秋桜
久々の投稿です。
秋桜視点です。
文字数少ないです。
「秋桜、準備が出来たそうですよ」
友の気配と声に俺はあえて振り向かず、俺の真名と同じ名を持つ木の下でじゃれあう猫達を見続ける。
樹上を得意げにする猫、それを心配そうに仰ぐ猫。二匹にかまわず根元で眠る猫。
「秋桜、嬉しそうですね」
「む? そうか?」
木春に指摘され自分の顔に触れてみるが、表情が変わった様子はない。
「わかるわよ~。
だって、あなたのことだから」
背に抱き着いてじゃれつき、俺の左腕から顔を覗いてくる銀葉の頭を撫でる。気持ちよかったのか銀葉は目を細め、さらに俺の体に頭を押し付けてくる。
「銀葉、あまり秋桜にじゃれついていると・・・」
「あーら、銀葉。
私の旦那に羨ましいことしてんじゃない? 私も混ぜなさいよー」
「いいや、右腕は儂が貰う!」
「・・・遅かったですね」
背中に小蓮を背負い、左腕に蓮華を抱えた舞蓮と銀葉に対抗するように右腕を絡ませようとする祭を避け、すり寄ってくる銀葉を一度抱えて木春へと手渡す。
「きゃっ!
もう! 抱き上げるなら言ってよ! 兄様!!」
「それは悪かった」
銀葉の『兄』という言葉に陽だまりのような温かさを感じながら、俺は桜の方へと歩み寄っていく。
風が花を散らし、足元を散った花々が包み込む。歩むたびに花が浮き上がり、俺の足に絡んでいく。それを見ていると、案外散るということは物悲しいだけではないと感じる。
「散るもまた在るべき姿、か・・・」
儚さを感じさせながら、散りゆく姿は次代のために何かを成し、残した者達の有終の美。
舞う花の美しさは知っているつもりだったが、儚いものの全てが弱いわけでも、個の力で守り切れるようなものではないのかもしれない。
「父様!」
「なっ?!」
「あん?」
桜の木の上から飛びかかってくる雪蓮に冥琳が驚き、柘榴が目を覚ますが、雪蓮の飛距離が足りない分だけこちらが歩み寄る。飛びかかってきた雪蓮も俺がそうすることをわかっていたのか、俺の首を支えにしつつ肩へと移っていく。
「雪蓮!
秋桜様が歩み寄ってくださったからいいものの、落ちて怪我でもしたらどうする!」
俺の足元で雪蓮を注意する冥琳に舞蓮を注意する祭の姿を重ねつつ、俺はただ肩に乗った雪蓮の好きにさせる。
「そんなへま、しないわよー」
「そんなへまは、ついこの間私の目の前でやったもんなー」
「ちょっ! 柘榴!!
それは言わない約束でしょ!?」
羞恥からか顔を赤くする雪蓮に対し、柘榴が悪びれることはない。
これが俺達の次、か。
「秋桜様?」
向ける視線に気づいたのか、冥琳が俺を見上げ、艶やかな黒髪を梳くように撫でる。
今はまだ未熟なれども雪蓮の武が、冥琳の智が、柘榴の柔軟さが生涯において役に立つ日が来る。道半ばで朽ちたとしても、この子らの道に悔いなきことを祈るのみだ。
「しゅ、秋桜様・・・!」
撫で続けていると何故か冥琳の頬は赤くなったので手を止めると、安堵するような寂しそうな顔をする。
「飛、翔」
短く呼びかければ、桜の木から少し距離を取った場所から見守っていた白虎と大熊猫が巨体を起こして近寄ってくる。
二頭は俺の意図を察し、飛は柘榴の首根っこを咥えて自分の背に放り、翔は我が子をあやすように冥琳を抱きかかえた。
「私達そんなガキじゃねーっすよ、旦那」
飛の上で俺から視線をそらしながら柘榴が不平を漏らし、冥琳も同意しようと口を開こうとするがそんな二人の頭に手を置き、黙らせる。
「もうしばらく、子どもでいろ」
雪蓮も、柘榴も、冥琳も既に次代を背負う者としての鍛え、学び、育てられていることは重々承知だ。
そう遠からずして子どもであることを許されぬような選択が迫られ、大陸の光と闇の中を歩いていかねばならない。
だが、今はまだ・・・ 俺達の前でくらいは子どもであっていい。
「なら父様は、もうしばらく私専用の物見台ね!」
「雪蓮!!」
「じゃぁ、私にもその半分貸せよ」
「柘榴、お前まで一緒になるから雪蓮の行動が・・・」
「あーあー! 聞・こ・え・ねー!!」
柘榴は冥琳の説教を自分の大声と耳に手を当てることで聞かない姿勢に入り、雪蓮も俺の右肩によって前へ足を投げ出す。どうやら俺の肩は木の枝と大差ない扱いを受けているようだ。
「いいわよー。
左は貸してあげる」
「おぅ、あんがとよ。
つーわけで飛の旦那、ちっと飛ぶわ」
言うが早いか柘榴は飛の背から飛んで俺の肩に移り、雪蓮と同じような姿勢になる。
「まったく、お前らは・・・」
翔の上で溜息を零す冥琳に飛と翔が何故か視線を向け、その後に俺を見てくる。
木春曰く、俺と同じで口数も少なければ、感情をあらわにすることの少ない二頭。
だが、それでも長く付き合っていると行動の意図は伝わってくるものだ。
「翔」
俺の呼びかけに翔が笑った気がしたが黙殺し、腹の上に抱いていた冥琳を俺に差し出してくる。
「しょ、翔殿? いったい何を・・・ 秋桜様?!」
当然、俺は翔から冥琳を受け取り、左腕は膝裏を右腕は冥琳の背中を支えるように抱き上げる。
子ども三人分くらい支えることは容易だが、これが出来るのは肩の二人が自分で落ちないように調整しているからだろう。
「????!!!!」
何故、冥琳が顔を真っ赤にしているのかわからず首を傾げるが、考えてもわからないことは考えても無駄だと切り捨て、先ほどから静かな舞蓮達へと振り返る。
「子どもの特権って、たまに狡いわよね・・・」
「秋桜に妹扱いされとるおんしは、ほぼあの扱いじゃがな。
友という立場が今ほど憎いと思うたことはないわ・・・」
「でっしょー?
