暗躍疆域 14
(ギリギリで見切ってかわせたが、やられていても……おかしくはなかったな)
冷や汗をかきながら、朝霞は心の中で続ける。
(――とはいえ、種が分かれば、二度……引っかかる戦法じゃない!)
朝霞は深呼吸をして心を落ち着かせ、思考を整える。そして、背後に人の気配を察する。濃くはあるが、一分にも満たない、目の前との男との戦いの間に、背後には薬幇の追っ手が迫り、背後を固めていた。
即座に朝霞は、向って左側の壁際に移動し、壁を背にする。朝霞は階段の前に陣取る男と、回廊側を固める者達……両方を視界に捉えられる様にしたのだ。
だが、回廊側……少し前までは背後、今は右手に見える者達は、明らかに雑魚。多数の仲間達を、あっさりと撃退した朝霞を恐れているのか、攻め込んで来る気配が無い。
攻め込んで来る……戦う気が無いだろう相手に、多くの意識を回せはしない。一応は視界の片隅に置いてはおくが、朝霞の意識は左手にいる、階段の前の男に集中している。
(この男の突きは、神流より遥かに劣るし、既に見切っている)
アジトの出入口での攻防を思い出し、朝霞はそう自分に言い聞かせた。そして、この場での戦いを思い出し、朝霞は続ける。
(今の薙ぎ払う攻撃も、リーチに騙されたから、食らいそうになったんで、決して……見切れない、かわせない攻撃じゃない)
目の前にいる男は、確かに他の薬幇の者達よりは強い。柄に絶縁体である、乾いた木が使われている場合が多い、武器を手にしている場合ならともかく、素手で如意電撃棍を相手にするのは厄介だ。
それでも、目の前にいる相手の技量は、普段の修行相手である神流よりは、かなり劣る。他の薬幇の者達を、短時間の間に退ける為に、「物をぶつけて隙を作り、その隙を突いて退ける」という、安易な戦いを連続して行った為、その安易さに流され、朝霞は目の前の男相手にも、同じ安易な戦いを挑んでしまった。
結果として、相手の仕掛けにはまり、やられてもおかしくない状況に追い込まれた。その失敗を朝霞は反省し、安易な戦法を捨てて、相手の攻撃を見切り、己の攻撃を叩き込む基本に立ち返る。
右側を一瞥し、回廊にいる者達を牽制してから、目線を階段前の男に戻し、壁を背にしたまま、徐々に間合いを詰めて行く。素手のまま、男の如意電撃棍の間合いに、朝霞は足を踏み入れる。
緊張はしているが、表情に表しはしない。階段前の男を見据え、ゆっくりと間合いを詰めて行く。回廊側の者達が、ゆっくり近づいて来る気配を捉えるが、攻め込んで来る気配では無いのを察し、朝霞は無視を決め込む。
(来ないな、こいつらは……)
そう判断した朝霞は、壁を背にするのを止め、階段前の男の正面に移動する。回廊側……背後に集まっている連中は、攻め込んで来る気が無い上、気配の消し方すら知らないレベル。攻めて来る気配を察した段階で対処すれば十分だと、朝霞は判断したのだ。
「問題なのは、こいつだけだ……」
辺りの物を投擲し、如意雷撃棍による防御の隙を作る手段を、朝霞が放棄したのを察したのだろう。朝霞の言うところの、こいつ……階段前の男は、如意電撃棍を元の長さに戻し、弓歩背棍の構えを解くと、舞花棍に切り替え、如意電撃棍の中段を掴んで回し始める。
だが、アジトの出入口での戦いで、既に自分の舞花戳棍が見切られているのを、男は悟っていた。舞花棍からの連携は戳棍だけでなく、水平に薙ぎ払う撥棍もあるが、密かに長さを変えた上での、トリッキーな撥棍ですら見切られた以上、それらの連携攻撃は見切られ、かわされる確率が高い。
むしろ攻撃を放った後の隙を突かれ、自分がやられる可能性が高いのを理解している為、男は朝霞を攻めあぐね、舞花棍で守りを固めたまま動けない。
(あの如意電撃棍を回す技、素手だと厄介なのは相変わらずだが、何か攻め手はある筈だ。如意電撃棍に触れずに、打ち破れる箇所が……)
その打ち破れる箇所を、朝霞の目は捉える。
(棍を握っている、手の部分! あそこを打てば、この技は崩せる!)
身体の向きを交互に切り替えつつ、右前と左前で如意電撃棍を回しているので、如意電撃棍を握る、男の手の位置は頻繁に変わる。変わりはするのだが、今の朝霞に狙い打ち出来ない程、その動きは速くも無いし、変則的でも無い。
狙いは決まった、後は……可能な限り間合いを詰めてから、男の手を狙い打つのみ。朝霞はじりじりと、男との間合いを詰めて行く。




