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皆死野と夜空のデート 02

(そうだ! せっかく覚えたんだから、あの術もついでに試してみよう!)

 煙玉を、より遠くで炸裂させる為に利用出来る、覚えたばかりなのに試していない魔術の存在を、朝霞は思い出したのだ。しかも、その魔術は既に発動中であり、朝霞が頭で考えるだけで、自在に使用出来る筈だった。

 朝霞は空を見上げると、大雑把に前方三百メートル、高さ三百メートル程の辺りを見詰めて、望む。

(あの辺りまで飛びたい!)

 すると、交魔法発動中……透破猫之神の背中に出現する、小さな翼が青く光り始め、青い光を放射し始める。放射される光は、実体こそ無いが、まるで光る翼の様に見える。

 そして、朝霞の身体は重力から解き放たれたかの様に、ふわりと宙に浮くと、そのままロケットの様に青い光の尾を曳きつつ急上昇し、朝霞が見詰めた辺りの空中で、急停止する。

「本当に空……飛べるんだ!」

 人並み外れた跳躍力を得た朝霞は、屋根の上を跳ね回り、普通の人には見難い高所からの景色を目にする機会は多い。だが、重力に捉われて、すぐに落下せざるをえない跳躍と違い、宙を舞ったままになる飛行は、朝霞にとって新鮮な感動を覚える体験となった。

 眼下に広がる荒涼とした荒地の向こうに、銀河の様な光点の集まりが見える。無数の街灯りが集まっている、天橋市だ。近くある兄弟星雲の様な光の集まりは、旧市街なのだろう。

 あの術とは、交魔法発動に利用している、乗矯術。乗矯術で飛んで、イダテンから離れた辺りの上空に移動してから、爆撃機の様に煙玉を投下するという、本来の目的を忘れ、朝霞は空から眺める夜景に、つい見惚れてしまう。

「乗矯術か! そういえば、交魔法発動に使う魔術は、交魔法発動中……自由に使えるんだったな!」

 乗矯術を使い、宙に舞い上がった朝霞を見上げつつ、幸手は続ける。

「私も試してみよっと!」

「あ、あたしも! 確か……飛びたいと願えば、後は自由に飛べるんだったよね!」

 幸手と神流も、朝霞に続いて乗矯術を使い、背中の小さな翼から青い光を噴出し、宙に舞い上がり始める。二人は歓声を上げながら上昇を続け、朝霞の近くに来た辺りで停止する。

 黒猫団の三人は暫しの間、空から見下ろす天橋市と近辺の夜景に、無言で見惚れる。十ヶ月程の間、自分達が暮らし続けている街と、その周囲の景色を、これまで見た事が無い鳥瞰の構図で楽しむ。

 そして、二人より先に楽しみ始めていた朝霞の興味は、空からの夜景から別の事に移り始める。本来の煙玉のテストでは無い、乗矯術についての事に。

「どれくらい飛べるものなのか、少し試してみるか」

 そう呟くと、朝霞はホバリングするかの様に空中で停止するのを止め、天橋市に向かって飛び始める。どれくらいのスピードが出せるものなのか試してみようとばかりに、スピードを徐々に、上げ始める。

 頭を進行方向に向け、ミサイルの様に飛んで行く朝霞の視界で、天橋市がどんどん大きくなって行く。速度を上げるにつれ、空気抵抗も強くなり、微妙に身体が揺れ始めるし、風鳴りのせいで、音は聞き取り難い。

(この辺りが、最高速度か……イダテンの三倍くらいかな?)

 加速しようと願っても、加速しなくなった為、そう朝霞は判断する。まともに計測している訳ではないので、イダテンの三倍くらいというのは、あくまで朝霞の体感による推測でしかない。

(――次は、最高高度を確かめてみよう)

 視界の三分の一くらいを、天橋市の街灯りが占める程に、天橋市に近付いた辺りで、朝霞は急上昇を始める。急激な飛行方向の変更のせいで、身体に酷い負荷がかかり、全身が軋みはするが、交魔法習得時の負荷に比べたら、朝霞にとっては軽いものだ。

 青い光の尾を曳きながら、朝霞は夜空を上り続ける。そして、上がるにつれて……周囲の気温が下がり続け、朝霞から熱を奪って行く。

(百メートル上昇する度に、零点六度ずつ下がるんだったか、気温)

 煙水晶界にいた頃、理科か科学で習っただろう知識が、朝霞の頭の中に甦る。この類の法則は、世界が違っても、大抵の場合は違いは無いのだ。

 仮面者の装備には、防御力が低い透破猫之神ですら、高温や低温に対する熱攻撃耐性がある。高温であれ低温であれ、仮面者は熱攻撃に、有る程度耐え切る事は可能。

 しかし、あくまて耐熱攻撃能力が有るのであって、攻撃ではない場合……仮面者がダメージを負わない程度の外気温では、熱攻撃耐性は機能しないのである(魔力の消耗を防ぐ為)。故に、極低温攻撃を受けた訳ではなく、単に寒い空間に自ら飛び込んでしまっている、今の朝霞の場合、熱攻撃耐性は機能せず、身を震わせる程の寒さを感じてしまうのだ。

 寒さに耐え切れず、朝霞は上昇するのを止める。地平線が緩い弧を描いて、星空と地上を分かち、地上には天橋市以外の様々な街も、小さな星雲の様に、あちらこちらに見える、壮大な景色を眺めながら、その景色に似合わぬ泣き言を、心の中で口にする。 

(もっと高くまで行こうと思えば、行けるんだろうけど……呼吸も少し苦しいし、寒いから……今は無理ッ!)

 冬の様な寒さも問題だが、呼吸も少し苦しくなって来ていた。気温がそこまで下がる高さなら、当然気圧も地上より低いので、朝霞は息苦しさを感じるのだ。

(これからは飛行訓練もやって、低い気圧や気温にも、慣れないとな……)

 魔術を使うのと、使いこなすのは別物だ。命懸けの戦闘に使う魔術は、使えるだけではなく、使いこなせる様にならなければならない。

 まともな訓練や修行も無しに、使いこなせる魔術など無い。その事は、聖盗として活動している十ヶ月の間に、朝霞は思い知っていた。無論、魔術に限った話でも無いのだろうが。

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