皆死野と夜空のデート 05
「天岩戸、顕現!」
胸の前で祈る様に手を合わせ、幸手が声を上げる。別に声を上げずとも、能力の発動は可能だが、不慣れな能力を使用する際は、能力や技の名を声に出す場合が多い。
天岩戸という能力の名を、口にし終えた幸手の身体が、ふわりと浮き始める。そして、幸手が二メートル程浮いた後、幸手を守る様に、透き通った青い硝子板の様な見た目の素材で出来た、巨大なサッカーボール状の防御殻が、顕現……形となって現れる。
サッカーボール状と表現したのは、二十枚の正六角形の板と、十二枚の正五角形の板が組み合わされ、球形に近い形の防御殻を形成しているからだ。サッカーボールは板ではなく、皮や布で出来ているが、二十枚の正六角形と、十二枚の正五角形の組み合わせで、形作られているのである。
発動時、全体の高さが5~6メートル程になるので、トレーニング場で試すのは厳しい能力だと判断し、この場で試す事になった能力だ。
「ちょっと移動テストしてみるね」
そう言うと、天岩戸の中央に浮いている幸手は、天岩戸を動かし始める。天岩戸は幸手の思い通りに空を飛んだり、回転したりするのだ。
天岩戸は、ふわりと宙に浮くと、そのまま空中を突風に流される巨大な気球の様に、飛行し始める。幸手は可能な限り速度を上げたり、様々な飛び方を試してみてから、天岩戸を地上の元の位置に、着陸させる。
「飛行能力は、私の乗矯術より……少し劣る位かな? 地上はどうだろう?」
今度は地上での移動能力を試そうと、幸手は天岩戸を転がせ始める。土煙を上げながら、球体に近い形の巨大な天岩戸が、荒野を転がりながら移動し始める。転がるのは周囲の天岩戸だけで、中央に浮いている幸手は、そのままだ。
そんな光景を見て、朝霞は呆れ顔で呟く。
「ありゃ神話に出て来る天岩戸というよりは、ただの巨大なサッカーボールだな……」
「――天岩戸って、神話に出て来る物なのかな?」
ティナヤの問いに、朝霞は頷く。
「天岩戸っていうのは、これも俺達の世界に伝わる神話で、昔……えらい女神様が、引き篭もる様に隠れた洞窟の名前なんだ」
朝霞はティナヤに、天岩戸の説明をする。
「外から無理に開けるのは無理な程、強固に守られている天岩戸をイメージした防御能力で、あの一枚一枚が……絶対防御能力を持っているらしい」
「絶対防御能力って、あの……一度だけなら、どんな攻撃からでも、聖盗を守り通す能力の事かな? 確か……あの蛇女の仮面者が、使えるっていう噂の」
目にした事は無いが、情報として知ってはいた情報を、ティナヤは口にする。蛇女の部分は、やや棘の有る声のトーンで。
蛇女……つまりオルガなど、絶対防御能力はごく一部の仮面者が、交魔法と無縁に持っている能力なのだ。かなりレアな能力で、持つ者は殆どいない。
仮面者の持つ防御能力には、様々なタイプが有るのだが、その全てが耐性の限界を超える攻撃を受けると、能力が破られてしまう。防御殻型の能力なら、防御殻が崩壊するという形で。
防御能力が破られた場合、削ぎ損なった攻撃力を、通常なら仮面者は食らってしまう。だが、絶対防御能力を持つ防御能力の場合、破られた場合、受けた攻撃全ての攻撃力を巻き添えにしながら消滅する為、仮面者はダメージを受けないのだ。
「普通の仮面者が使える絶対防御能力は、一回の変身中に、せいぜい一回。オルガの奴もそうだけど、交魔法状態の乳眼鏡のは違う。あの防御殻全体を形成する、三十二枚の防御壁全てが、それぞれ絶対防御能力を持っているんだ」
「つまり、三十二回……防御壁を破れる程の強力な攻撃を受けても、幸手は無傷な訳かな?」
「防御版が攻撃に、対処出来ればね」
天岩戸を形成する防御板は、幸手が自由に動かせるのだが、自動的に攻撃を察知して動き、防御を行う。幸手の操作や自動防御が間に合い、攻撃に対処出来た場合のみ、確実に幸手の身を、天岩戸の防御板は守り通せる。
だが、対処が間に合わない場合は、守り切れないので、実際に三十二回……幸手を強力な攻撃から、守り通せるとは限らない。
「地上の移動速度は、仮面者のまま走った方が速いくらいだけど、これで敵を轢いたり潰したりとか……無理か」
あちこちを転がり回ってから、天岩戸を元の位置で停止させた幸手は、微妙な表情で呟く。期待した程、地上の移動能力は高くなかったのだ。




