暗躍疆域 01
焼ける様な陽射に炙られる街並、路面に映る影は濃く短い。大河や海が近いせいなのか、湿度が高めの、うだる様な暑さの中、朝霞達はハノイ二日目の昼下がりを、屋台通り……スターウ通りと呼ばれる大通りで、過ごしている。
褐色気味の朝霞の肌色が、やや薄く見える程度に、通りを賑わせている人々の、夏服故に露出が多い、肌の色は濃い。元々なのか、それとも陽に焼けたせいなのかは分からないが。
多くの屋台が、本来なら広いだろう通りの半分程を占拠していて、通り難い大通り。派手な色合いの看板を掲げた、移動する気など既に無いといった感じで、通りに居座っている感じの屋台だらけ。
匂いを放つ食べ物の屋台と、アクセサリーやシャツなどを売る土産物屋の屋台が、入り交ざって並んでいる。食べ物の匂いは混ざり過ぎて、既に何の食べ物の匂いだか分からない状態。
屋台の店員と客達の、やり取りの声は皆大きく、活気があるという印象を通り越し、五月蝿いというのが正直な印象だ。活気が有り過ぎて、体力が削られる気がする賑わい方。
そんな通りを、白猫団状態の服装の朝霞と神流が、歩いている。屋台から物を買い、店員の口を軽くした上で、色々と話を訊いて回っているのだ。
狙いはブラックマーケットが開かれる場所と、正確な日時に関する情報なのだが、それが屋台で賑わう大通りで、手に入るなどとは、朝霞達は思っていない。まだ、その手前の段階。
「――普通の観光じゃ楽しめない様な、ヤバ目の遊びを楽しみたかったら、この辺りなら、どこ行きゃいいんだい?」
旅先で、少しばかり危険な娯楽を楽しみたそうな、やんちゃな観光客を装い、朝霞達は訊いて回るのだ。大きな街なら何処にでもあるだろう、違法な娯楽を提供する、裏社会が仕切っている場所への、アクセス方法を。
違法な物が取引されるのは、大抵の街では裏社会であり、ハノイで開かれるというブラックマーケットも、ハノイの裏社会が噛んでいる筈。故に、裏社会の場所を調べて潜り込めば、完全記憶結晶のブラックマーケットに関する情報を、朝霞は得易いと思ったのだ。
ハノイに遠征した経験がある聖盗が、仲間といえる蒼玉界の聖盗の中にいれば、そういった情報を事前に仕入れられただろう。だが、ハノイへの遠征経験がある聖盗は、天橋市近辺を根城とする聖盗にはいなかった為、情報収集は図書館や本屋などの、表に出回っている書物が中心、それらには流石に、裏社会へのアクセス方法など載ってはいない。
故に、地道に地元の人間達に、訊いて回るしかない。経験則上、店舗を構えている店より屋台の方が、裏社会の連中が縄張りを仕切っている場合が多いせいか、裏社会に関する情報には詳しい。
無論、実際に裏社会の人間という訳では無いので、何も知らない店員が殆どだ。でも、その入り口に関する情報くらいは知っていて、金を払った客相手に、口が軽くなる者は、確実に存在する。
今現在、朝霞が話している、二十歳前後に見える白いアオザイ姿の女性店員が、その一人。亜細亜襟の細身で丈が短いドレスに、長いパンツを組み合わせた、越南州の民族衣装がアオザイ。
香巴拉八部衆が着ている着衣に似ているが、アオザイはよりタイトで身体のラインが出る、露出度が低い割にはセクシーなデザインだ。メリハリのある肢体をアオザイに包んだ、褐色肌の快活な女店員の姿は、健康的でありながら、とても艶っぽい。
「――だったら、イー・ホフ通りに行きゃいいさ。あそこなら、刺激的な楽しみが、いっぱいあるから」
朝霞が注文した、バケットを使ったサンドイッチを紙で包みながら、アオザイの店員は問いに答えた。越南州では屋台で良く見かける、バイン・ミーというサンドイッチだ。