強くてかっこよくて子守も出来て、獣と意思疎通が出来るなんて・・・ 私の旦那ってば、完璧じゃない?」
「「そりゃ、舞蓮と意思疎通できるんじゃから、それぐらい出来るじゃろうよ」」
「うふふふ。
その喧嘩、言い値で買うわよ~?」
三人がいつもの睨み合いを始めたのを確認し、もう少し時間を稼いだ方がいいだろう。木春が最初に言ったように食事の準備は出来ているのだろうが、三人のじゃれあいを邪魔する気はない。
「秋桜」
止めないのかと視線で問うてくる木春に視線を逸らすことで答えとし、俺は肩と腕にいる雪蓮達と飛と翔をつれ、再び歩き出した。
歩き出すといっても別段あてがあったわけではなく、ただ周囲をうろつくだけ。そうしていると最初こそ顔を赤くしていた冥琳も落ち着きを取り戻し、俺の腕の中で景色を楽しんでいる。
「ぶー! 冥琳、そろそろ交代しなさいよー」
「雪蓮の頼みでも、ここは譲れんよ」
「諦めろって、雪蓮。
今回ばっかしは旦那の腕の中は冥琳のもんだ」
楽しげにじゃれあう三人の声を聴き、桜並木を歩き続ける。
「・・・随分、遠くに来たな」
俺達はかつて舞蓮の元に集い、力を手にしていただけの賊と何も変わらない存在だった。
強くなり、多くの豪族達を力で黙らせ、気づけば土地を持ち、管理や維持を行うようになった。当然、力ばかりで全てを黙らせたわけではなかったが、それは俺の管轄外であり理解できぬ領分だ。
「父様?」
力しかない俺の道を、一つの華が彩りを与えた。
友を、妹分を、妻を、娘を、仲間を、部下を・・・ 力以外のものを教え、守るべきものをくれた。
「これが幸福、か」
舞蓮と共に歩む道すがら、何度感じたかわからない心が満ちるという感覚。
「悪くない」
「なーに、一人で浸ってんのよ」
背後からかけられた声にわずかに驚くが、今回は久方ぶりに木春の指摘が通り、じゃれあいも長引かなかったのだろう。
「秋桜!
花見の宴はまだ始まったばかりじゃ、儂の自慢の料理をしっかり堪能せい」
俺に想いを抱き、背を預けることの出来る友が。
「兄様ってば、子ども達連れてフラフラどっか行っちゃうとかやめてよね。
まったくもぅ、しっかりしてる兄様まで舞蓮と祭の悪影響受けちゃったの?」
妹のような存在であり、いつの間にか俺を追い抜かんばかりに成長した者が。
「秋桜。
今回はどうにか止めて見せましたよ」
俺には出来ぬことを補い、影を背負いし無二の友が。
「ほら、行くわよ! 秋桜。
あんたは私の隣にいればいいのよ、ずーーーっとね」
最後に俺をここまで引っ張ってきた虎であり、華であり、妻である女が笑う。
あぁ、本当に・・・ こいつには獣のような笑みがよく似合う。
如何なる謀があろうとも私は武人として生きて死ぬ、この人生に悔いはない。
そして、その悔いなき人生を過ごせたのはお前がいたからだ。舞蓮。
もはや告げることの出来ない言葉を心のうちに留め、今日も楽しげに笑い、街を駆け回る姿に思わず笑みがこぼれた。
「それでいい」
じっとしているなんて、お前らしくない。
「思うがままに舞い続けろ、舞蓮」
これから徐々に復帰したいですねぇ。




