覚悟と壁の向こう側 17
「分かってるよ、俺だって記憶は失いたくないし、交魔法の自動解除は避けたいからな」
煙玉をジャグラーの様にお手玉しながら、気楽な口調で幸手に言葉を返す朝霞に、神流は警告する。
「――煙玉、落とすなよ。さっきそれ……試しに使って、えらい目に遭っただろ」
「えらい目って……煙が出るだけなんでしょ、それ」
不思議そうに首を傾げながら、ティナヤは問いかける。
「換気扇がフルで動いてるから、えらい目になんて、遭わないんじゃないのかな? すぐに外に排出されちゃうだろうし」
「それが……排出されないんだ、その煙玉の煙。どうやら普通の煙じゃない、魔術で妙な性質が付加されている煙みたいで」
「いや、そこは……忍術の煙と言わないと、実際は魔術の煙なんだとしてもさ」
そんな朝霞の軽口を無視して、神流は説明を続ける。
「一瞬で広範囲に広がった後、そのまま空気中に留まったまま、動かないんだよ……その煙玉の煙。換気扇で排気出来ないどころか、あたしの旋風崩しでも、微動だにしないし」
地稽古の前に、入手したばかりの煙玉を、朝霞は試しに使ってみたのだ。すると、トレーニング場を埋め尽くす程の大量の煙が発生し、朝霞達は完全に視界を奪われてしまった。
換気扇がフル稼働しているのに、煙が排出される気配すら無いので、苛々がピークに達した神流は、とりあえず自分の周りの煙だけでも、何処かに吹き飛ばそうと、加減して旋風崩しを放った。しかし、それでも煙は微動だにせず、結局は十分くらい過ぎた頃に、霧が晴れるかの様に、煙は消え失せたのである。
喉や目がやられたりする訳では無いのだが、十分間殆ど何も出来なく、無駄な時間を過ごす羽目になってしまった。何も見えない、まともに動けない状態で十分過ごすというのは、やや気が短い所がある神流にとっては十分、えらい目といえる事態だったのだ。
「閉鎖空間で使うと、下手すりゃ自滅しそうだね、その煙玉」
幸手の言葉に、朝霞は頷く。
「その代わり、屋外では相当使えると思うぜ。何せ……吹き飛ばせないんだからな」
話しながらのせいか、煙玉の一つが朝霞の手から零れ落ち、床に落ちそうになる。朝霞は慌てて手を伸ばし、煙玉が床に落ちる前に、煙玉を受け止める事に成功する。
そんな朝霞を、神流と幸手が睨み付ける……神流の場合は仮面越しなので、やや睨んでいるのは分かり難いが。先程、煙玉の被害を受けた二人は、その煙玉を弄んだ挙句、落としそうになった朝霞に、苛立ったのだ。
二人に睨まれた朝霞は、気まずそうに目線を逸らしつつ、煙玉を忍合切の中に戻す。
「――交魔法で朝霞は、これまでと戦い方が一変した感じだけど、神流は余り変わらないね」
布都怒志姿の神流の姿を、頭から足元に目線を移動させてチェックしつつ、ティナヤは続ける。
「見た目も、額の五芒星と……朝霞にもついてる、小さな翼みたいなのが付いてる以外は、殆ど変わってないみたいだし」
「そう見えるかも知れないけど、スピードとパワーが格段に上がってるんだ。スピードがこれまで通りだったら、交魔法発動中の朝霞のスピードには、流石に対応出来ないよ」
神流の言う通り、地稽古で見せた神流の戦い方は、これまでと余り変化が無い。だが、高速化を果たした上、遠距離からの牽制手段や分身による撹乱など、多彩な戦法を手に入れた朝霞相手に、互角以上に立ち回れるのは、神流自身も朝霞程では無いにしろ、高速化を果たしているからこそなのだ。
「――それに、神流っちも新しい能力、手に入れてはいるんだ。でも、トレーニング場で試すのは危なそうだから、使ってないだけで」
幸手が神流の言葉を受けて、話を続ける、
「ここで使うのに問題有りそうな能力は、夕食後に郊外でトレーニングする予定だから、その時に見れると思うよ。朝霞っちの煙玉や、神流と私の新能力……」
交魔法を使える様になった三人は、完璧には遠いが能力解析を終えた後、トレーニング場で試すには問題が有りそうな能力は、夕食後に郊外の荒野に行って試し、使える様にしておこうと、話し合っていたのだ。朝霞の煙玉の場合は、能力解析の段階では、問題が無いと思われたので(三人の能力解析は、ベルルなどとはレベルが違い、完璧ではないので、煙が留まり続けるとは思われていなかった)、トレーニング場で使ってしまったのだが。




