暗躍疆域 04
色々と思いを巡らせながら、朝霞は牌楼に歩み寄って行く。多少、緊張してはいても、それを表には出さぬ様に努め、気楽な観光客を装い、朝霞は笑顔で牌楼を通り抜けようとする。
女性用の物程、スタイルがタイトでは無いアオザイに身を包んだ、二十代前半と思われる、警備員の男。優しげな目をしているが、それでいて隙が無い印象の男が、殆ど表情を変えずに、朝霞の様子を観察する。
朝霞が武装していないのは、分かる人には動きで分かる。だが、やや年齢が若く見える事を気にしたのか、男は朝霞の顔を見てから、隣にいる同年代らしき女性に、問いかける。
「――武器の類は持っていない様だが、今の……何歳に見える?」
「幾らなんでも、十五は越えてますよ」
「越えてるか? なら……あの風体、観光客の様だし、通しても構わないな」
「ええ、ハノイの人間なら駄目ですが、観光客は十五歳以上なら、通して構いません」
囁き声の会話から、観光客と地元の人間では、出入りが可能になる年齢が違うらしいのを、朝霞は察する。観光客と地元民で、年齢制限を変えている繁華街や歓楽街が結構あるのを、朝霞は知っているので、イー・ホフ通りも同じなのだろうと思う。
地元の若者を、良くない娯楽で食い物にする様な真似をすれば、地元民の反感を買いかねない。それを避ける為に、観光客と地元民で、年齢制限を変える場合があるのだ。
蒼玉界でも、似た様な商売をしている場合があるのを、朝霞は思い出す。
(モナコのカジノみたいなもんだよな。自分の国の人間には利用を許さず、海外からの観光客にだけ使わせて、大金稼ぐ……)
朝霞は心の中で呟きながら、他所の通りと大差無い見た目をしている、雑然とした通りを歩く。
(食い物屋に飲み屋……。特に変わった店も、危なげな店も、見当たらないけど……)
建ち並ぶ店舗のラインナップも、派手派手しい看板も、繁華街系の他の通りと大差無い。服装から判断して、地元の客が少なそうな印象を受けるのと、薬幇の印が刺繍された、白いアオザイ姿の者達が散見される辺りが、他の通りと異なるだけで、牌楼の外と違い、通り自体の見た目は、余りにも普通過ぎた。
(外観は偽装で、店の中に入ると、やばかったりするのか?)
自分同様、おそらくは十代後半の少年達らしい、欧大州系と思われる二人組の少年を、朝霞は見かける。カラフルな看板を掲げた、レストラン風の建物の中に入って行くのを見て、朝霞も後をついて行ってみる。
窓にはポスターが貼られまくっていて、店の中の様子は分からない。前を行く少年達がドアを開いた出入口からは、音声再生魔術によるものだろう耳慣れぬ音楽と、冷房が効いているのか、涼しい空気が流れて来る。
少年達に続いて、出入口を潜り抜け、店の中に入る。壁に設置されている、一見すると只の木箱にしか見えない、音声再生魔術の魔術機構から、暴力的なボリュームで音楽が流れ、店舗内に響き渡っている。
(これだけ馬鹿でかい音量なのに、ドアを開けないと外に音が漏れないとか、防音に異常に気を使ってるな。そういう意味でも、普通じゃないが……)
普通で無いのは、防音設備だけでは無い。殺風景な店内の様子だ。濃紺のアオザイ姿ではあるが、「薬」の刺繍で薬幇の者だと分かる警備員が、他に店員らしき者がいない、カウンターの近くに佇んでいるだけで、客の姿も朝霞以外には、先行する少年達だけ。
少年達がカウンターの方に歩いて行くと、濃紺のアオザイの男は、カウンターの上で、右手を動かす。僅かではあるが、灰色の煙が上がる……魔術式を書き込んだのだ。
すると、カウンターの近くにある、使い込んだ色合いのフローリングの床が、忍術の畳返しの様にめくれ上がり、床に大きな穴が開く。恐らくは結構な動作音もしているのだろうが、大き過ぎる音楽に掻き消され、それは聞こえない。
開いた穴からは、下に通じる階段が姿を覗かせている。
(地下に下りる隠し扉か。成る程、ヤバいもんがある店は、地下にある訳ね)
少年達に続いて、朝霞も穴の中の階段を下り始める。朝霞が入って程無く、アオザイの男がやったのだろう、床……といっても今の朝霞にとっては天井だが、階段に通じる隠し扉が閉じる。




