暗躍疆域 16
(速い!)
急に如意電撃棍による攻撃から、足技……四華州の武術でいうところの腿法に、攻撃が切り替わったのに驚きつつ、朝霞は軽く跳躍し、その脚払いをかわす。両脚を刈られてもおかしくは無かった、ギリギリのタイミングで宙に舞う。
だが、男は高速の回転脚払い……後掃腿の回転を生かしたまま、軸としていた左脚だけで跳躍。回転しながら右脚での蹴り……旋風脚を、朝霞に見舞う。
(跳ぶのを読まれた? いや、脚払い自体が、跳ばせる為の技か!)
朝霞は滞空中、足場は無い。いきなりの鋭い脚払いを、慌てて跳んで回避したので、軽く跳んだだけ……天井にも届かないし、階段の中央にいた為、左右の壁にも手足は届かない。
(かわせない!)
そう覚悟した朝霞は、右腕で迫り来る男の右脚を防御する。明らかに頭部を狙っている蹴り脚で、頭をやられない為に、右腕で頭を庇う。
鈍い衝撃と打撃音、腕の骨が軋む音。頭の方から左側に吹っ飛ばされ、朝霞は投げ技で床に叩きつけられた様な音を立てながら、壁に激突。
右腕で頭を庇わなければ、確実に意識を持っていかれただろう、鋭い蹴り。だが、右腕は激痛に苛まれ、痺れた様に動かないが、骨が折れたり皹が入った感覚は無い。
(まともな足場なら、右腕はやられいていたか……)
階段という不安定な足場のせいで、男の旋風脚の威力は、本来の物ではなかった。右腕が……少しの間は使えないだろうが、折られずに済んだのは、戦いの場が階段であったせいだろう。
だが、安堵するには、まだ早い。旋風脚から着地した男は、そのまま回転を生かして勢いを乗せ、左の壁に寄り掛かったままの朝霞に、後ろ回し蹴りを繰り出して来たのだ。
虎の尾に例えられる、四華州の後ろ回し蹴り、虎尾脚である。体勢を崩している朝霞を仕留めるべく男が放った、まさに必殺の一撃。
後掃腿で相手を浮かせ、旋風脚で仕留める。旋風脚で仕留められなければ、更に虎尾脚でとどめをさす。それが、この男にとっての必殺の三連撃、掃旋虎尾脚。
(これ食らったら、終わりだ!)
計算して避けられる程に、緩い攻撃では無い。故に、避けるという選択肢を、朝霞は捨てる。不安定な体勢だが、強引に階段を蹴り右脚を跳ね上げ、脚力任せの強引な蹴りを放ち、虎尾脚を迎え撃つ。
右側から迫る男の右脚を、下から強引な前蹴りで、朝霞が蹴り上げる様な形。両者の蹴り脚……右脚が、交差し打ち合う。
まともな人間なら、脚力任せの強引な蹴りで、鍛え上げられた虎尾脚を、迎撃など出来る訳が無い。間に合う訳も無いし、間に合ったとしても、確実に打ち負ける。
だが、朝霞の脚力は常人の域を超えている、スピードにおいてもパワーにおいても。常人の中では、確実にトップクラスであろう男の虎尾脚の威力を、その脚力で強引に捻じ伏せようとする。
骨に響く激しい激しい衝撃と打撃音、必殺の一撃同士の交差に、刀の鍔迫り合いの様な間など無い。勝負は……一瞬で決する。
男の右脚は跳ね上げられ、逆時計回りに回転しながら、体勢を崩してしまう。
(今だッ!)
朝霞は即座に蹴り足を戻すと、身体を丸めつつ階段を蹴る。全体重と脚力を乗せた体当たりを、体勢を崩した男に食らわせる。
車という程ではないが、自転車かバイクに轢かれたかの様な勢いで、男は吹っ飛ばされ、隠し扉に衝突する。その衝突による衝撃に耐え切れず、隠し扉はハンマーに叩き壊されたかの様に砕け散る。
魔術機構の照明があるとはいえ、薄暗かった階段に、地上の光が射し込んで来る。朝霞は少しだけ眩しげに目を細めつつ、階段を上がり地上に出る。
明るさに、すぐに目が慣れた朝霞の視界に飛び込んで来るのは、アオザイ姿の六人の男女。一人は……苦痛に顔を歪めつつも、立ち上がろうとしている、朝霞と戦い続けていた男。残りの五人は、地上に通じる階段の出入口を固める為に集まって来た、薬幇の警備員達だ。
五人の警備員達は、如意電撃棍を伸ばし……朝霞に襲い掛かって来る。その五人の技量は悪くは無いのだが、起き上がりつつある男との戦いで、戦闘モードのテンションが、トップギアに入っているも同然の朝霞の、相手では無かった。
一分もかからずに、その五人を頚動脈を打ち据えたり、関節を外すなどして戦闘力を奪い、朝霞は退けてしまう。犯罪組織の相手とはいえ、後に残る様なダメージなど、朝霞は与えるつもりは無い。
侵入者に相対する為には邪魔だと判断したのか、訪れた時とは違い、既に大音量の音楽は止められている、殺風景な店内。五人を倒し終えた朝霞は出入口へと向うが、そこに立ち塞がるのは、掃旋虎尾脚の男。
朝霞が五人を相手に戦っている間に、戦える程度に回復していた男は、右脚を後ろに下げ、左脚を曲げ……腰を落とす。階段の時は角度があったせいだろう、足場が平たい今とは違い、余り左脚を曲げてはいなかったが、基本的には階段で後掃腿を放つ直前に、一瞬だけ見せた構えと同じ。
開けた空間なのだが、階段での戦いで一撃を加えられたせいか、如意電撃棍よりも足技……腿法の方が有効だと、男は判断したのだ。




