表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/344

覚悟と壁の向こう側 12

 神流の布都怒志は、経津主ふつぬしと表記されたり、斎主神いわいぬしのかみと呼ばれたりもする、日本神話においてメジャーな武術の神……武神だ。布都怒志を祭神とする千葉の香取神社から分祀した、川神香取神社の祭神である。

 古くから剣術や徒手空拳の武術……吉見流を伝える家柄で、明治の頃からは剣道の道場も開いている、神流が生まれた吉見家は、この川神香取神社と深い関わりがあった。明治時代、新たに神社を創建しようとしていた川神市の有力者が、当時の吉見家当主に受けた恩を返す意味で、祭神を武術の神である布都怒志としたのだ。

 その際、神社の境内に設置する為、その有力者は地元の石像職人に、布都怒志像の制作を依頼した。ところが、余り日本神話に詳しくない職人が制作を担当したせいか、完成した布都怒志像は、日本神話に出て来る神の姿とは、かけ離れたデザインとなってしまっていた。

 布都怒志に限らず、日本神話に出て来る神々のイメージといえば、伸ばした髪を頭の両サイドで結った、美豆良みづらという髪型に、白や蜂蜜色の衣袴きぬばかまという出で立ちが多いだろう。ところが、武神という言葉のイメージに引き摺られたのか、職人は戦国武者の様な鎧装束の布都怒志像を、作ってしまったのである。

 発注者である有力者は、これは布都怒志とは違い過ぎると、石像を作り直させようとした。しかしながら、吉見家の当主が、長刀と脇差を腰に差した鎧武者姿の石像を、吉見流にとっての理想像としての布都怒志だと気に入ってしまい、作り直しの必要は無いと有力者に申し出た結果、鎧武者姿の布都怒志像が、川神香取神社に設置される事になった。

 神流の道場は、剣道では無く剣術や古武術の修行の為、頻繁に野外稽古を行う。足場の悪い野外での足さばきなどに慣れなければ、野戦において実力を発揮出来ないからだ。

 だが、吉見家の敷地が広いとはいえ、道場自体が敷地の多くを占めている為、多くの弟子が一度に野外稽古出来るだけのスペースは無い。そこで創建者の意志も有り、吉見流に協力的な川神香取神社が、広過ぎる境内や鎮守の森を、野外稽古の場として昔から無償で貸しているのである。

 その際、当然の様に神流を含めた吉見流の者達は、川神香取神社に参拝するし、境内に設置されている、鎧武者風の布都怒志の石像にも、礼拝する慣わしとなっている。

 家族との記憶を全て奪われた神流には、道場の主や師範であった家族と稽古した記憶は無い。だが、家族以外の師範代と稽古した記憶は残っている(その為、家族の記憶を失っても、吉見流の武術に関する記憶の多くは残っているので、吉見流を使いこなせる)。

 故に、野外稽古の際などに、吉見流の理想の姿として、幼い頃より憧憬の対象であった、鎧武者姿の布都怒志が、神流の心の中に焼き付けられている。神流の仮面者が、本人の性別に応じて、姫武者姿にアレンジされているが、鎧武者姿の布都怒志なのは、そういった理由によるものだと思われる。

「あの布都怒志像の姿が思い浮かんで、負荷がこれまでより軽くなり、精神集中が途切れそうになったら、すぐに呼ぶから……あたしと戦ってくれ」

 幾度と無く見上げた、布都怒志像の懐かしい姿を思い出しながら、神流は朝霞に頼む。

「了解」

 快諾した朝霞は、神流の肩を軽くぽんと叩いてから、畳が敷いてある辺りに移動する。幸手も朝霞の後に続いて移動し、二人は畳の上で並んで、神流の修行を見守り始める。

 二人の目線の先で、仮面をかぶった神流の姿が青い炎に包まれ、布都怒志となる。

「――そういえば、壁を打ち破った後、透破猫之神から出てた炎の色、これまでと違ったね」

 布都怒志に変身した際の、青い炎を目にした幸手は、神流の打突をかわしてから、立ち止まった交魔法発動中の透破猫之神が、青白い炎をまとっていたのを思い出したのだ。移動中の姿は目で追えなかったが、立ち止まった後、炎が残っている状態のを、幸手は目にしていた。

「そうなんだ、気付かなかった……」

 交魔法を発動していた本人である朝霞は、自分の炎の色が変わっていたのに、気付いてはいなかった。

「あ……でも解説書には書いてあったな、交魔法発動中には炎の色が、通常時と変わる場合があるとか」

 朝霞が呟いた直後、神流は額の六芒星の上に、煙水晶粒で五芒星を描き負える。すると、大量の灰色の煙を撒き散らしながら、交魔法が発動する。

 煙が噴出したのと同時に、ストップウオッチ機能に切り替えてある腕時計のボタンを押し、朝霞は時間の計測を始める。灰色の煙に、朝霞と幸手の視界は埋め尽くされるが、換気扇に煙が排出され、すぐに視界は回復する。

 二人の視線の先に、煙の中から姿を現した布都怒志は、額の六芒星の角の一つに、五芒星が追加されている。神流にとって、九分台で負荷が軽くなる段階に入り、七度目の交魔法挑戦が始まったのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