暗躍疆域 22
「――今ので仕留められないとはねぇ、目が良いのか勘が良いのか……その両方かな? 不慣れな空中戦を避け、即座に地上に逃げた判断力も、悪くは無い」
感心した様な口調で、飛鴻は言葉を付け加える。
「ま、足りないのは修行と経験……死線を潜り抜けた数ってとこか」
「遊んでないで、さっさと仕留めて下さいよ」
飛鴻の元に歩み寄って来た妖風が、呆れ顔で言い放つ。妖風も即座に地上に降りたのだが、通りにいる人々が戦いに巻き込まれない様に、人払いをしていたので、来るのが少し遅れたのだ。
「手加減していたとはいえ、仕留めるつもりだったんだけどね。かわし切れなかったとはいえ、俺の無影脚に二撃目で反応出来た奴は、こいつで三人目だ」
飛鴻の言葉を聞いて、妖風は驚きの表情を浮かべる、
(無影脚ってくらいだから、さっきからの攻撃は、こいつの蹴りだったのか! そういえば無影脚って、階段の手前でも聞いたな……)
無影脚という言葉を耳にして、朝霞の頭にヴァンタンとの戦いの一場面が甦る。
「――馬鹿な? 無影脚だと?」
舞花棍を破られたヴァンタンは、驚きの表情を浮かべ、体勢を立て直そうとしながら、自分に言い聞かせるかの様に続けたのだ。
「いや、近くはあるが……その域に非ず!」
(――さっきの奴に、俺の蹴りは……無影脚の域に非ず……扱いされたが、こいつが放った攻撃が、本物の無影脚なのか!)
最高レベルまで動体視力を引き上げた状態ですら、薄い影としてしか捉えられず、避け切れない飛鴻の蹴りの速さは、まさに驚異的。その域に非ずと評されても、仕方が無いなと朝霞は思う。
「無影脚に反応した? しかも二撃目で? 有り得ませんよ、偶然に決まってます!」
信じられないのか、訝しげに目を細め、妖風は否定の言葉を口にする。
「――いや、こいつ……たぶん見えてたぞ。動き見れば分かる。おそらく、縮時に入った経験くらいはあるんだろう。狙って入れる訳じゃないだろうが」
「縮時自如なんて人間、この世に貴方以外にいる訳無いでしょう」
当然だと言わんばかりの口調で、妖風は続ける。
「――とにかく、早く片付けて下さい! 遊び過ぎるのは、貴方の悪い癖です!」
「分かったって!」
面倒臭そうに言い放った直後、飛鴻の姿は……朝霞の視界から消え失せる。
(来る!)
警戒はしていた、だが今度は反応すら出来ない。これまでより薄く数段速い影の姿を、何とか視覚は捉えるが、反応して身体を逃がせる様な速さでは無い。
瞬延に入れば別だろうが、「片脚折っておくか」と言った飛鴻に殺気が無いせいか、朝霞は瞬延に入れない。過去の経験上、命の危険がある……死線を越えなければならない時以外は、滅多に入れないのだ。
飛鴻の狙いが脚だというのは、分かっている。せめて蹴り脚が届く前に両腕をガードに回し、蹴りの軌道を逸らせればと朝霞は思う。
だが、そんな朝霞の思考を読んだかの様に、まずガードに使える両腕が、真上に弾かれる。超高速で動く飛鴻の影だろうか? 陽炎よりも薄く見える、何とか人影らしい形として捉えられるが、異常なスピードで位置を変える影から、枝の様に伸びて来た細い影に、朝霞は両腕を弾き飛ばされたのだ。
続け様に、更に腹に一発……激しい衝撃を受ける。激痛と共に、苦しげに呻いた朝霞は、体勢を崩してよろけてしまう。
両腕を跳ね上げられてガードは不可能、体勢を崩して……身体を逃がすのも無理。防御も回避も不可能な状態に、朝霞はあっという間に追い込まれてしまった。
両腕と腹部に食らった攻撃は、一時的に朝霞の行動を阻害する為だけで、本気の攻撃では無いのは、食らった朝霞には分かる。飛鴻が手加減をしているのは、朝霞からすれば明らか。
おそらく、次の攻撃で飛鴻は、朝霞の脚のどちらかを、折るつもりだろう。だが、既に朝霞には対処は不可能、少なくとも朝霞と飛鴻の勝負は、この時点で詰んでいた、朝霞の完全敗北という形で。




