皆死野と夜空のデート 11
「スピード、余り出せないな。空気抵抗が強くて」
水平飛行中の朝霞は、残念そうに呟く。仮面者の時とは違い、仮面で保護されていない目などが、空気抵抗を受けて痛いので、ゆっくりしか飛べないのだ。
風防無しで飛行機に乗ったり、オープンカーで走る様なものなのだから、当たり前の事なのだが、朝霞は飛ぶまで気付かなかったのである。
「ゴーグルとか着ければ、大丈夫かもしれないけど」
「――ゆっくりでいいよ。速く飛んだって怖いだけだし」
朝霞の首に腕を回して、しがみついているティナヤが、素直な感想を漏らす。抱き合っているも同然の状態が、長く続いた方が良いというのも、速く飛ばない方が良い理由なのだが、流石に口に出したりはしない。
「イダテンの方が、先に着きそうだな」
ヘッドライトを光らせ、土煙を立てて荒野を走る、ミニカーの様に見えるイダテンが、眼下で自分達を追い抜いて行くのを見て、朝霞は呟く。
「いいじゃない、帰るの遅くなったって。夜空のデート……楽しみながら帰ろうよ」
「――これって、デートなの?」
「男と女が抱き合って、ロマンチックな夜景見てるシチュエーションって、デート以外の何なのかな?」
抱き合って……という言葉を耳にして、朝霞は自分がティナヤと抱き合っている事を、今更になって意識してしまう。覚えたての乗矯術を、変身せぬまま試すついでに、飛んでみたいというティナヤの願いを叶えてしまおうと、気楽に抱き抱えて飛び始めた為、抱き合っている意識が、朝霞には余りなかったのだが。
「ま……確かに、ロマンチックな夜景ではあるけどさ」
無数の星々がイルミネーションの様に輝く星空と、対照的に真っ暗な、視界の下半分の多くを占める皆死野の荒野。だが荒野には街明かりが集まり、銀河の様に明るくなっている天橋市や、その兄弟星雲の様な旧市街の街明かりが、遠くにぼやけて見える。
街道の街灯が描く点線が、天橋市と近隣にある幾つかの街を繋いでいる。人々の繋がりが光となって見えている夜景は、暖かい美しさを朝霞に感じさせる。
ロマンチックな夜景である事に、間違いは無いと、朝霞も思ったのだ。
「――でしょう? だから、これはデートなの」
そう楽しげに決め付ける、ティナヤの笑顔を見るのは、朝霞にとっても悪い気分ではない。一緒に飛ぼうと誘ったのは自分な訳だし、暫しの間、夜空のデートを楽しむのも、悪くは無いかなと思う。
「そういえば、日本にいた頃……こんな感じの映画を見た事があったな。俺が生まれる前に作られた古い映画で、映画館じゃなくて、テレビでだけど……」
「テレビって、前に話していた、映画が家でも見られる奴だよね」
以前、蒼玉界……日本での暮らしをティナヤに説明する際、朝霞はテレビについて、そんな風に説明していた。映画自体は煙水晶界にも、形は多少異なるが存在するので、説明の必要は無かった。
「どんな映画なのかな?」
「普段は普通の人間として暮らしているけど、その裏では正義の味方として活躍している超人が、ヒーローの映画でね……」
その映画について、朝霞は説明を続ける。
「隠していた正義の味方としての正体が、ヒロインにばれてしまった後、ヒロインを夜空のデートに誘って、抱き抱えて飛ぶんだ」
朝霞は映画のシーンを、失われてはいない記憶の中から甦らせる。映画の中でヒーローがヒロインを抱き抱えて飛んでいた場面の光景と、今の朝霞が見ている光景は、良く似ていた。
「夜空だけでなく、街の明かりも星空みたいに綺麗な、ロマンチックなシーンだったから、良く覚えてるよ」
「――まるで、今の私達みたいね」
「いや、俺はバニラに正体、隠していなかったでしょ。別に正義の味方でもないし」
否定の言葉を口にする朝霞に、ティナヤは軽く拗ねてみせる。
「こういう時は、素直に『そうだね』って、言っておけばいいの!」
「そういうもんなの?」
「そういうもんなの!」
共感を求める女心が、分からない時があったりと、その方面では幼いところがある朝霞に、やや呆れてみせてから、ティナヤはお約束といえる突っ込みの言葉を続ける。
「あと……バニラじゃなくて、ティナヤ!」
やや言葉で押され気味になった朝霞は、話を誤魔化す為、別の話題に切り替えようとする。




