暗躍疆域 24
「――参ったな、流石に仮面者……ましてや交魔法使う奴を相手にするなら、こっちも多少は真面目にやらないと拙いだろうし」
飛鴻は朝霞を見上げながら、やや気まずそうな表情で呟く。自分が少し遊び過ぎてしまった結果、面倒な流れになってしまったのを、自覚しているが故の表情。
本気など一切出さずとも、飛鴻には聖盗の仮面者程度なら、余裕で倒せる自信がある。だが、交魔法まで使う仮面者となると、その戦闘力は桁違いに上がる為、多少なりと本気を出さなければならない可能性がある。
交魔法使いの聖盗と、多少は真面目にやる自分とが戦えば、街中に相当な被害を出してしまいかねない。それは飛鴻としては、避けたい事態だったのだ。
「どうします?」
飛鴻同様、旋風は回避した後、旋風を放った相手を探したが失敗していた妖風が、飛鴻に問いかける。相手に出し抜かれた感がある展開に、妖風は少し焦り気味だ。
そんな妖風に、飛鴻は聞き返す。
「仮に今……滅魔煙陣を使ったら、明日に支障をきたす可能性は?」
「滅魔煙陣、三十秒以下なら、今夜……付き合って貰う時間を倍に増やして貰えば、何とか」
「三十秒あれば十分だ、すぐに滅魔煙陣で街を……何ッ?」
妖風に指示を出している途中で、飛鴻は上空での異変に気付き、声を上げる。黒い玉を幾つか空中に放り投げる朝霞の姿が、空を見上げる飛鴻の目に映ったのである。
忍合切から取り出した煙玉を五つ、朝霞は放り投げたのだ。一つを飛鴻達がいる眼下に、残りの四つを、東西南北に遠投する形で。
更に、朝霞は眼下に投げた煙玉が、接地して炸裂するのを待たず、忍合切から取り出した手裏剣で、煙玉を撃ち抜いて炸裂させる。高度十メートル程の高さで炸裂した煙玉から、大量の灰色の煙が噴出し始め、あっという間に周囲に広がり、戦闘の場となっていた通りと、その上の空間を飲み込んで行く。
陽光の下なので、夜に使った時と違い、煙は黒では無く灰色に見えるのだ。高度百メートル以下で飛んでいた朝霞を含め、巨大な灰色のドームが、周囲の景色を飲み込んでしまう。
最初に炸裂した煙玉のドームの周囲、東西南北の方向でも煙玉は炸裂し、それぞれが巨大な煙のドームを形作る。五つのドームの端は重なり合い、巨大な十字を形作る。
「煙幕弾かッ!」
煙玉の正体が分からぬまま、とりあえず妖風と共に回避運動を取っていた飛鴻は、即座に地を蹴った加速力を加えた乗矯術で、灰色の煙のドームから飛び出す。だが、朝霞は煙のドームの中に隠れた為、飛鴻は朝霞を見失ってしまった。
「逃げに徹したな!」
飛鴻に遅れて、妖風も乗矯術を使い、煙のドームから飛び出して来る。
「これでは、保護対象が設定出来ず、滅魔煙陣が使えません!」
「――待ってろ! 威力を抑えた胡蝶掌で、煙だけ吹き飛ばす!」
十字の形で端が繋がっている、五つのドーム。その中央の巨大な煙のドームに向けて、飛鴻は両腕を突き出すと、両腕の手首を合わせた状態で両掌を開く。飛鴻は両掌で、翅を広げた蝶を形作ったかの様。
その両掌が、揚羽蝶の翅の如く、青や赤……白や黒、緑や黄色などの、様々な色の光を放ち始める。飛鴻が身体を流れる生命エネルギー……気を、両掌に集めたのだ。
「哈ッ!」
鋭い気合を発すると、両掌から発生した光る気が、そのまま揚羽蝶の様な形を保ったまま、飛鴻の掌から放たれる。色鮮やかな鱗粉の如き光の粒子を、大量に撒き散らしつつ、気の塊が揚羽蝶の様にはばたき、周囲の空気を巻き込みながら、煙のドームに向って飛んで行く。
この両掌から揚羽蝶の様な気の塊を放つ、飛鴻の技が胡蝶掌。威力や性能のバリエーションが豊富な、飛鴻の得意技の一つで、今回使ったのは気の塊により周囲の大気を巻き込んで、強烈な風を発生させるタイプ。
旋風では無いが、布都怒志状態で神流が放つ、旋風崩しに匹敵する勢いと規模がある風を発生させながら、気の塊は煙のドームに衝突……突入する。普通の煙なら、この気の塊が発生させた強烈な風に、吹き飛ばされる筈なのだが、交魔法状態の透破猫之神が使う煙玉の場合は、そうはいかない。
胡蝶掌が引き起こした暴風は吹き荒れるのだが、ドーム状の煙は微動だにしないのだ。煙に似せたドーム状の、巨大な建築物であるかの様に、堂々と居座り続けている。
「この煙、普通の煙じゃないのか?」
飛鴻は驚きの声を上げつつ、建物や人々に被害を与えない範囲で、更に威力を上げて、胡蝶掌を煙のドームに放つ。だが、結果は初撃と変わらない。
「吹き飛ばせない煙を出す、煙幕弾とは……初めて見た」
煙のドームを見下ろしながら、驚きの表情を浮かべて呟いた飛鴻は、近くで浮いている妖風に問いかける。
「煙幕の類は、お前の方が詳しいと思うが、知ってるか?」
「粘度の高い煙を発生させる、風に飛ばされ難い魔術的な煙幕なら、幾つか覚えがありますが……胡蝶掌レベルの技でも、微動だにしない煙幕となると、私も初見です」
腕を組んで灰色のドームを見下ろしつつ、妖風は言葉を続ける。
「まともな魔術というより、あの聖盗の独自能力でしょう。ソロモンの連中が聖盗を実験台に粗製濫造してる、新しい可能性という奴です」
「――ま、確かに吹き飛ばせない煙幕なんてのは、既存の魔術が生み出せなかった、新しい可能性と言えなくもないが」




