覚悟と壁の向こう側 14
「まぁ、実際には増えてるんじゃなくて、交魔法を習得したせいで、朝霞本人ですら瞬延に入らないと、制御出来ないスピードが出せる様になったから……」
幸手は簡単に、朝霞の使う分身の術の理屈を解説する。
「それを利用して……高速移動中に少しだけ止まり、その場に残像を残してるんだ。ただの残像なんで、良く見ると……少し薄いんだけどね」
交魔法を習得した結果、朝霞の最高速度は、本人ですら瞬延に入らなければ、制御出来ないレベルまで上がってしまった。故に、通常は制御できる限界の速さで、移動せざるを得ないのだが、最高速度を何かに利用出来ないかと、色々と試している内に、開発された使い方が、この分身の術。
最高速度での移動中は朝霞本人も、まともに周囲が見えない状態な為、短距離を刻む感じで、周囲の状況を確認しながら、朝霞は移動してみた。すると、それを見ていた神流と幸手には、移動する前の残像と移動後の本体の姿が、同時に見えてしまったのだ。
その話を二人に聞いた朝霞は、日本で楽しんだ様々なフィクション作品に登場する忍者などが、似たような理屈の、残像を利用した分身の術を使っていたのを思い出した。そして、交魔法発動中なら、自分にも同じ理屈の分身の術が使えるかもしれないと思い、やってみたら……出来てしまったのだ。
朝霞は、そんな出来立ての分身の術が、実戦に使える物なのかどうか、神流相手の地稽古で、試している最中なのである。
「朝霞……交魔法、習得出来たんだ!」
驚きと喜びで九割、一割だけ口惜しさが混ざった風な声を、ティナヤは上げる。口惜しさが僅かに混ざっているのは、その場に自分が居合わせられなかった所為。
「朝霞っちと神流っちは、一時間くらい前にね。私は……三十分くらい前に、何とか。思い出したくも無い様な事まで思い出して、大変だったよ」
少しだけ気まずそうな表情を浮かべて、肩を竦めつつ、幸手は続ける。
「私には、少し休憩挟めば回復して、交魔法に挑めちゃう、あの二人みたいな体力は無いんで、長々と休んでるとこ。いや……若者達の体力は、凄いね……うん。元気で宜しい」
「――大して歳の差無いでしょ」
幸手と同い年のティナヤは、年寄り染みた事を言い出す幸手に、突っ込みを入れつつも、朝霞と神流の地稽古を、見続けている。幸手の言う通り、複数に見える朝霞の姿は、ティナヤにも薄く見えた。
「成る程、残像なんだ……」
ティナヤが呟いた後、神流の右斜め前にいる朝霞が、神流に何かを投げつける。目にも留まらぬ高速移動中では、狙いも定められないせいだろう、投げつける動作の間は高速移動をしていないせいか、分身は姿を消してしまう。
直線的な動きで飛ぶ物や、弧を描いて飛ぶ物など、青く煌く小皿程の物体が十数個、神流に向かって襲い掛かる。その光景は、ちょっとした流星雨が降り注ぐかの様にも見える。
神流は迫り来る光る物体を、目にも留まらぬ早業で二刀を振り、切り裂いてしまう。物体は青く輝く光の粒子を飛び散らせ、火花の様に煌きながら空気に溶けて行く。
投擲武器らしき物を破壊し尽した神流は、再び朝霞と残像に囲まれている。投擲による攻撃を終えた直後に、再び高速移動に入った朝霞は、残像を四体、神流を取り囲む様に作り出したのだ。
神流の右後方にいた朝霞が、右手を後ろに回し、腰に提げた袋から取り出した、小さな青い斧を手にすると、神流に向かって振りかぶる様に切り掛かる。その朝霞は本体であり、実際に攻撃に入る為に、速度を視覚が機能する限界まで落としたのである。無論、速度を落とした為に、分身は全て消え去っている。
だが、斧の刃が神流に届く前に、背後からの攻撃に対処すべく、神流は振り返った。分身が消えた時点で、視覚の外……天井が高くは無いトレーニング場なら、おそらくは背後に回ったのだろうと推測出来ただけでなく、背後から明らかに気配を察したからである。
神流は右手に持つ長刀で、右下から切り上げる様に、襲い来る斧の刃を払う。払うだけのつもりだったのだが、神流の刃は斧の刃を切断してしまう。切断された斧は、切断されていない柄まで含めて、青い火花の様な粒子群に変化し、消え失せてしまう。
だが、何時の間にか朝霞の左手には、右手が持っていたのと同じ斧が握られていた。切り掛かりつつ腰の袋から、左手で引き抜いた斧で、朝霞は下段から神流に斬りつける。
斧の刃が神流に迫る……が、当たりはしない。今度は脇差で刃を弾き、これまたあっさりと刃を切り落とす。左手の斧は右手の斧と同様に、柄まで含めて青い火花の様な光の粒子群となり、消え失せる。




