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七夕

一日で頑張ってみました。

『七夕』

 それは今でこそ星に願いを託し、笹に吊るすお祭りとなっているが、元は奈良時代に中国から日本に伝わった『乞巧奠(きっこうでん)』という行事であり、織女(しょくじょ)牽牛(けんぎゅう)の伝説の織女へと針仕事・手芸の上達を願う祭りであったそうだ。




「だから、祭り自体は七月の終わりにやってたんだけどな」

 そんな七夕の話をしつつ、俺は城の自室でも、玉座でも、四阿でもなく、沙和の私室兼裁縫部屋へと訪れていた。

「ふーん? だから隊長も、今日じゃなくて月の終わりにお祭りをするの?

 あっ、隊長。そっちの布とってー」

「あぁ、この淡い紫のでいいか?

 この時期は何かと雨が多いからな、それにお祭りやるなら晴れてる時の方がいいだろ?」

「うん!

 ちなみにこれは雛里ちゃんなの!」

「へぇ?

 何を刺繍するんだ?」

「完成してからのお楽しみなの~♪」

 会話しているっていうのに、沙和の針仕事をする手は止まらない。

 その手の中で本当ならもっと簡単で雑に作られていく筈のてるてる坊主が、何故か魏の将(俺達)の顔をした可愛らしい人形として生まれていく。

「見事なもんだよなぁ・・・」

 形自体は普通のてるてる坊主と変わらないのだが、顔をちゃんと作り、下は無地のままで完成・・・ だと俺は思ってたんだが、沙和は『それだけじゃ可愛くないもん!』とか言って、顔と体部分を別々に作って縫い合わせ、刺繍まで施されるというなんとも贅沢なてるてる坊主が俺の目の前でみるみるうちに作られていく。

「そーぉ?

 でもやっぱり、沙和がやってるのは趣味の範囲なの。

 こう言うちょっとしたお人形は作れるけど、浴衣とかは作れないもん」

 刺繍を終えて完成したものが積み重なり、山となっている。

 その中のいくつかを手に取ってみれば、布をあわせて器用に髪型を表現された華琳のてるてる坊主はやや釣り目で、青い瞳がこちらを睨んでいるのがなんだか可愛らしい。

「これ、このまま商品化が出来そうだけどな。

 むしろ俺が買い取って、飾っておきたいぐらいだ」

「もー、隊長はおだてるのが上手なのー。

 欲しいんなら、隊長にあげるよ?」

 冗談としてさらっと流されたけど、俺は本気なんだけどなぁ。

 ・・・今度、知り合いの商人に見せてみるか。

 作った本人に許可取るのは難しいなら、向こうからくるような状況にすればいいわけだしな。

「それはそうと、隊長は七夕のお願いごとはもう書いたの?」

「・・・沙和は?」

 俺は答えないで、あえてすぐに沙和に問いかけた。

「城門に飾ってあるのにかけるのはもう書いて、吊るしてきたのー。

 でも沙和は、それとは別に裁縫がもっと上達したいの。

 今、職人さん達にも暇を見つけては教えてもらってるから、もっともーっと上達したいの!」

 作業が一段落したのか、俺の膝に乗って甘えてくる沙和の頭を撫でれば、沙和はさらに嬉しそうな笑顔になってくれる。

「お? そんなことまでやってんのか。

 何か作りたい物でもあるのか?」

 触り心地のいい髪を撫でていると、沙和は部屋のよく見える場所に置かれている俺が以前のクリスマスに贈ったマフラーを指差した。

「隊長が手作りのまふらーを贈ってくれたみたいに、沙和も隊長にいーっぱい愛が籠った物を贈りたいの!」

 もうあれを渡したのは随分前だっていうのに、少し色褪せてほつれている程度だった。たったそれだけなのに大切に使ってくれているのがわかってしまい、なんだか照れくさくなって顔を背けた。

「隊長ってば、照れてるのー。

 かーわーいーいー」

 人をからかってくる沙和の頬を弱めの力で横に伸ばし、上下に動かす。

「こっちはもう返しきれないほど貰ってるっての。

 これじゃ俺は、いつまでたっても利子の分だって払いきれないだろうが」

「ふっふっふ、沙和達の狙いはそれだったら、隊長はどうする~?」

 沙和は意地の悪そうな顔をするけど、頬を引っ張られた状態じゃまったく様にならない。

 変顔すら可愛いって何だこいつ、天使かよ。

「なんだ? 何が狙いだ?

 決め顔を変顔で台無しにしても可愛いって、天使なのかお前はー?」

 ふざけながら沙和の頬をいじくりまわしていると、笑顔は段々と眉間に皺が寄りしかめっ面になっていく。

「むにゅあぁー!

