罪
わー・・・
ありえないぐらいの更新ペースですね。
でも、これはどうでしょうね?
『必要か?』とか言われる可能性もちょっと考えてしまいますねぇ。
まぁ、本編では語れそうにない一件を番外にて放出してると思っていただければよいかと。
『管理者 夢那視点』に近いものですね。
暗い ―― 否、けしてそこは暗くなどない
寒い ―― 否、そこには確かな温もりが存在し、寒くなどない。
寂しい ―― 否、それは俺が見ることを拒んでいただけで、別の可能性が存在していた。
何故なら夢の中俺は、笑っている。
あの時の精一杯の笑みを貼り付け、触れれば割れてしまいそうな薄氷にも似た笑顔。
けれどそれも、けして作り笑顔ではなかった。
それでも俺は妻と息子、二人の娘に囲まれながら、笑う。
「おかえり、父さん」
「ただいま」
迎えてくれた息子へとそう答え、その後ろについてきた二人の娘が俺の脚に飛びついてくる。
「今日はカレーとサラダだよ、私たち三人だけで作ったの!」
「それは楽しみだなぁ、三人とも怪我はしなかったかい?」
「してないよぉ~!
もう! お父さんは失礼だなぁ」
頬を膨らませる下の娘の頭を撫でながら、俺は玄関へと腰かける。
「冗談だよ」
膨らんだ頬を押し、空気が抜ける少しおかしい音に息子と上の娘も笑う。
そんな二人に下の娘がポカポカと軽く叩いて、抗議している。
「こらっ、三人とも。
お父さんが玄関から動けないでしょう!」
「「「はぁーい」」」
優希の言葉に子どもたちは逃げるように、居間へと向かった。
多分、俺たちが行く頃にはテーブルの上には三人が盛ってくれたカレーとサラダが並べて、待っていてくれるだろう。
「ハハッ、元気なもんだ」
「あなたも笑ってないで、叱ってくれないと・・・
それといつまでもスーツ姿で座ってないで、着替えてきてください」
「出迎えてくれてるんだ、嬉しいじゃないか。
あぁ、三人で作ってくれたカレー・・・ 楽しみだしな」
その光景を一歩下がったところから、冬雲が見ている。
在りし日の思い出、俺が身勝手にも捨ててきた家族。
本当の意味で俺は優希も、あの子たちも、見てなんていなかった。
どんな行動をしても、思いを抱いても、俺の考えの中には常に華琳たちが居た。
称賛の言葉も、資格を得ても、それは戻るためのおまけでしかなく、その努力すら俺は華琳たちから貰った物。
華琳たちに出会わなければ、俺は俺じゃなかった。
場面が突然切り替わり、別れたあの日を映し出す。
そして、そこで彼女が北郷一刀を背中に抱きつきながら囁いた。
「あなたの世界はここですよ?
どこにも行かないで・・・・・ 私の傍にいて。
彼女たちではなく、私たちのことだけを考えて」
「ッ!!」
夢から逃げるように、俺は寝台から飛び起きた。
首元にまとわりつくようなべたついた汗、荒い呼吸、早い鼓動。
そして、夢だというのに今も耳に残るあの言葉。
「何が・・・・ 『後悔もここに置いていく』、だ。
少しも、忘れるなんて出来てないじゃないか」
華琳たちと別れさせられてからも、確かに流れた三十年。
恋をする予定のなかった天の世界、努力だけをして、会えずとも華琳たちに人生を捧げようと思っていた。
だが、そんな俺を見透かすように彼女は北郷一刀の中に入ってきた。
この世界を認め、俺が居なくなると言っても『子が欲しい』と望み、『少しの間であっても、あなたの妻となりたい』とまで言った。
だから俺は、縋ってしまった。
彼女の優しさを利用し、捨ててきた。
「・・・・・くそっ」
壁に拳を叩き付け、やりきれない思いを自分に向ける。
『彼女を利用した』
それはどんな言い訳をしても、変わらないし、忘れてはならない。
「鍛錬に行くか・・・」
そこに留まる空気から逃げるように、俺は模造剣を持って中庭へと向かう。
今の俺は、華琳たちに縋る権利も、町を見てこの気持ちを曖昧にする権利もない。
これは俺がした罪への罰、一生背負うべきものなのだから。
深夜の誰もいない中庭、月と星だけが照らすそこで、俺は軽く体をほぐしてから、軽く素振り行った。
そして様々な想定をしながら、体を縦横無尽に動かしていく。
『何のために強くなるのか?』
それはここに居るため、もう失わないため。
あの日をもう、繰り返さないため。
『どうして、彼女たちを捨てたのか?』
あの世界の北郷一刀という存在を消してでも、俺は彼女たちに会いたいと願った。
『ならば何故、今も苦しむ?』
もうあの世界の誰もが北郷一刀を忘れ、俺が居なくなった穴を他の何かが補正しているとわかっていても、あれは俺の罪。
俺が彼女たちを利用して、縋って生きたことがもはや存在しなかったことになっても、それは俺が忘れていい理由にはならない。
「!?」
突然、背後から音がし、すぐ後に続く風切り音。俺は投擲された石を剣で落とし、その方向へと視線を向けた。
「見事ね、冬雲」
「華琳・・・・」
月光の下、その輝きは失われることもなく、いつもの服装で華琳は立っていた。
「いつも通り、鍛錬とは思えぬほど素晴らしい動きだわ。
けれど、目と剣には迷いを宿していて、不安定のように映るのは私の気のせいかしら?」
そう言って近寄ってきて、汗に濡れた俺の頬に触れてくる。
「・・・・あなたは、何か私に隠していることがあるでしょう?」
俺の心を見透かす華琳の言葉に、頬に触れられた手を握る。
「何もないさ・・・・」
誤魔化すように月を見ると、華琳が俺の顔を引き寄せてきた。
「あなたの様子がここ数日、おかしいとあちこちから心配の声があがっていることをあなたは知っているかしらね?」
「マジかよ・・・・」
俺は模造剣を地面に差して、頭を抱えた。
本当にここのみんなは敏いし、俺のことをよく見てる。隠し事をするのだって難しいじゃないか。
「あなたが私たちと別れてからの三十年、何があったかをまったく話さないけれど。
それはどうしてなのかしらね?」
どうして、そんなにも俺のことがわかるんだろうか?
