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河内夜曲 02

「街の様子、眺めてたんだ。初めての街だから、少しでも街の雰囲気、掴んでおこうと思ってさ」

 そう言いながら、朝霞は窓枠から下りて、窓を閉める。街の喧騒が窓に遮られ、殆ど聞こえなくなったのに、僅かに寂しさを覚えながら。

「疲れ切った運転手の身体は、マッサージによる癒しを求めてるんだけどなー」

 スプリングを軋ませつつ、ベッドに腰掛けた幸手は、悪戯っぽい目で朝霞を見上げながら、誘いの言葉を口にする。

「――後でね、俺もシャワー浴びないと」

 開いたバスローブの胸元から覗く、豊かな谷間に目線を奪われぬ様に気をつけながら、朝霞は努めて、素っ気無い言葉を返す。

「シャワーなら、まだ姫っちが浴びてるけど、一緒に入るの?」

 幸手が神流の呼び方を、「神流っち」ではなく「姫っち」に変えたのは、聖盗としての仕事を行う、目的地に入っているからだ。黒猫団に限らず、聖盗は仕事を行う場所で、お互いの名を本名では呼ばないのが、普通なのである。

 朝霞は黒猫、幸手は巫女と、仮面者としての姿を元に、仕事用の愛称はつけられている。だが、朝霞は元々、相手を本名では呼ばない場合が多いので、仕事先でも黒猫団の三人しかいない場合などでは、普段の仇名で呼んでしまう場合もあったりする。

 無論、宿帳に記した名前も偽名。偽名に合わせた偽造の身分証明書も、揃えてある。

「――もう終わったみたいだし、出てから入るよ」

 シャワールームの方から響いて来ていた水音が止まったので、神流が身体を洗い終えたのが、朝霞には分かった。程無く、脱衣所のドアを開けて、姿を現したバスローブ姿の神流と、ドアの前で鉢合わせる。

「あ、いたんだ。シャワー、勢い弱いよ」

 シャワーの湯で温められたのだろう、上気したあでやかな胸元の肌に、照明の光に煌く水滴が載っている。幸手の時より、神流の方が近いせいだろう、白檀の甘い香りが仄かに香るので、石鹸はホテル備え付けの物ではなく、普段愛用している物を使ったのが分かる。

 つい、見惚れそうになり、朝霞は故意に目線を神流の胸元から、顔に移動させる。身体を洗い終えた後の、女の子が醸し出すなまめかしさは、気を抜くと意識を捉われてしまう程度には、攻撃力が高いと朝霞は思う。

「石鹸借りていい?」

 問いかけに神流が頷いたのを視認してから、朝霞は脱衣所に移動する。虫の羽音に似た換気扇の静かな音がする、石鹸の匂い混じりの湿度の高い空気の中、朝霞は素早く着衣を脱ぎ捨て、幸手と神流の脱いだ服も入っている、鉄色の洗濯機の中に放り込む。

 クリーニングサービスがあるような、上等なホテルではない。洗濯物が有るのなら、脱衣所の洗濯機で、自分で洗えというサービス仕様なのだ。

 蒼玉界に比べれば、洗濯機の性能は低いが、洗うだけなら機能は大差無い。洗濯機を使い、朝霞は三人分の洗濯物を洗い始めてから、シャワールームに移動する。

 クリーム色のタイルに覆われたシャワールームに入った朝霞は、シャワーノズルを手に取ると、ハンドルを捻って湯を出す。勢い良く……とはいかず、肌を撫でる程度の勢いで、湯がシャワーノズルから噴き出て来る。

 幸手と神流に言われていたので、湯の勢いが弱いのは予測済み。洗うのに困る程では無い事に、むしろ朝霞は安堵する。

 頭から湯をかかり、その後……上から下へ、全身を湯で洗い流して行く。無論、それだけで汚れが落ちたりはしない。

 近くの棚には、白い石鹸箱が載っている。遠征時に神流が持ち歩く、見慣れた石鹸箱だ。神流はホテルや宿に備え付けの石鹸を嫌い、常に自分のを持ち歩くので、朝霞や幸手も神流から石鹸を借りる場合が多い。

 濡れた石鹸を手に取ると、朝霞は湯をかけて泡立て、髪の毛を洗う。髪と頭皮の汚れを泡と共に、シャワーで洗い流すと、今度は石鹸の泡を、全身に塗りたくる。

 女の子の身体を洗ったばかりの石鹸だと意識すると、変に興奮してしまう気がするので、努めて意識はせずに、ただ淡々と身体を洗う。

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