覚悟と壁の向こう側 16
「その斧……取り出した袋より、柄が長くないかな?」
ティナヤが指摘した通り、朝霞の背後……腰の辺りに提げてある、鎖で編まれた感じの巾着袋風の袋より、斧の柄は長い。
「しかも、その斧が三本と六芒手裏剣が沢山、入ってたとは思えない大きさなんだけど、その袋」
「ああ、この袋ね」
自分が提げている袋を指差し、朝霞は説明を始める。
「これは忍合切って言ってね、俺の透破猫之神のモデル……神様の方の透破猫之神が持ってたって言い伝えられてる、不思議な袋なんだ。この世界で言う所の、ミルム・アンティクウスみたいなもんかな」
朝霞は斧や手裏剣を、袋……忍合切に仕舞うと、今度は野球ボール程の大きさの黒い玉を、四個取り出す。
「忍者道具に限るけど、大きさとか無関係に、出したり仕舞ったり出来るんだ。こんな感じに……。ちなみに、これは煙幕を発生させて、敵を撹乱する為の煙玉」
「タィニイ・バブルスみたいに、袋の中が広い別空間に、繋がってたりして……沢山の忍者道具が、収納されているのかな?」
「――ある程度広い別空間には繋がってるんだろうけど、収納されているんじゃなくて、朝霞が欲しいと思う忍者道具を、魔力を原料として瞬時に作り出す、自動製造工場みたいなもんだよ」
交魔法発動後の朝霞の魔術式を、分析した幸手が説明を補足する。幸手だけでなく、朝霞や神流も、既にソロモン式魔術に、ある程度は通じているので、仮面者の能力解析が可能なのだ、ベルル程では無いにしろ。
仮面者の魔術式は、その人間の魂魄や記憶を分析し、新たなる魔術式を生み出すという、かなり特殊なものであり、それ故に仮面者の能力は千差万別。そして、交魔法発動による異常動作で、魔術式が書き換えられたり、新しい魔術式が作り出され、能力が追加されたりするのだ。
変身している本人には、自分の魔術式の解析は不可能。故に、解析可能な他者が解析する事になる。黒猫団の三人では、幸手が一番解析能力が高いので、朝霞と神流の分析は幸手が担当し、幸手の分析は朝霞と神流が、二人がかりで行った。
故に、交魔法発動後の能力は、既に大雑把に三人は把握している。
「忍者道具を袋に戻せば、また魔力に戻るから、殆ど魔力は消費しないけど、さっきの手裏剣や斧みたいに、戻す前に破壊されたら、魔力に戻せないんで、結構魔力を消費する羽目になる。使い過ぎには気をつけろよ、特に……五芒星が光り始めてからは」
幸手の言う五芒星とは、言うまでも無く交魔法発動中、額の六芒星の一角に、収まる様に現れる五芒星の事だ。交魔法を発動しても、仮面者に変身する際に使用した、燃料である蒼玉粒を使い切らない限り、二色記憶者の記憶を直接、燃料に使用する事は無い。
あくまで、最初の蒼玉粒を使い切った後に、記憶を直接魔力に変換し、利用し始めるのだ。この直接記憶を燃料にし始めると、五芒星が青く光り始めるのである。
つまり、幸手の五芒星が光り始めてから云々という話は、記憶を直接燃料にする……記憶を失いながら能力を使用する状態では、魔力消耗の激しい能力の使用は控えろ的な、意味合いなのである。もっとも、交魔法を発動した上での戦闘は、通常時の戦闘の倍は魔力を消耗するので、練習ではなく実戦となれば、五芒星が光り始めたからといって、能力をセーブして戦うのは、困難なのだろうが。
今現在、朝霞と神流の五芒星は、光っていない。つまり、まだ自分の記憶を燃料にする状態では無いのだ。
ちなみに、自分の記憶を魔力に変換し、燃料に出来るといっても、無制限に出来る訳では無い。一定以上の記憶を魔力に換え終えると、五芒星は崩壊し……交魔法は解除される。
自分で解除するのではなく、この五芒星が崩壊する形で交魔法が解除される場合、仮面者になる為の魔術式が、ダメージを受ける可能性がある。五芒星が一つの場合は、ダメージを受ける確率は低いが、五芒星の数が増えるにつれて、そのリスクは高まるので、魔力の使い過ぎによる交魔法の解除は、極力避けなければならないと、ナイルの解説書には記されていた。




