表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
151/344

暗躍疆域 19

 そんな朝霞に追いついた、白い華武服の男に、飛鴻は声をかける。

妖風ヤオフェン、下がってろ。この鼠は……俺がやる」

 妖風と呼ばれた、白い華武服の男……ルン妖風は、朝霞と十メートル程の間合いを取った上で立ち止まり、不満そうに言い返す。

「私が……この鼠程度に、遅れを取るとでも?」

「この鼠が、お前より強いとは言わねぇよ。だが……お前より速いし、相性は悪そうだ。ここは俺に譲っとけや」

「――分かりました」

 やや不満そうではあるが、飛鴻の言葉に妖風は従い、引き下がる。

「ま、そんな訳で……そこの鼠、逃げるのは諦めな。妖風より速いってのは、中々の速さではあるが、その程度じゃ俺から逃げるのは無理ってもんだ」

 飛鴻は妖風から朝霞に、話の相手を変え、言葉を続ける。

「お前さんの速さは、脚力に頼り過ぎていけない。功夫くんふーが足りないんだよ」

 朝霞は飛鴻の話など、聞いていられるかとばかりに、再び……今度は一度、先程とは別の建物の屋根に向って跳躍し、その屋根を蹴って即座に切り返すと、五十メートル程離れた場所に着地してから、全力で駆け出す。

 そんなフェイントをかけた上で走り出した朝霞は、今度も飛鴻に行く手を塞がれる。目の前に、涼しい顔の飛鴻が、最初からその場にいたかの様に、立ち塞がったのである。

 だが、今回はフェイントをかけた事からも分かる様に、朝霞も飛鴻を警戒し、飛鴻が現れるかもしれない前方を、全力で注視していた。瞬延の領域にこそ入れはしないが、動体視力を極限まで引き上げて、現れるかもしれない飛鴻の姿を目で捉え、何が起こっていたのかを、正確に理解する為に。

 そして、捉えた……自分を数段上回る速さで地を駆け、自分の前に平然と回り込み、立ち止まった飛鴻の動きを。安定した移動姿勢に、力が無駄になるのを感じさせない、独特かつ高速の足運びを。

(こいつ、ただ単に……俺より数段速いんだ!)

 煙水晶界を訪れて以来、実は自分より速い人間に出会った経験が、朝霞には無かった。故に、自分より速い相手はいないだろうと、心のどこかで自惚れてしまっていたが故に、その当たり前で単純な答に、辿り着くのが遅れてしまっただろう事を、朝霞は自覚する。

「大して金目の物は無い薬幇のアジトに、マーケット前日に潜入するとなると、おそらくはマーケットの商品……ぎょく狙いの泥棒だろう」

 飛鴻は朝霞を観察しながら、推測を語り始める。通りからは既に一般客は退避していて、薬幇の者達しかいないので、マーケットや玉……完全記憶結晶について、飛鴻は口にしてしまっている。

「常人ならざる速さを出せる脚力を持ちながら、それとはアンバランスな歩法ほほうの未熟さ、身体能力頼りの動きからして、お前さん……泥棒とはいっても、玉狙いの聖盗だね?」

 蒼玉界に来て以来、かなりの修行を積んだとはいえ、朝霞の速さが二色記憶者であるが故の、高い身体能力頼りであるのは事実。完全記憶結晶を大量に扱うブラックマーケットの開催日前に、それを主催する組織のアジトに潜り込んだ、異常な身体能力の持ち主である事から、飛鴻は朝霞を聖盗だと推測したのだ。

「だったら、何だってんだ?」

 朝霞に聞き返された飛鴻は、ポケットから両手を出すと、両手の親指と人差し指を組み合わせ、目の前に長方形を形作り、その中から朝霞を覗いて見る。

 まるで、写真家や絵描きが、指で作ったフレームで、目に映る光景を切り取るかの様な仕草。指のフレームに収まる、深呼吸を終えようとしている朝霞を目にして、飛鴻は表情を少しだけ曇らせる。

「――悪い事は言わないが、明日のマーケットからは手を引け。手を引くなら、ここは見逃してやる」

 驚く様な話を、飛鴻が持ちかけて来たので、朝霞は驚きの表情を浮かべる。だが、万単位の完全記憶結晶が取引されるというブラックマーケットの為、ハノイを訪れた朝霞にしてみれば、そんな話に応じる訳にはいかない。

「手を引けと言われて、引く聖盗がいる訳ないだろ!」

「ま、そりゃそうなんだが、お前さん……死相が出てるんだよ」

「死相?」

 朝霞の問いに、飛鴻は頷く。

「君の前にいる男は、指の囲いから相手を覗けば、死神スーシェンに魅入られているかどうか分かる……つまり、死相が見えるんですよ」

 何時の間にか、朝霞の背後に移動して来ていた妖風が、朝霞に説明する。

「死を占う仙術シェンシュウの秘術、名は死相算命スーシャンサンミン

(シェンシュウ……仙術せんじゅつか。確か流派ごと、禁忌魔術だか禁術だかになってる、危険な魔術だったな)

 瀛州読みではなく、四華州の発音を多用する妖風の話に、やや聞き取り難さを感じながらも、朝霞は妖風を一瞥し、言い返す。

「死を占うって、ただの占いだろ! 当たるも外れるも運次第じゃねぇか!」

「運次第? 死相算命が、そんな生易しい術なら、飛鴻自身が死神スーシェンなどという、縁起の悪い通り名で呼ばれたりはしません。飛鴻が死相算命で、死相を見た者達の半数程は、数日中に死んでいるのですから」

 妖風の言う通り、飛鴻は裏社会では、死神と呼ばれる場合がある。死相を見る秘術を使うだけでなく、その圧倒的な強さを恐れる者が、その強さを死をもたらす死神に例えているのも、死神と呼ばれる理由である。

「その話が本当かどうか知らないが、仮に本当だとしても……半分しか死なない死相とか、そりゃ随分と怠け者の死神が多いんだな」

「死なずに済んだ半数は、飛鴻の忠告に従った者達。死を避け得る忠告を無視した、残りの半数は……全て死んでいます」

 妖風は朝霞を指差し、言葉を続ける。

「つまり、飛鴻の忠告を無視すれば、君は死ぬ側の半数に回る羽目になります。死にたくなければ、飛鴻の忠告を聞き、明日のマーケットは諦める事ですね」

「ご忠告は有り難いが、占いの類は信じないタイプでね……」

 朝霞は妖風に言い返しつつ、どうすべきか思考を巡らす。人の死相を見る占いの話などは、流石に信じる気にはなれないので、口にしている通り気にもしないが、飛鴻の速さは本物、このまま走って逃げ切るのは無理だと、朝霞は判断せざるを得ない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