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越南州へ 01

 空よりも濃い青に、仄かに緑を加えた色合いの海原が、陽光を浴びて煌いている。水平線の上には、海から蒸発した水蒸気が作り出したのだろうか、白と灰のコントラストが鮮明な、真綿の様な雲が浮かぶ。

 開かれた窓から、流れ込んで来る潮風は、夏には遠いが生暖かく、車内の空気を攪拌し、ざわつかせる。服の襟や髪の毛などが、潮風に乱されるし、高速で走るイダテンが風を切る音も、喧しい。

 それでも湾岸道路に出た直後、窓を開けたのは、空気や風の変わるのを、朝霞達は感じたかったからだ。

「――そろそろ、見えて来るよ」

 幸手が前を見ながら、やや大きめの声で、朝霞と神流に伝える。大きめの声なのは、風の音に掻き消されない為で、見えて来るのは……奇妙な橋。

 イダテンの正面と、海が有る右側の前方に、遥か沖合いまで延びている、黒っぽい橋が見える。沖合いまで緩やかな勾配を描き、上り坂になっている橋なのだが、ある程度先に進んだ所……水平線の手前辺りで、橋が途切れている様に見える。

 高さにすれば、二百メートル程の高さ。無数の橋脚きょうきゃくに支えられた、緩やかなアーチを描いている橋桁はしげたは、その頂点と思われる辺りで真っ二つにされ、その左半分だけが、消え失せたかの様だ。

 この橋こそが、縮地橋。高度二百メートル辺りに存在する、空間の虫食い穴を通じて、別の場所に移動する為の橋である。

 消え失せたかに見える橋の半分があるのは、瀛州の遥か北にある、露東ろとう州の浦塩斯徳うらじおすとく市。瀛州の千波ちば市と浦塩斯徳市を繋ぐ縮地橋の名は、千浦ちうら縮地橋。朝霞達が目指す、最初の縮地橋。

 瀛州の南西にある越南州の州都ハノイに行くのに、わざわざ北にある浦塩斯徳に向うのには、理由がある。浦塩斯徳の近く……福基諾ふくきなく市に、瀛州の南西にある華東かとう州に属する、温州うんしゅう市に通じる、福温ふくうん縮地橋があるからだ。

 露東州も華東州も、瀛州とは海を挟んだ北側の巨大な大陸にある。そして、その大陸の南西部に、越南州は存在する。単純な道のりでいえば、浦塩斯徳に向うと遠回りになるのだが、浦塩斯徳に近い福基諾から、一気に温州まで縮地橋でショートカット出来る為、越南州とは反対側の浦塩斯徳に向うのである。

 浦塩斯徳の近くには、他にも幾つか縮地橋が存在する為、朝霞達は千浦縮地橋を、過去に何度も利用した事があった。温州市や越南州に向うのは、初めてなのだが。

 交通の要所といえる縮地橋近辺は、車通りが多い。当然、イダテンもリミッターをセットしてあり、普通の自動車と大差無いスピードまで、速度を落としている。

 それでも、縮地橋はどんどん近付いて来る。近付いて来るにつれて、無数の黒い鉄骨が組み合わされた、鋼鉄で出来た竹林の様な橋脚の姿が、露になる。

 縮地橋に向う為の十字路で、イダテンは僅かの間、信号待ちの為に止まる。そして、右折すると……フロントガラスの前に広がるのは、六車線もある広い坂道。

 実際に縮地橋に向う、直線コースに乗ると、縮地橋は物凄い急勾配の坂に見える。だが、それは坂を正面から見た事による錯覚であり、横から見れば勾配は急では無い。

 海原と空を真っ二つに割る縮地橋を、イダテンで走るのは、気分が良い。進むにつれ……次第に、本当に次第に海面が、遠ざかって行く。

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