どうして一番傍に居てほしいとき、彼女は俺の傍に居てくれるだろうか。
何で俺の思いに、こんなにも寄り添ってくれるだろうか。
「きっと知ったら、華琳は俺に失望するぞ?」
苦笑交じりにそう言うと、頬をつねられた。
「馬鹿ね、私があなたに失望なんてするわけがないでしょう?
あなたが私にみっともないところを見せるなんて、それほど山のようにあったじゃない」
呆れたように表情をし、溜息まで吐かれる。
その通りだ、俺は本当に何も出来ず、多くを知らなかった。
そんな俺を警邏隊の隊長にまで厳しいながらも育ててくれたのは華琳で、みっともない所ばかりを見せてきた。
俺もそれを改めて思い出し、覚悟を決めた。
「華琳・・・・ 聞いてくれないか。
俺の罪を」
月と星、かつてこの世界から俺を奪ったものたちに見守られながら、俺は天の世界で過ごした三十年という時間を語る。
そこに史実なんて話はなく、俺が過ごしてきた日常。
俺が縋った女性と、俺がみんなを通してでしか見ることのなかった家族。
この世界で来ることで他人の記憶の欠片からすら存在しなくなってしまった、あの世界の北郷一刀の人生だった物語。
「冬雲」
俺の話を聞いた後、華琳は俺の頬を張った。
あまりにも突然だったため俺は避けることも出来なかったが、なんとなくこうなることはわかっていた。
「あなたがしたことは夫として、父親として間違っている。
それはどんな言い訳を並べても、許されることではないわ。
たとえ誰が忘れたとしても、あなたという存在があの世界から消失していても、あなたはその罪を背負い続けなけれならないことはわかっているわね」
「あぁ、わかってるよ」
「けれど・・・・」
華琳はその目から静かに涙をこぼし、張った頬をそっと撫でてくる。
「私は人としてのあるべき行動よりも、存在を否定された私たちを想い、家族を捨ててでもこの世界を選んでくれたあなたが、帰ってきてくれたことが何よりも嬉しいのよ・・・・」
それはとても神秘的な光景で、涙は月の雫のようだった。
「世界中の誰があなたを責めても、私たちにあなたを責めることは出来ない。
あなたが帰ってきてくれたこと、そのことの恩恵を受けているのは私たちであり、あなたがそこまで私たちを想ってくれたことの証だもの。
あなたのその罪は私たちの罪でもある。
あなたが私の背負うものを一緒に背負うと言ってくれたように、その罪を共に背負わせなさい」
小さな華琳の手が俺を包み込み、彼女が傍に居ることで俺は安らぎを覚える。
「ありがとう、華琳」
今はただありきたりな感謝の言葉しか、出てこなかった。
あの世界からこの罪の存在すらなくなっても、俺はこの罪を背負い続ける。
俺が利用し、縋ってしまった、確かに家族だった彼女たち。
この思いすら身勝手なものであったとしても、具体的に何をするわけでもないけれど、この世界で死ぬ最期の瞬間まで忘れないでいてみせる。
共に背負ってくれると言ってくれた、愛しい彼女と俺の些細な変化すら気づいてくれるみんなと共に。
これが冬雲視点の現状ですね。
どんなに『後悔しない』といっても、罪の意識は別問題ですからね。
冬雲であった北郷一刀が存在しないことになっても、自分がしたということから目を背けないという意思表示だと思っていただければいいかなぁと。
感想、誤字脱字お待ちしております。