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河内夜曲 03

(筋肉……ついたな)

 日本人にしては褐色気味の、滑らかな肌に覆われた、腕や脚を洗いながら、朝霞は思う。スタイル自体は余り変わらず、細身の身体のままではあるのだが、筋肉量は煙水晶界に辿り着いた頃より、かなり増えている。

 潜在能力が開放され、常人を越えた運動能力や瞬間的なパワーを発揮出来る様になったとはいえ、潜在能力を開放した動きに耐え切れる強度の身体でなければ、身体の方が壊れてしまう。僅かな間ならともかく、継続的に……繰り返し、潜在能力開放状態の力を使う為には、身体を鍛えるのは必須、当然の様に全身の筋肉量は増える。

 服を着ている時には気付き難いし、余り意識もしないのだが、裸になった時には、自分の身体が煙水晶界を訪れた時とは、別人の様になっているのを、意識する場合がある。修行と実戦を繰り返し、鍛え上げられた身体を意識するのは、これから危険な戦いに身を投じるかもしれない現状、朝霞には自分を信じる根拠の一つになる気がした。

(――筋肉の分、体重は増えたのに、身長は殆ど伸びてない……。少しは背の方も、伸びればいいのに)

 やや自嘲気味に、心の中で呟きながら、朝霞は身体を洗い続ける。そして、泡と共に汗と汚れを、勢いの弱いシャワーで洗い流し終えると、手足を振って水気を大雑把に切り、シャワールームを後にする。

(下の部屋の奴、五月蝿くないのかな?)

 ゴトゴトと喧しい音を立て、まだ動いている洗濯機を一瞥してから、朝霞は棚の上のタオルを手に取ると、頭と身体を大雑把に拭いて、水気を取る。棚の上に畳まれていた、白いバスローブを手に取って広げ、袖を通す。

 宿泊代からすれば、バスローブが有るのが不思議なくらいの安ホテルなので、布地は薄く、案の定……吸水性も肌触りも悪いが、肌の水気を吸うには十分だ。洗濯機の音を背にして、朝霞は脱衣所を出る。

 窓を閉めたせいか、シャワーを浴びる前よりも、部屋は程良く涼しい。

「おっそーい! 待たせ過ぎー!」

 ダブルベッドに座っていた幸手が、足先を子供の様にばたつかせながら、声を上げる。

「シャワーの勢い弱いから、洗うの時間かかったんだろ」

 朝霞を擁護する神流も、ベッドに腰掛けていて、長い脚を組んでいる。

「長時間運転で疲れ切った、運転手の身体は、マッサージという癒しを求めて止まないというのに、長々と放置されるとは……モチベーション下がるなー」

「待つのが嫌なら、姫にマッサージ頼めばいいじゃん」

「――気持ち良くしてくれる相手なら、誰にでも肌を触れさせる様な、安い女じゃ無いつもり……だけど」

 粘る様な目で、朝霞を見上げながら、幸手は婀娜あだやかに、しなを作る。

「何の話だよ、何の?」

 マッサージ以外の意味を匂わす幸手の口振りに、朝霞は少し困惑しつつ、問いかける。

「マッサージの話だけど……深読みしちゃった?」

「――させた癖に」

 小声で突っ込む神流に、軽く舌を出してみせてから、幸手はベッドの中央に移動すると、朝霞に背を向けて座り込む。そして、袖から腕を抜き、バスローブをベッドに落とし、温かい色合いの照明に映える、背中の肌を露にする。

 豊かな胸の先端が見えぬ程度に、上体を軽く傾けて、横目で目線を流しながら、幸手は朝霞に誘いの言葉をかける。

「じゃ……肩からお願いね」

 返事を待たずに、幸手は上体を戻すと、バスローブを腰に巻き、形良く引き締まった尻を隠した上で、ベッドにうつ伏せになる。軽くベッドが弾んで揺れ、スプリングが軋む。

(何回見ても、見慣れるもんじゃないんだよな……)

 心の中で呟きながら、露になっている幸手の後姿に近付き、ベッドの上に乗る。息遣いに合わせてなまめかしく上下する、幸手の背中と腰に、目が吸い寄せられ……自然と、手が伸びる。

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