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暗躍疆域 37

「『さらば友よ』か……。そろそろ閉まる時間だ。宿に移動しよう」

 タイソンは腕時計で時間を確認する。流れているのが、ハノイの塔が閉まる時間が近い事を知らせる曲、「さらば友よ」だとタイソンは知っているのである。

「――で、どんな宿取ったんだ? 安宿は勘弁してくれよ、疲れてるんだ」

 麗華と華麗はタイソンに問われ、はっとした様に目を見開いてから、顔を見合わせる。そして、かなり気まずそうな顔をしながら、麗華はポニーテールの髪束を弄り、華麗は前髪を弄り始める。

 そんな二人の態度を見て、何となく状況を察したタイソンは、二人を睨み付けながら問い詰める。

「まさかとは思うが、お前ら……宿取って無いとか言わないだろうな?」

「それが、その……」

 麗華の申し訳無さそうな言葉を、同じ顔の華麗が受け継ぐ。

「まさかという奴で……」

「宿も取って無いって、じゃあお前ら……俺が地下鉱山跡に潜り込んでる間、一体何していやがったんだ? 宿取るのと消耗品の買出しは、お前らの担当じゃねぇか?」

 思わず語気を荒げるタイソンに、華麗は自分が着ている青いアオザイを見せながら、華麗が弁解を始める。

「越南って暑いよね? この暑いハノイで活動する為には、やっぱ僕等もアオザイ着た方が良いよねって話になって、どうせ買うなら良い物をって事で、色々な店を見て回ってから買う事にしたんだけど……」

 続いて、麗華が弁解を受け継ぐ。

「私達は男物は似合わないけど、女物もサイズが合わないから、オーダーメイドする事になったんだ。それで、色々とサイズとか何度も測りなおしたり、細かい注文出してたら、時間がかかっちゃってね……」

「――要するに忘れたんだな?」

 呆れ顔のタイソンの問いに、麗華と華麗は目線を逸らしたまま頷く。

「今日の夕方から数日間、至る所で空間が荒れているんで、虚空門こくうもん使った転移が出来ないから、今夜はハノイに泊まるって言っただろ!」

 タイソンは猛然と、まくしたてる。

「俺が潜入している間に、お前等が宿を取っとく事になってた筈なのに、服なんてどうでもいい事に気を取られて、宿を取るくらいの簡単な役目も出来ないとか、お前ら子供の使いか!」

「いや、服はどうでも良くないでしょ! 高度な魔術には精神状態が強い影響を与えるんだから、好きな服着てるのと着てないのとじゃ、魔術の効果にだって、物凄い差が出るんだし!」

 叱責するタイソンに、華麗は弁解を続ける。

「越南に来たんだから、やっぱりアオザイは着ないと!」

「お前等が普段してる、旗袍きほうにズボン合わせた格好とアオザイなんて、大して変わり無いだろうが!」

 旗袍とは蒼玉界で言えばチャイナドレスに相当する、四華州の女性向けの服で、アオザイの上衣と良く似ている。

「違うよ、全然違う! 旗袍チーパオは暑くない所の服だから、厚い絹の奴が多くて、越南みたいに暑い場所には向かないけど、アオザイは薄絹や麻で出来ていて、暑いハノイで活動するのに向いているんだ!」

 麗華は力強く訴える。ちなみに旗袍きほうは瀛州読みであり、旗袍チーパオは四華州での本来の読み方。

 四華州以外だと瀛州読みされる場合が多いのだが、麗華は華北州出身なので、本来の読み方をする場合が多い。

「つまり、僕達は作戦の成功率を上げる為に、苦労してハノイで活動し易いアオザイを入手した結果として、宿を押さえるのを忘れただけで、言わば不可抗力と言えなくもないのさ!」

 かなり苦しい、閔兄弟の自己正当化発言を聞いて、タイソンは怒る気力すら失ったかの様に、げんなりとした表情で深く溜息を吐く。そして、階段がある方向に向って、タイソンは歩き出す。

「何処行くんですか?」

「お前等の馬鹿話の相手なんざ、するだけ無駄だから……宿探しに行くんだよ」

 麗華に問われたタイソンは、振り返りもせず面倒臭そうに答える。

「この時間だとまともな宿は、もう取れないだろうけど、まだ空いてそうな安宿なら、何軒か心当たりあるからな」

「あ、じゃあ私達も一緒に……」

 タイソンの後を、麗華と華麗も追い始める。

「ついて来んな! お前等は野宿でもしてろ!」

 冷たい言葉で突き放されても、閔兄弟は構わずにタイソンの後をついて歩く。

「まぁ、そう冷たい事は言わずに! 仲間同士は助け合うのが、私達の掟じゃないですか!」

「そうそう! 仲間同士は助け合わないと! 助けてくれたら、お礼は後でちゃんとベッドでするからさ!」

「――そういう悪趣味な冗談は、疲れるから止めてくれ」

 相手にするのも疲れたといった感じで、言葉を吐き捨てつつ、タイソンは早足で歩き続ける。程無く階段に辿り着き、タイソンは階段を下って行く。

 麗華と華麗もタイソンの後を追い、階段を下りて行く。物哀しいメロディが流れているハノイの塔を後にして、三人は賑わう夜の繁華街に姿を消した。



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