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水仙と蓬

また番外です。


サブタイトルについては後書きで触れますが、読めばわかると思います。

「ねー、(スイ)ちゃん」

 私はいつもと同じよーに彗ちゃんの隣にいて、笑って、たくさんのことを話す。

 って言っても、まだここを卒業してないから行動範囲なんて限られてるし、その辺適当に回ったり、女学院の他の子達の話を持ってくるだけ。

「なぁに、よーちゃん」

 水鏡(ミカガミ)ちゃんが作った角度を変えられる寝台の上、正ちゃんお手製の肩掛けをかけて穏やかに笑う彗ちゃん。

 正ちゃんよりも色の薄い瞳と青と白が混ざり合わせたみたいな綺麗な髪、私の真名に愛称をつけて呼んでくれる優しい声がなんだかくすぐったくなって、おもわず小さな体を抱きしめる。

「今日は甘えん坊さんなんだね、よーちゃん」

 抱き着く私を嫌がりもせずに抱きしめ返してくれる彗ちゃんを優しく撫でてから離れ、彗ちゃんは小さく溜息を零した。

「姉さんも私にこうして甘えてくれたらいいのに」

「あははー。

 そんな正ちゃん想像できないし、もし現場を目撃したら記憶なくすような事されちゃいそー」

「そうかも・・・ でも、ちょっと見てみた・・・ っ!」

 怖い怖いと肩をすくめて見せれば彗ちゃんもくすくす笑ってたのに、突然口元を抑えて激しく咳き込みだす。

「っ! ごほっ・・・ ごめ、よー・・ちゃ・・・」

 謝りながら、口元に当てた手についている血の存在を知ってるのに、私は見ないフリをする。

 彗ちゃんは特別であることなんて望んでなくて、弱い者なんかじゃないから。

 望んでるものは私にはわからないけど、私は私らしく彗ちゃんの隣にいて、したいようにするって決めてるもん。

「すーいちゃん」

 わざと明るい声を出しながら、私に血がつくことを嫌がって離れようとする彗ちゃんをぎゅっと抱きしめて、その背中を優しくさすってあげる。

「ゆっくり深呼吸しよー。

 ほら、いーち、にーい、さーん」

 心配したって、体はよくならない。

 私が狼狽えちゃったら、きっとこの子は無理にでも微笑もうとする。

 『大丈夫?』なんて、大丈夫じゃないから苦しんでいる人を前にして言えるわけがない。

「すーいちゃん」

 親が子どもをあやすときみたいに背中をたたいて、彗ちゃんの呼吸が整うのをのんびり待つ。

「ありが、とう・・・ ございます」

「ぶー。

 友達のけーご、きらーい」

 呼吸を整えてる最中なのにお礼を言う彗ちゃんの律儀なところは好きだけど、随分前に治ったと思った敬語が出てきちゃったから、私はぶーたれる。

「お礼とか言いたいんなら、ちゃんと呼吸整えることー」

 そのまま息が整うのを待って、彗ちゃんをそっと寝台に横にしてあげる。寝台を平坦にして、血に汚れた口元は正ちゃんが部屋を出る前に用意してた水桶で布を濡らして拭いてあげる。

「よーちゃん、そこまでしてもらわなくても出来るから・・・」

「ふふふ~、たまにはいいじゃーん」

 苦笑はしても拒まない彗ちゃんにいい子いい子しながら、布をゆすいでかけておく。

「彗ちゃん、寝る?