 もうっ! 隊長、やりすぎなの!!」

 両手で頬を押さえつけられ、仕返しされつつ、沙和の瞳が俺を捕らえた。

 俺も見つめ返せばさっきまでの不機嫌な表情を崩して、柔らかい笑顔を俺に見せてくれた。

「沙和達の狙いはね、隊長。

 隊長を愛の借金地獄にして、一生沙和達から離れられないようにすることなの」

 頬を捕らえていた手が首へと伸ばされて、引き寄せられていく。当然、顔と顔はいつしか重なり合い、唇が自然と合わさっていった。

「だから沙和達は隊長の傍にずーっと居て、どう頑張ってもその借金が帳消しにならないぐらいしちゃうんだから覚悟するの!」

 沙和による宣言に俺は苦笑し、もう一度唇を落とした。

「まったく・・・ 俺はとんでもない女達に捕まったもんだ」

 だけど、それが嫌じゃない。むしろ、嬉しいと感じてしまう俺も大概だろう。

 顔が離れて、俺の膝に乗ったままの沙和はしばらく俺の顔をじっと見てから、何がおかしいのか笑い出してしまう。

「なーんちゃって、そんなの全部沙和達の方なの。

 隊長から返しきれないほどの愛も、宝物も、思い出も貰ってるんだもん。むしろ借金地獄なのは沙和達の方だよ?

 返しても、返しても、全然なくならない。

 だけど、もっともっと欲しいって思っちゃうから、自分で借金増やしちゃうの。

 今、一人で隊長を独占できてるのも三人が遠慮してくれて、いろいろ根回ししてくれてるんだろうなぁってわかっちゃうし、この独占料もかなーり高いの」

「具体的には?」

「うーん?

 お茶屋で三人に奢るの二回分くらい?」

「おい、意外と安いだろ。それ」

 迷ったのは素振りだけで、即答する沙和にデコピンをしておく。

「てへ?」

 反省の色が一切ない沙和に俺がもう一回デコピンをしようと指を構えたら、逃げるように立ち上がってしまった。

「織女と牽牛みたいに年に一回しか会えないなんて、沙和には絶対無理だもん。

 あの時、たーっくさん我慢した分、もう一日だって会えない日なんて作んない。我慢なんてしないもーん」

 明るくて、人を楽しくすることがうまくて、お洒落が好きで裁縫が得意な可愛い女の子。

 たまにちょっと悪戯が過ぎて、でもそれも許してしまいたくなるような雰囲気を持っている俺の可愛い部下。

「だから、行こ? 隊長。

 みんなが今頃、城門で料理を用意して待ってるの!」

「あぁ、そうだな。

 雛里と流琉が索餅(さくべい)作ってくれるって言ってたし。実は俺、索餅は食べたことないから楽しみにしてるんだよ」

 沙和に手を引かれて、さっきのてるてる坊主を片手に立ち上がれば、その表情はすぐに膨れっ面へと変わった。

「もー、食い意地じゃなくて雰囲気にあった言葉言ってくれてもいいじゃーん」

 沙和の膨れた頬を押して間抜けな音をたてさせながら、窓から少し見えた空を見る。

 雲が多くてあまり星は見えないが、雨が降っていないところを見る限り今年は天の彼らも邪魔されずに済みそうだ。

浅茅生(あざぢふ)の 小野の篠原 忍ぶれど あまりてなどか 人の恋しき ってか」

 日本で平安の頃に読まれたらしいある歌を口ずさむと、沙和は不思議そうな顔をしてこっちを覗きこんでくる。

「歌? どういう意味なのー?」

「夏の情景と我慢出来ない恋心を表した、俺の国の恋歌だよ。

 俺には似合わないけどな」

 前もそうだけど、どうにも俺には遠回しな言葉が似合わない。霞の時も大笑いされたし。

「なら、隊長の言葉で言ってほしいの!」

「お、俺の言葉ぁ~?」

 沙和の無茶振りに少し考えてから、俺は口を開いた。

「俺は笹に願い事なんて書かなかったけど・・・ その・・・」

 頭に浮かぶ言葉を一つずつ、迷いながらも口にすることを決意した。

「神頼みなんかじゃなくて、俺がみんなを幸せにするから!

 俺の傍に・・・ これからもずっと居てくれないか?」

 俺が覚悟して言いきったら、何故かそこには不自然な静けさが降り立った。俺が何事かと思い、目を開くと


 何故か、そこには魏にいる全員が勢揃いしていた・・・


 えっ? ちょっと待て。今の言葉、聞かれた?

 いや、事実だし、言葉に偽りなんてないけど流石の俺でも告白みたいな飾った言葉を聞かれるのはやっぱり恥ずかしいっていうか・・・

「旦那、あんたは漢だぜ!」

 宝譿の言葉で聞かれたことを理解して、顔に熱が集中することを自覚する。

「兄者、参考にさせていただきたいと思います」

「兄上らしい言葉だと思いますよ」

 樟夏は真面目に、樹枝はニヤニヤとした笑いをこちらに向けてくる。

 ていうか樹枝、お前はいつもの仕返しだろ。

「冬雲」

 声からもわかる上機嫌な華琳に俺は動けなくなり、せめてもの抵抗として羞恥で真っ赤になった顔を両手で隠す。

「私を見なさい」

「いや、もうマジで勘弁してくれ・・・

 恥ずかしさで死ねる・・・」

「それは困るわね。

 あなたにはこれからもずっと、私の傍に居て貰わなくちゃいけないのだから」

 俺の指を一つずつ外し、映った青い瞳が俺を捕らえて離さない。

 空の青も、海の青も、映像として美しいとされた天の国のどの技術ですら、この青には敵わない。

「さぁ、私達を幸せにしなさい。冬雲」


【索餅】

 中国起源の料理であり、素麺の元になったとされている料理。実態は諸説あり、太くした麺状のものを醤油・酢などで食べる物とする説、ひねった揚げ菓子の一種という説がある。


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