越南州へ 05
濃淡のある緑により、モザイクが描かれている水田の景色が、長々と続いている。水田を真っ二つに割り、真っ直ぐに伸びている幹線道路は、舗装はされているが、所々に凹凸があるので、車が出せるスピードは限られている。
故にイダテンは、リミッターを外さないレベルのスピードしか出していない。
「――路面状態の悪さは、計算外だったねぇ」
大きく弾む様に、イダテンがバウンドした後、幸手が不満気に呟く。スピードが余り出せない上、路面の状態が悪くて運転し難いので、ストレスが蓄積しているのだ。
「まさか荒野の一本道より、越南州の幹線道路の方が、路面状態が悪いとは……」
幸手が愚痴った通り、越南州に入ってからの道路事情は、その手前の華南の荒野を横断する道路より、路面状態が悪かった。荒野の道路ですらリミッター解除して走れるのに、一応は水田などがある人里といえる辺りを通る、越南州の道路が、全力疾走出来ない程に路面状態が悪いのが、幸手は不満なのだ。
越南州に入って以降、スピードを落とさざるを得なかった為、移動は予定より、かなり遅れてしまっている。温州市に辿り着いた時点では、半時程度の遅れだったが、既に遅れは五時間を越えてしまっていた。
「本当なら、昼前……十時頃には、ハノイに入ってる予定だったもんな」
開け放たれた窓から吹き込む風を、気持ち良さそうに浴びながら、午後の強い陽射に煌く水田の景色を眺めている、神流の言葉。瀛州で言えば真夏の様な気温の越南州、窓からの風は、五月蝿くはあっても、不快では無く、天然のエアコンとして心地良い存在だ。
神流が着ているのは、白い男物の半袖のワイシャツ。ブラウスはサイズ的に合わないのが多い為、スーツ姿の場合は大抵、神流は男物のワイシャツを着るのだが、それは夏服でも変わらない。
シャツやパンツはリネン……麻製で、麻特有の亜麻色に近い色合いは残しているが、白く染められている。今はかぶっていないが、帽子も同じ色合いの麻製だ。
汗を吸い易く清涼感がある麻は、夏服には向いている。白を選んだのは、太陽光線を反射し易いので、陽射が強い越南州での活動に良いと、考えられた為。
革靴も白系で揃えてある。靴の革は、かなり柔らかく加工してあるタイプなので、スニーカー風の靴と大差無い動き易さは、確保している。
朝霞と幸手の服装も、帽子のデザインが違う以外は、ほぼ同じ。ちなみに、三人が遠征時や活動の際、スーツ系など大人っぽい服装で揃える事が多いのは、そうでないと宿に泊まれなかったり、出入り出来ない施設などがあるからだ。
遠征時は飛び込みで宿に泊まる場合が多い為、子供っぽい見た目の一行では、家出や犯罪絡みと疑われ、宿泊拒否される場合がある。その事を、昨年の夏……初めて遠征に出た三人は、主に最も幼く見える、朝霞を原因とした宿泊拒否に遭い、思い知った。
故に、三人は聖盗としての活動を行う際、年齢には不相応に、大人っぽい服装で、揃える事にしている(大学生である幸手は一応、年齢に相応してると言えなくもないのだが)。デザインまで揃っているのは、仲間意識のせいといえる。
帽子だけは違う種類のを使っているのは、誰の帽子だか、すぐに分かる様にする為だ。シャツやパンツ、ジャケットと違い、帽子はサイズで誰の物だか区別し辛いので、季節を問わず、三人それぞれが好みの種類を決めて、使用している。
朝霞はキャスケット、神流はソフト帽、幸手はベレー帽という感じで。
「これじゃ黒猫団じゃなくて、白猫団だ」
今回、ハノイへの遠征の為に揃えた、着衣一式を試着した際、そんな風な軽口を、朝霞は口にした程度に、三人の着衣は白で統一されている。無論、これは陽射の強い日中に活動する為のもので、夜間用の黒い着衣も、準備してあるのだが。




