かないで下さい! 破棄作業中に術者以外が近付くと、九割方死にますんで!」

 八人の男女が、多数の完全記憶結晶を収納している、宙に浮いている球体……星牢に歩み寄る。その中の一人、白いツナギ風の作業服姿の三十代と思われる、精悍な顔立ちの男が、レイフに声をかける。

「十割だよ」

 レイフに声をかけてから、男は星牢の一つに歩み寄る。柑橘類の様なオレンジ色の球体、太陽石が多数収納されている星牢の近くで立ち止まり、レイフは星牢を見上げる。

 膨大な数の煙水晶粒を成型して作り出した、人の身長程の長さと、人の腕程の太さがある円柱状の棒……燃料棒を、レイフは手にしている。レイフ同様に星牢に歩み寄った魔術師達も、同じタイプの燃料棒を手にしていた。

 燃料棒とは、完全記憶結晶を燃料として使えないエリシオン式の魔術師達が、膨大な魔力を必須とする魔術を発動する際に使用する、煙水晶粒の集合体だ。特殊な合成樹脂を使い、煙水晶粒が効率的に魔力に変換され易い様に配置された上で、棒状に成型されている。

 単なる燃料の集合体というだけでなく、燃料棒自体を巨大な筆の様に使い、魔術式を記述するのに利用する事も出来る。レイフ達は両手で燃料棒を持ち筆として、地面に魔術式を記述し始める。

 数分かけて長く複雑な魔術式を記述し終えたレイフ達は、半径五メートル程の範囲に円形に描かれた魔術式の中央に、ほぼ同時に燃料棒を突き立てる。すると、燃料棒は魔術式の中に溶け込むかの様に溶け込み、魔力に変換されて魔術式を発動させる。

 魔術式が妖しげな灰色の光を放った直後、大量の煙が八つの魔術式から噴出。爆発するかの様な勢いで黒煙は広がり、一瞬でサオトーの内部を満たしてしまう。

 黒煙は朝霞が身を潜めていた坑道の中にも押し寄せ、朝霞は大量の黒煙を浴びながら、視界を奪われてしまう。煙水晶が発生させる煙なので、むせもしないし息苦しくもないのだが。

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