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暗躍疆域 36

「確かに現時点では、警戒に値する相手ではないんだろうが、偶然とは言い難いレベルで、あの黒猫に似過ぎているのが気にかかる。名前といい姿といい……」

「気にし過ぎなんだよタイソンは。幾ら名前や見た目が似ていたって、名前と共に能力を受け継ぐ僕等と聖盗は違うんだ」

 華麗は前髪を弄りながら、タイソンに反論する。

「聖盗には能力を受け継ぐ術が無い以上、名前や見た目が同じでも、あの黒猫の能力を例の黒猫が受け継いでいる訳は無いんだし、事実……二人の黒猫の能力は違うでしょ」

「――違ってはいるが、似ている能力だと思わないか?」

 タイソンの問いに、緑のアオザイの青年は頷く。

「どちらの黒猫の能力も、奪って与える能力という意味では、似た能力ではあるね」

「タイソンだけじゃなくて、麗華リーファもかよ」

 タイソンだけでなく、緑のアオザイの青年……ミン麗華リーファまでもが、自分と意見が違う事に、華麗は肩をすくめて呆れてみせる。

「――似ていたとしても、能力のレベルが別次元じゃないか。龍が恐ろしいからといって、姿が似ている蛇にまで怯えたら……そりゃただの愚か者さ」

 そんな華麗の嘲り気味の言葉に、タイソンは反論する。

「蛇は千年生きると龍となると言う。今は蛇でも、いずれ龍に化ける可能性はあるだろう」

「馬鹿言わないでよ! 聖盗……人間は千年も生きないってば!」

「千年生きずとも、聖盗の進化は異常に速い。今だけを見て侮れば、四百年前の二の舞になりかねんぞ」

 タイソンの言葉に頷き同意を示してから、麗華は口を開く。

「教授も言っていたじゃないか、四百年前の敗因を辿れば、我等の先達の油断と……あの黒猫に辿り着くと。黒猫は我等にとって凶兆、禍根は芽の内に摘んでおくに限る」

「――龍と蛇に例えたのはまずかったね、蛇と朽ち縄に例えるべきだったよ」

 他の二人程とは意見を違えている華麗の「蛇に噛まれて朽ち縄に怖じる」という故事成語を念頭に置いての発言だ。

「ま、そんなに例の黒猫が気になるなら、奴は今回のブラックマーケットを狙っている様だし、君等で探し出して殺せばいいさ。無論、本来の目的……宝珠を疎かにしない範囲でだけどね」

 黒猫を妙に警戒している二人に、華麗は言葉で釘を刺す。

「それは当然だよ、私達は宝珠を手に入れる為に、ハノイまで来たのだし」

 麗華が言い切った言葉に、タイソンも頷く。そして、残りのコーヒーを一気に飲み干してから、タイソンは口を開く。

「――当分の間、異世界との通路を開けない以上、万単位に達する今回の宝珠を取り零せば、計画の達成が難しくなる」

 当然だと言わんばかりの口調のタイソンは、飲み終えて空になった紙コップを、十メートル程離れた場所にあるゴミ箱に放り投げる。紙コップは見事なコントロールで、ゴミ箱の中に入った。

「だからこそ、これまでと違って三人がかりで仕掛けるんだ。宝珠の回収を疎かにする訳など無いだろう」

「だったら、いいんだけどさ……って、まだ飲むの?」

 紙袋の中からコーヒーの入った紙コップを取り出したタイソンを目にして、華麗は呆れ顔で問いかける。

「まだ一本残ってるぞ、飲むか?」

「――だから、苦過ぎるし甘過ぎるから、飲めたもんじゃないって言ったろ!」

「慣れりゃ美味いんだけどねぇ、塩気のある食い物に良く合うんだ」

 そう呟いてから、タイソンは紙コップを窓枠に置くと、右手を紙袋に突っ込んでバイン・フォン・トムを鷲掴みにすると、口の中に放り込んでポリポリと食べ始める。

「そんな甘いのに慣れたら太るから、慣れたくもないよ」

 先程と似た様なやり取りをするタイソンと華麗に呆れたのか、麗華が疲れた様に溜息を吐いた直後、哀愁を感じさせるメロディが、塔全体に流れ始める。越南の古い民謡を、民族楽器であるダン・バウという独弦琴で奏でた音源を、あちこちに設置されている、音声再生魔術を利用したスピーカーが流しているのだ。

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