兄上達による寝間着談義 【樹枝視点】
短いですが、番外を。
《警告》
今回は番外です。カッコイイ冬雲が居ません。
カッコイイ華琳も居ません。
これは僕が女官服で洛陽の街を闊歩することになる少し前の出来事であり、まだ凪殿達が来てから日が浅く、警邏隊が創設されてすぐの頃の事。
凪殿を中心に警邏隊は作られ、そこから真桜殿が職人を集め徐々に組織として作られていく冬桜隊、入ったばかりの新兵を出迎える沙和殿によって順序良くことは進んでいっている。
が、一つの部隊が増えるということは相応に書簡が増えるということであり、特に創設には多くの人と物が行き交うもの。
わかりやすく言うと、書簡地獄の始まりです。
僕と樟夏が外に出て行う仕事が警邏隊によってなくなった代わりに、その分の書簡などを片づけることを指示され、ここ数日は毎日のように兄弟三人が顔を突き付けて書簡の山と戦っています。
まぁ、兄上も樟夏も仕事に関しては真面目ですから作業は至って順調ですし、資料なども取りに行きやすいように書庫からほど近い四阿で行っているのでこれといって困ったことは今のところないと言ってもいいでしょう。
もっともそれも・・・
「失礼するわよ、三人とも」
言葉と共に入室してきた華琳様によって、終わりを告げたのですが。
各自挨拶もそこそこに自分の仕事へと集中しようとしていたのですが、華琳様は空いている席に座り、物憂げな溜息を一つ吐いてから、兄上へと視線を向けられた。
「ねぇ、冬雲」
「うーん?」
兄上はそんな華琳様へとやや意識を向けつつも、書簡仕事から目を逸らさずに筆を動かしていきます。
「もっと夜が燃え上がるような下着が欲しいと思うのだけど、天にそうしたものはあるかしら?」
華琳様、あなたは真っ昼間から何を言ってらっしゃるのでしょうか?
兄上がいらっしゃった天の国を、一体何だとお思いですか?
如何に恋人であっても、これには流石に兄上も筆を止め・・・
「ふむ・・・ この辺とかどうだ?
薄い絹とか触り心地のいい生地で作られた、天の国では『ネグリジェ』って呼ばれてる物なんだが」
「これは・・・ そそられるわね」
「これ以外にも、あっちで『パジャマ』って呼ばれる服があってな・・・」
「いえ、閨では結局脱がすのだから、下着の方を・・・・」
「いや、それもいいだろうけど、脱がしていくことも一つの楽しみだと思わないか? 華琳」
「っ!
・・・流石ね、冬雲」
僕達が仕事をしている隣で衣服談義というか、夜のお楽しみ話を繰り広げているこの二人に僕は耐えられずに立ち上がった。
「ちょっと待てこら!
何、当たり前のように作業中の書簡の中から『愛すべき女性たちに着せたい衣服 【寝間着版】』とか書かれたのを取り出してんですか!? 兄上!!
つーか、仕事の真っ最中だろうが!」
兄上の驚きの行動とそのまま平然と続けられることに非難の声をあげると、兄上は逆に不思議そうな顔をして僕を見つめ返してくる。華琳様も同様に、『何か問題があるのかしら?』と言わんばかりに僕へと視線を向けた。
「あっ、これな。
沙和に頼まれて、天の国の寝間着とかを書きだしておいたんだよ」
「それに仕事の件に関しては問題ないわ。
あなた達の仕事の量を見計らって、私はここに来たのだから」
「いやいやいや!
その書簡に『愛すべき女性たちに着せたい衣服』って書かれていたのをしっかりと見えましたからね?!
どう見ても兄上の趣味且つ私物でしょうが!!」
すぐさまもっともらしい建前を並べる兄上に僕が叫べば、兄上はにこやかな顔をして微笑んだ。
ていうか! 華琳様も確信犯か!!
「だとしても、衣服という商売にはなるよな?」
「完全に開き直りやがった?!
いや、むしろ自分の趣味を実行する建前を盤石なものにしただと?!」
兄上の頭は良い方だとは思いますが、そういう所は華琳様とそっくりですよね!
「樹枝、もうその辺にしておいた方がよろしいかと」
怒りで興奮している僕の肩に手が置かれ、振り返ればそこには樟夏が立っていた。
「いや、お前も止めろよ!?」
「正直、夜に着る衣服のことだけであなたが何故そこまで騒いでいるのかがわからないのですが・・・」
「何でお前はそう言う変なところでずれてんだよ?!
兄上たちが言ってる寝間着っていうのはどう考えても夜の閨で脱がして、美味しくいただくこと前提の衣服だろうが!」
「あぁ、そういう・・・・ はぁっ?!」
僕の説明に意味をようやく理解したらしく、樟夏は顔を真っ赤に染め上げ、華琳様と兄上へと視線を向けた。
が、向けられた当人達は気にした様子もなく、むしろ平然と話を進めていた。
「動物を模した寝間着を用意したら一般向けにも出来るし、なおかつとても可愛いとは思わないか?」
「そうね。
こちらを襲ってきそうな肉食の獣たちに囲まれながら、こちらが襲う・・・ なかなか素敵じゃない?」
「あとは複雑な縫い方になるんだが、服のあちこちに飾りをつけたりとかな」
「ちょっと待てや!!
