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暗躍疆域 25

「――それで、どうします?」

 妖風に問われた飛鴻は、肩をすくめてみせる。

「どうするって……どうしようも無いだろ、流石に。この煙に紛れて逃げられたら、流石に探し様が無い」

 飛鴻の言う通り、煙玉で広範囲に発生させた、十分間決して消えない煙幕に身を隠した朝霞の姿は、飛鴻や妖風でも探し出すのは不可能だった。

「私達は出し抜かれたという事ですか、情けない話ですが」

 言葉を吐き捨てる妖風の顔は、悔しげである。

「ははは、薬幇の連中に合わせる顔が無いな。まぁ、聖盗だという事が確認出来た以上、別に逃がしても構わないといえば、構わないんだろうが」

「それは……そうですけど」

「むしろ、俺達がやった訳では無いとはいえ、ハノイの連中に相当な迷惑をかけてしまった事の方が、問題だろう」

 阿鼻叫喚状態の眼下を見下ろしながら、飛鴻は帽子を脱ぐと、頭を掻いてから帽子をかぶり直す。灰色のドームに覆われた人々の姿は、煙幕のせいで見えないが、悲鳴や喚き声などは、百メートル以上の高さを飛んでいる飛鴻達の耳にも届く。

「あの鼠、単独行動で突っ走る奴に見えたので、伏兵はいないだろうと読み違え、少し遊び過ぎてしまった。しかも、あの伏兵……かなり手強い」

「手強いですかね? その割りには、一撃だけ放って、すぐに身を隠してしまいましたが」

「仕留めにかかる為、俺の意識が鼠に集中し、周囲への警戒が少しばかり疎かになったタイミングを見計らい、救援の一撃だけ放って即座に退いた」

「まぁ、確かに……厄介な一撃ではありましたね」

「仲間が追い込まれているのに、すぐに助けに入らず、待てる奴……そして余計な真似をせずに退ける奴は、戦い慣れていて手強い」

「戦い慣れていても、遊んでしまって余計な真似をし過ぎて、鼠を逃がしてしまう奴もいますからね。余計な真似をしない奴の方が、確かに手強いんでしょう」

 妖風に皮肉を言われた飛鴻は、気まずさを誤魔化す様に、目線を下に逸らす。

「――街の連中には、済まない事をしたな。伏兵が動き出す前に仕留めておけば、迷惑をかけずに済んだろうに」

 迷惑をこうむっているだろう通りを見下ろし、飛鴻は言葉を続ける。

「あの辺りは、確か綺麗なお姉ちゃんが多い、飲み屋が多かったな。後でお詫びの為に、散財しに行かないと」

「貴方が女侍らせて、酒飲みたいだけじゃないですか!」

 呆れ顔で、妖風は飛鴻に文句を言う。

「――まぁ、この煙が消えてくれない事には、飲みにも行けないんだが。何時になったら消えるんだ?」

「私が知る訳無いでしょう! あの鼠とっ捕まえて、訊いたら如何です? まぁ、鼠というよりは、黒い猫みたいな仮面でしたが」

 黒い猫という、妖風の言葉を耳にした飛鴻は、過去……色々と目や耳にした聖盗団の名前を思い出す。

「黒猫団の黒猫ってのが、確か黒い猫みたいな仮面の、仮面者だったろ。さっきの奴、その黒猫って奴だったんじゃないのか?」

「――黒猫団の黒猫は、過去に交魔法を使用したと思われる記録、無い筈ですが」

「乗矯術の技量も未熟だったし、覚えたてなんだろう交魔法も。最近、交魔法に手を出す聖盗、あちこちで増え始めているらしいからな」

「確かに、そういう流れがあるらしいのは、私も耳にしていますが……何故ですかね?」

「戦争に備えてるのは、俺達だけじゃないって事さ」

 少しだけ真剣な面持ちで、飛鴻は続ける。

「勘の良い奴は、肌で感じて察しちまうもんなのよ。小競り合いじゃない、四百年振りの大戦争が始まりそうな、空気って奴を」

 広大なハノイの街並を、飛鴻は見下ろす。まだ一部は灰色のドームに隠されているが、隠されているのは広大なハノイの、ほんの一部に過ぎない。

「下手すりゃ明日、その前哨戦が始まるんだ。まぁ、かなり離れた郊外が舞台になるし、この街の連中が巻き込まれる可能性は低いんだろうが……」

 飛鴻は両手の指で長方形の枠を作り、その中にハノイの街並を捉えて、見下ろそうとする。だが、思い直したのか……枠を覗き込む前に指の枠を解く。

「――止めとこう。死神の大行列とか見えたら、気が滅入りそうだ」

「そんな事には成りませんよ、この街は……私が全力で保護しますから」

「頼もしい限りだ! ハノイの明日は妖風君、君の双肩にかかっている! 期待しているぞ!」

 おどけた口調の飛鴻に、妖風は真面目な口調で言葉を返す。

「期待に応えて欲しいのなら、ちゃんと今夜も補充に付き合って下さいよ。一日でも欠かすと、また一枚目からやり直しなんですから」

 補充という言葉を聞いて、飛鴻はげんなりとした顔で問いかける。

「どうにかなんないのか、お前のあのミルム・アンティクウス? 気の補充方法に問題有り過ぎだろ」

「私に文句言われても困ります、文句は作った人に言って下さい。遠い昔に死んでいますけど」

 しれっとした顔で、妖風は続ける。

「あと、ミルム・アンティクウスじゃなくて、宝貝パオペェですから!」

 そんな風な会話を、灰色のドームの上空で続けていた飛鴻と妖風の姿を、朝霞と神流は見上げていた。既に灰色のドームから二百メートル程離れた、繁華街の雑踏の中から。

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