暗躍疆域 29
「数が多かっただけじゃなくて、あれは明らかに禁術やら禁忌魔術やら使ってる、使う人間の安全性なんて考慮してるとは思えない、御禁制なんてレベルじゃない代物。舐めてかかったら、ヤバイっスよ」
三人の中では最も魔術に通じているタチアナは、ホプライトに使用されている魔術式を見ていた。タチアナの知識でも、禁術や禁忌魔術だと分かる魔術式だけでなく、見た事すら無い魔術流派の魔術式までが、ホプライトには使用されていた。
ちなみに、禁術と禁忌魔術の使い分けは、煙水晶界では曖昧である。元々は、禁術は術単位で指定され、禁忌魔術は魔術流派単位で、エリシオン政府に指定されていた。
ところが、最初は一部が禁術だったのが、のちに流派ごと禁忌魔術として禁じられたり、逆に禁忌魔術だったのが、部分的に解禁が進んだりと、長い年月を経る間に、使用を禁止する魔術の状況がゴチャゴチャになってしまった。その為、最近では使い分けが曖昧になっているのである。
ホプライトは通常、エリシオン政府や州政府の軍や警察などしか、保有出来ない建前になっている。だが、現実には裏社会で活動する組織も、大抵はホプライトを保有している。
だが、裏社会に流れるホプライトは、軍用などの旧式モデルのデッドコピーが多く、性能的には軍警察仕様の現行モデルに、大きく劣る。仮面者となれる聖盗からすれば、数が揃わなければ敵では無い。
だが、タチアナが目にしたホプライトは、性能が計れない程に異常なチューンナップが、禁術や禁忌魔術により施されていたのだ。そんなホプライトが数多く揃えられているのだから、タチアナが警戒の言葉を口にするのも無理は無い。
「地下保管庫の方も、見た事も無い様な封印魔術が大量に仕掛けてあって、オイラには手に負えない状態でしたし……」
黒猫団で言えば朝霞同様、封印解除や鍵の解錠が得意なタチアナは、潜入を担当する場合が多い。今回も偵察だけでなく、タチアナは既にタンロン鉱山跡に潜入済みで、完全記憶結晶の保管庫の場所まで、突き止めていた。
だが、言葉通り……自分の手には負えない、保管庫にある間は手を出すのは無理だと、タチアナは判断したのである。
「ありゃ旦那が仮面者になって、両腕使いまくっても無理なレベルだったっスからね」
タンロン鉱山跡に潜り込んで目にした、多種多彩かつ膨大な数の封印魔術に守られた、完全記憶結晶の保管庫を思い出し、タチアナは続ける。
「封印の数が多過ぎるんで、魔術式を奪ったり与えたりしてる間に、見つかってやられるのがオチって感じで」
「多種多彩かつ多数の封印魔術を、武力で力任せに破ろうとすれば、玉にダメージを与えかねないんで、それも無理。だから襲撃は、ブラックマーケット当日にやるしか……ないんだよな」
オルガの言葉に、タチアナは頷く。タチアナとオルガの会話は、タチアナがタンロン鉱山跡の潜入調査から戻った後の話し合いで決まった事の、再確認の様なものだ。
タンロン鉱山跡が、ブラックマーケットの開催地だという情報を掴んだオルガは、タチアナをタンロン鉱山跡に潜入させた。潜入調査の結果、記憶警察の保管庫を遥かに上回るレベルの、地下保管庫の異常なレベルの封印魔術の状態を、オルガは知った。
その結果、ブラックマーケット開催前にタンロン鉱山跡に潜入し、完全記憶結晶を盗み出すのは不可能だと、オルガは判断。ブラックマーケット開催中に、完全記憶結晶を盗み出す事にしたのだ。
ブラックマーケットの開催中は、会場でバイヤーに完全記憶結晶を見せなければならない都合上、巨大な地下空洞を利用した取引会場に、完全記憶結晶は移される。取引会場も厳重に警備されてはいるが、多数のバイヤーなどが頻繁に出入りする都合上、布ける警備体制には限りがある。
故に、オルガはブラックマーケット開催中を、盗み出す機会として選んだのである。
「黒猫でも破れないなら、黒猫団もあたし達と似た様なタイミングで、仕掛ける事になるだろう。ハノイでの潜伏先が分かれば、共同作戦とか取れるんだろうが……」
オルガはタチアナに、問いかける様な目線を送る。
「あの妙な煙幕のせいで、旦那達が逃げた方向すら分からないんで、アジトとなると見当もつかないっス」
「――だろうねぇ」
残念そうな顔で、オルガは続ける。
「ま、狙いは同じなんだし……現場で黒猫団と共闘出来る可能性が出て来ただけ、マシって思っておこうか。今回の相手は、あたし達トリグラフだけじゃ、厳しい可能性高いし」
オルガの言葉にタチアナは頷き、タマラは口を開く。
「これだけ大きなマーケット相手に、流石に僕等だけで仕掛けるのは、正直言えば心細かったからね」
トリグラフは仲間である紅玉界の聖盗を、今回のブラックマーケットに誘っていた。スケジュールが合わなかったり、遠過ぎるハノイまで遠征する自信が無いなどの理由で、誘いに応じる聖盗はおらず、トリグラフだけでハノイを訪れていたのだ。
「――黒猫団の連中に、みっともないとこ見せる訳には行かないし、もう一度……プランのチェックしとこうかねぇ?」
オルガの問いに、タチアナとタマラは頷く。そして、三人はベッドの傍らに置いてあった旅行鞄の中から書類を取り出すと、これまでに何度も繰り返した、完全記憶結晶の強奪計画のチェックを始めた。