そこの開放的な助平共が!」
仕事のことは問題ないってわかっても、男が女とする会話じゃないだろうが!
「意味を理解している時点で、あなたも相当なものだと思うのだけど?」
「うぐっ!」
気配などほとんどなかったにもかかわらず、当然のように華琳様の後ろで笑顔を張りつかせている黒陽殿に痛い所を突かれ、僕は口をつぐむ。
が、助け舟は思わぬところから流れてきた。
「黒陽、そうからかってやるなよ。
樹枝だって男だしな、それぐらいは知ってもいてもおかしくない」
兄上、その発言は正しいんですが、とてつもなく年寄りくさいです。
というか、生暖かい視線でこっち見ないでください。
「樹枝、樟夏。お前達も愛しい人が出来た時に着てもらいたい服の一つや二つ、あるだろ?
意見を聞かせてくれよ」
「「そう話題を振りますか?!」」
まさかそうして話題が降られるとは思っていなかった僕と樟夏は同時に声をあげ、そんな僕らを気にすることもなく、兄上は笑って僕らの意見を待っているようだった。
ていうか、女性の前でそういうことを言わせるのって新手の拷問ですか?
いえ、華琳様も黒陽殿も恋愛対象としては絶対に見ませんし、むしろお断りですが。
「うふふ、そっくりそのままお返ししますわ。樹枝殿」
「だから! どうして心が読めるんですか?!」
そして、何も発言していませんが兄上の影に白陽殿もいますよね?!
ツッコミは放棄ですか? それとも兄上ならば全てを肯定するっていうんですか、あなたという方はぁ!
「着せたい服というよりも提案なのですが、寝やすい甲冑というのはどうでしょうか?」
「それはどういうことかしら?」
華琳様が先程までの助平さを隠し、真剣な表情になり樟夏の言葉の先を促すと樟夏も言葉を続ける。
「睡眠をとる時は楽な格好が好ましいでしょうが、戦場ではそれが隙になりかねません。
そのために暗殺や強襲から身を守るような、鎧としての働きもしながら睡眠をとれるような寝間着があると便利ではないでしょうか?」
「だから、そうじゃないだろうが!
兄上達が言ってたのはそんな実務的な意見じゃなくて、夜を共にする相手がどんな格好してたら最高かって話だっての!!」
「樹枝、あなたという人は・・・・ 相手もいないのにそんなことを考えるなど、虚しくないんですか?」
言葉と一緒に呆れたような視線と溜息を一つ吐くと、樟夏はさらに言葉を続けた。
「ありもしない夢想を語るよりまず私達の身分という物を自覚し、暗殺などに備えるべきでしょう。
互いにそれなりの名家ですし、人材を暗殺などで失いたくはありませんしね」
正しい事を言っているし、否定はできない。
だが、今この場においてはどこかずれた樟夏の発言にどう返すかを迷うし、マジでこいつ悟り開いて男をやめてるんじゃないって疑う。
「軽量化した鎧・・・ 確かに斬新な意匠ではあるけれど、むくのに手間取りそうね」
「だが、それもまた一興じゃないか?
エビやカニもむく手間があるからこそ、旨味が増すものだしな」
「それもそうね・・・
飾らない美しさからむく楽しみ、夢が広がるわね」
「もう、黙れよ。この助平共が!」
言葉に厭らしさはまったく感じず、その上で表情もあからさまに変えることもなく、普段の会話をしているのと変わらない表情でとんでもない会話をしてる君主と義兄を誰かどうにかしてください。
「まぁ、それとは別に樟夏の案は普通にありだな。
俺は近々真桜の部隊と会うから、その時にでも提案してみるか」
「体の節々を守り、なおかつ首近辺を防がなければならない軽量な鎧・・・ 実用化出来れば、戦場においての睡眠がだいぶ改善されるでしょうね」
「だな。
量産出来ればなおいいし、出来なくても同じような方法でもう少し防具の方に改良を加えられるかもな」
真面目なことも考えられるのに、さっきの助平な下心を見た後だと兄上達のことを素直に尊敬することが出来ない。
「樹枝はどんな服がいいんだ?」
「僕はその・・・ 僕にだけ見せてほしいので、外に出てもいい露出の少ない寝間着がいいですね。
上着を羽織るような薄手のものが理想的です」
「あら? 私達のことを助平と言った割には普通に答えるのね? 樹枝」
僕の端的な答えに華琳様がからかうように微笑んでいるけれど、ここで恥ずかしがれば追撃をされかねないので僕は顔を逸らしつつ、自棄気味に大声で応えた。
「そりゃ、僕だって男ですからね!
普通に女性の色っぽい格好は好きですよ! 何か文句がありますか?!」
そんな僕の答えに三人が笑い、僕は不貞腐れた顔をしながら、書簡仕事へと戻っていった。
だがこの時、兄上達の会話に全く興味を示さずに的外れな発言したあの樟夏が話題に上がった寝巻を必要とすることも、衣服関連の書物が書庫の一角を埋めるほど増え、書庫が増築されることも、そしてこの話題が僕自身へと災いとなって降りかかることを、僕はまだ知らない。
さて、これをどうするかはまだ秘密です。