 そうじゃなかったら、もうちょっとここで話してってもいーい?」

「よーちゃんは優しいね」

「そぅ? 私は全然優しくないよ?」

 彗ちゃんの言葉を否定しつつ、私はまた寝台の隣の椅子に座って笑う。

「私が話したいからここにいて、本当は休まなきゃいけないような子をおしゃべりにつきあわせてるだ・け」

「そういうところが、優しいの」

 白くて細い手が私の顔に添えられて、その手が気持ちいいから自分からもすり寄れば彗ちゃんもふわりと笑う。

「姉さんも、槐さんも、よーちゃんも、とっても優しい。

 ちょっとわかりにくいかもしれないし、三人とも根は頑固で、言葉も強いかもしれないけど・・・」

「わかりにくくて、頑固で、言葉が強いって、それだけで十分厄介じゃない?」

 私が茶化しても彗ちゃんの笑顔は変わらなくて、私の短い髪に触れたがってるのがわかったから椅子から降りて寝台に寄りかかる姿勢に変えてあげる。

「・・・だったら私は、とっても運がよかったのかも。

 姉さん達の優しさを、私はちゃんと受け取ることが出来たから」

「そーかなー?」

 私も正ちゃんも謹ちゃんも、特別彗ちゃんに何かしている意識はない。

 正ちゃんはそもそも自分の内に入った人には優しいし、謹ちゃんだってお気に入りの著者を無下にすることはないし、少しでも長く書いてほしいとか思ってるだろう。

「彗ちゃん、眠かったらちゃんと寝るんだよ?

 なんなら子守歌でも歌ってあげよっか?」

 んで、それは私も同じ。

 大事な親友が他と同じ扱いなわけがなくて、彗ちゃんと一緒にいることが好きで、話すことが大好き。

「よーちゃんは、夢の中まで私を守ってくれるの?」

「うん、彗ちゃんのことを悪い夢から守ってあげる」

 本当に守りたいのは、悪い夢からなんかじゃないけど。

「私の歌って、結構人気あるんだよ?

 水鏡(ミカガミ)ちゃんと会うまでは、旅芸人みたいなことしながらお金稼いでたくらいだしね。でも、子守歌は彗ちゃんだけ特別」

 私の言葉に不思議そうに首を傾げるから、聡いこの子に、自分の気持ちが見えてしまわないように私は笑って言葉を続ける。

「だってお客さんが寝ちゃったら、商売にならないでしょ?」

「私が今日のお客さん、かな?」

「じゃぁ、お代は次のお茶の約束で」

 私の言葉の最中に彗ちゃんはまた咳き込んで、今度の吐血は私から隠すことの出来ないほど多くて、私はなんてことないように布で拭きとっていく。

「ほら、苦しいならもう寝ちゃおう」

 私達は縋って泣くことをしちゃいけなくて、病気を代わることも許されない。

 神様なんて憎んでもしょうがないし、病気の体を憐れむなんて以ての(ほか)

 ただ私は馬鹿みたいに明るくする方法しか持ってなくて、いつものように接することしか出来なくて、それでも私は話したい自分の欲を優先してる。

 彗ちゃんは私を優しいなんていうけれど、やっぱり私は優しくなんかない。

 ただの自分勝手で自己満足、自分一人で完結してしまっている欠陥者。

「うん、ありがとう。よーちゃん。でも、これはどうしようもないものだから」

 私の何かを見透かしたのか、彗ちゃんは突然私の頬を引っ張ってくる。正直、力なんて全然ないし、引っ張る力も弱くて少しも痛くない。

「よーちゃん、知ってる?

 人って文字はね、一画目を支えるように二画目がくるの」

 私が少しだけ目を開くと、彗ちゃんは体を起こしながら言葉を続けていく。

「一画目がなかったら文字は始まらなかったけど、二画目がなかったら完成もしなかったのが『人』っていう字。

 人は一人(一画目)だけじゃ足りなくて、二人(二画目)でいたから人になったって考えれば、人は一人じゃ欠陥品なのかもね。一人じゃ何かが足りないから他を求めて補って、支えたり、刺激しあったりするって考えたら、人ってとっても素敵だと思わない?」

