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皆死野と夜空のデート 12

「映画といえば、最近……見てないな、忙しくて」

 映画について話した後のせいか、朝霞が選んだ話題は……映画だった。

「だったら、今度の仕事が終わったら、一緒に見に行こうよ!」

「いいよ。帰ったら、エロ黒子と乳眼鏡にも……ん!」

 エロ黒子と乳眼鏡にも、伝えておく……と言おうとした言葉は、ティナヤに唇を塞がれる形で、途切れてしまう。深いキスではない、軽く触れるだけのキスだったが、朝霞を驚かせ、言葉を途切れさせるには十分だった。

 空を飛びながらキスをするのは、朝霞にとっても初めてなのだから。

「――飛びながらキスとか、危ないだろ……前見えなくなって!」

「だって、手は塞がってるから、唇でしか塞げないじゃない……朝霞の口」

「塞がなきゃいいじゃん!」

「デート中に、他の女の子の名前出す様な、行儀の悪い口は、塞がないと駄目だもん」

 しれっとした口調で、そう言い放った後、ティナヤは悪戯を咎められた子供の様に、舌を出してみせる。謝る気など無いよとばかりに。

「――それと、映画は私が誘ったんだから、私と二人で行くの!」

 強い口調で、そう主張した後、甘える様な口調で、ティナヤは言葉を続ける。

「それに、あの二人は遠征中……私と違って、朝霞と一緒にいられるんだから、いいじゃない……映画デートくらい、私とだけ行っても」

「分かったよ。戻って来たら、二人で行こう」

 この件では譲る気は無いとばかりの、ティナヤの硬軟使い分けたアピールに、朝霞は負けてしまい、遠征後の映画デートを承諾する。

「映画……選んでおくね! 楽しみにしてるよ!」

 嬉しそうに、ティナヤは顔を綻ばせる。夜風に流される長い髪は、月光に照らされ黄金の様に煌き、あでやかな笑顔に、華やかな色を添える。

 歳相応の艶っぽさと、子供の様にはしゃいだ表情が、違和感無く共存しているのは、ロマッチックなシチュエーションと、夜景のせいなのかもしれないと、朝霞は思う。

「――私、この景色……ずっと忘れないと思う」

 空と地上のどちらも、多数の光点が煌いている景色を、心のフィルムに焼き付けながら、ティナヤは嬉しそうに呟く。嬉しそうな笑顔なのに、ティナヤの横顔は、何処か儚げだ。

 ティナヤに見惚れながらも、何故か儚さを感じてしまう自分を不思議に思いながら、朝霞も思う。この夜景を忘れたくは無いと。

(ま、俺は……元の世界に戻る時に、忘れちまうんだろうけど)

 忘れたくなくても、忘れてしまう運命なのだ。この世界で見た美しい景色も、出会った人達も、経験した様々な出来事も、ティナヤの笑顔も……全て忘れてしまう。

 心の中から消え去り、思い出したりは、出来なくなるのだ。

(忘れてしまうと分かっているからこそ、儚く感じてしまうのかもしれないな……)

 ティナヤの横顔を見詰めながら、朝霞は心の中で、そう結論付ける。その結論が正しいかどうかなど、分かる筈も無いが、それは考えても仕方が無い事だろう。

 今はただ、何時か忘れ去るのだとしても、美しい夜景とティナヤの笑顔を、今の感情と共に、心に刻んでおこうと、朝霞は思う。記憶は失っても、失った記憶に付随する感情だけは残るらしいのを、朝霞は過去の経験から知っているのだ。

 とりとめのない会話をティナヤと続けながら、朝霞はゆっくりと、夜空を飛び続ける。少しでも長く、この儚くも美しい時を楽しみ、心に刻み付けたいとばかりに……。



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