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越南州へ 03

 窓から射し込む橙色の光が、部屋の中を染めている。朱に染まるダイニングキッチンにいるのは、白いシャツにクリーム色のパンツという、ラフな部屋着姿のティナヤのみ。

 大学から戻ったティナヤは、夕食の準備を始めたのだが、一人分の夕食の準備は手間がかからず、早々と仕込みは終わってしまった。後の調理は夕食前に行えばいいので、空いた時間を、読書に使っていたのだ……茶やお菓子を楽しみながら。

 テーブルの上には、世界地図が広げてあり、その近くには、羅針盤が置いてある。真鍮製の古びた羅針盤であり、ガラスのカバーの中にある針は、普通の羅針盤とは違い、北ではなく北北東辺りを指していた。

 針は一見、止まっている様に見えるのだが、動いていた。余りにも遅いペースで動いているので、動いているのを目で確認するのは困難なのだが。

 だが、その止まっているとしか思えない程の速さで動いていた針が、急に……その動きを速める。古びているせいなのか、それとも急に激しく動いたせいなのか、僅かに擦れる様な音を立てたので、ティナヤもそれに気付き、羅針盤に目をやる。

 北北東辺りを指していた針は、左回りに動き、西南西の辺りで、動きを止める。その動きの意味を、ティナヤは理解している。

「――朝霞達、温州に着いたんだ」

 ティナヤは壁の時計に目をやり、時刻を確認する。午後、五時二十五分。

「予定より、少し遅いみたいね」

 羅針盤の針は、朝霞達……より正確に言えば、朝霞のいる方向を、指し示している。この羅針盤は、ただの羅針盤ではない。奇跡の道具……ミルム・アンティクウスの、魂の羅針盤なのだ。

 針の先端に、最期に触れた者が存在する方向を指し続けるのが、ティナヤが父親から受け継いだ、ミルム・アンティクウスの一つ……魂の羅針盤。

「魂の羅針盤は、針の本針の先端に、最後に触れた者の魂の在り処を示す羅針盤。その者が生きているなら、その者の魂と肉体が在る場所を、その者が死せる時は、魂が最後に在った場所を、この羅針盤の本針は示し続ける」

 ララル・コレクションの目録では、その様に解説されている。ティナヤは以前、天橋南公園で、朝霞が食べていたオレンジアイスを、朝霞の手ごと自分の方に引き寄せた際、魂の羅針盤の針を、朝霞の手に触れさせていた。

 故に、魂の羅針盤は朝霞のいる方向を、指し示しているのだ。朝霞達を見送った後、ティナヤはテーブルの上に地図を広げて、魂の羅針盤を置いた。朝霞達がどの辺りにいるのかを、確かめる為に。

「いいな、これ……。もっと早く使えば良かった」

 微笑みながら、ティナヤは魂の羅針盤を眺める。福基諾がある北北東から、温州がある西南西に向きを変えた後、また針の動きが、確認出来ない程に遅くなった、魂の羅針盤を。

 同居人達との賑やかな生活に、既に馴染んでしまったティナヤは、同居人達が遠征に出ている間、一人で過ごす寂しさを感じてしまうのだ。でも、朝霞達がいる方向を指し示してくれる、魂の羅針盤を見ていると、今はこの場にいない三人と自分が、見えない絆で繋がっている様な気がして、ティナヤは寂しさが和らぐ気がしていたのである。

 本来は、朝霞が行方をくらました際に探し出す為、神流や幸手と相談した上で、魂の羅針盤を使う事にしたのだから、寂しさを和らげられるのは、予想外の効果といえる。

「ここより暖かいんだろうな、温州は……」

 読んでいた本をテーブルに置くと、行った事が無い温州市の様子を想像しながら、地図上の温州市を探す。既に何度も確認しているので、探し出すのは容易だ。

「予定だと、瑞安ずいあん市まで、今日中に行く予定だって言ってたけど、どうにかなりそうね」

 瑞安市は温州市に近い市だ。温州市から先は、朝霞達にとって初めて遠征する土地。故に、安全性を考えて野営は可能な限り避け、なるべく大きな街で、まともな宿に泊まる事を、朝霞達は決めていた。

 その結果、予定では一日目の宿泊地として、瑞安市が選ばれていたのだ。既に辿り着いている温州市で宿泊する程に、遅れてはいないだろうから、黒猫団の一行が瑞安市まで足を伸ばすのは、ほぼ確実といえる。

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