 そう言って笑う彗ちゃんはとっても綺麗で、泡か、霧のように透けて消えて行ってしまうような気がした。

 雪のような白さをもって冬の終わりから春の初めに咲く華は、周囲に甘い香りを広げていく。儚い容姿と甘く濃厚な香りとは裏腹に、その身に毒を持つ。

 私はとっさに彗ちゃんの体をぎゅっと抱きしめた。

「よーちゃん・・・」

 嫌だよ、彗ちゃん。

 泡のように消えないで、彗星のように通り過ぎたりなんてしないでよ。

「少し、痛いよ・・・」

 ずっと、ここにいてよ。

 ううん・・・ ここだけじゃなくて、四人でいろんな所に行こう? 正ちゃんも、謹ちゃんもあんなだからいろいろ大変かもしれないけど、きっと四人なら楽しい。

 いろんな気持ちが溢れてて、ある筈もない未来(理想)が次から次へと生まれてくる。

「よーちゃん・・・」

 逝かないで、離れないで。生きていて。

「彗ちゃんはね、ここにいるよ」

 いっぱいある私の我儘を飲み込んで口に出来た言葉はそれで、私はやっぱり彗ちゃんに笑顔を向けた。

「うん、そう。

 私はここに生きてるの」

 長く病魔に侵され、死を受け入れている彗ちゃん(少女)

「幸せだよ、とっても」

「・・・そっか」

 正ちゃんは凄いなぁ。

 彗ちゃんの自由を殺さずに、自分が納得してないことも、考え方すらこの子(彗ちゃん)の生き方として受けとめてる。

「じゃぁ、夢の中でも幸せにしてあげる」

 謹ちゃんだって凄い。

 一読者として彗ちゃんを支えて、彗ちゃんの書を広めるためとか言って写して、著者としての彗ちゃんの名を広めようとしてる。

「ありがとう、よーちゃん」

 ゆっくりと眠る体勢に入っていく彗ちゃんの隣で歌を歌いながら、その温もりが消えてしまわないように手を握る。

 いや、ちょっと違うかな。私が自分の気づかないうちに、この温もりが消えちゃうことが怖いんだ。

 でも多分、私は彗ちゃんの最期を看取ることは出来ないし、何もしないで女学院(ここ)にいるなんて駄目。何よりも彗ちゃんがそれを拒むだろう。どれだけ私の意志だって言ったとしても、これはきっと認めてくれない。

「彗ちゃんも正ちゃんに負けず劣らず頑固だからなー」

 彗ちゃんの寝息を確かめてから、私は座っていた床から立ち上がる。

 安らかに眠る彗ちゃんはやっぱり綺麗で、少しの間見惚れてから髪を乱さない程度に撫でてから離れる。

「彗ちゃん、良い夢を」




 女学院を卒業してから私は謹ちゃんに続いて女学院を出て、あちこちを渡り歩いた。

 足の向くまま気の向くまま、自分の好きな物を布教したり、旅芸人をしたり、時には商人の護衛として雇われたりもした。

 そこから女学院にいる彗ちゃんと正ちゃん宛てに手紙を書いて、それだけじゃ味気ないから植物の種を適当にとっては水鏡(ミカガミ)ちゃんの伝書鳩に持たせた。


 そんなやり取りをしながら同じ季節が二度巡った頃、その知らせは訪れた。


 書簡の見える位置に書かれた正ちゃんの字。

「あーぁ、ついに来ちゃったか」

 書簡を開いて流し読めば、彗ちゃんが亡くなったことが簡潔に書かれてて、実に正ちゃんらしい手紙だった。

「彗ちゃん」

 この大陸のどこにもいないあの子のために、流す涙を私達はもう持ってない。

 だって、あの子は泣くことなんて望まない。それに破ったら正ちゃんと謹ちゃんにきっついお仕置きされそうだしねぇ。

「彗ちゃんはね、ここにいるよ」

 だから、私は笑う。

 彗ちゃんが残したものを私達は確かに知っていて、それぞれがちゃんと受け取ったから。

「でも、彗ちゃんの二胡が聞けないのはちょっと寂しいなぁ」



彗扇を書いた時から決めていた、彼女に類する番外の一つでした。


(ヨモギ)の花言葉は『幸福・平和・夫婦の愛情』と平和的なものがありますが、意味として込められているのは『決して離れない』


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