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白き陽と逢引きを

ある読者への誕生日のお祝いの品として、ささやかではありますが贈らせていただきます。

 ある秋の日、俺がいつも通り仕事をこなしていると、お茶を入れに出ていた白陽がお茶を置き、躊躇うようにしていた。

「冬雲様・・・ その・・・」

「ん? どうかしたのか? 白陽」

 白陽にしては珍しいなと思い、聞いてみれば、白陽は少し恥ずかしそうに下を向き、意を決したように口を開いた。

「その・・・ 次の冬雲様の休日を、私に・・・ くださいませんか?」

 それはとても珍しい、彼女からの逢引き(デート)の誘いだった。



 当然、俺が白陽の願いを断るわけもなく、用事がない事を念入りに確認し、俺は導かれるがままに紅葉の美しい山の中を歩いていた。

「白陽、そろそろどこに連れて行ってくれるかを教えてくれてもいいだろ?」

「まだ秘密です。

 いえ・・・ もっと言えば、あの場所に名などありはしない。というのが正確かも知れません」

 俺の先を歩き、いくらかの荷を背負いながら、白陽は答えてくれる。

 が、その中身すら教えてくれない上に、大した重さではないからといって持たせてもくれず、本当に何も知らされずに俺は白陽の後をついていくだけとなってしまっている。

 まぁ、たまにはこういうのもいいか。

「冬雲様、退屈ですか?」

「いや、そんなことはないよ。

 でも、白陽がこんなことをするとは思わなかったな」

 歩みを止めることもなく、こちらを振り返らないで問う白陽に俺は答える。

「らしくないことは重々承知ですが、今回はどうしてもあなた様に見ていただきたいものがあるのです」

「この紅葉だけじゃないのか?」

「はい。

 私がお見せしたいのは、この先です。

 そして私の記憶が正しければ・・・・ 冬雲様が話してくださったものと同じ筈です」

 記憶を探るように顎に手を当てて、周囲を見渡す白陽に俺もつられて周囲を見渡すが、何を探しているのかわからない以上、あまり意味がなかった。

「でも、教えてくれないんだろ?」

「えぇ、ついてからのお楽しみです。

 もし違っていてもあの場所は、私のとっておきです。冬雲様ならばきっと、気に入ってくださると思います」

 そう言って口に指を当て、悪戯気に笑う白陽はなんだか黒陽に似ていて、彼女たちの血のつながりを実感する。

「白陽しか知らないのか?」

 考えたことが読み取られないうちに会話を振れば、白陽はあちこちの草や果実を袋に入れつつ、進んでいく。

「えぇ、私だけです。

 昔この山に、薬草の類を取りに来た際、見つけました。

 以後も何度かこの山には来ましたが、いつ来ても荒らされた様子もなく、おそらくは私だけが知っている場所です」

 白陽はそう言って振り返り、俺へと手を差し伸べてくれる。

「誰かに教えるのは、冬雲様が初めてです」

「・・・それは光栄だな」

 白陽の手を取って俺は笑い、道にもなっていない山を登り続ける。

「なぁ、白陽。

 凪たちとは仲良くしてるか?」

 普段は仕事だからすることのない日常的な会話を振れば、白陽の表情は心なしか硬くなってしまう。

「・・・・冬雲様、私は三人の友であって、いいんでしょうか?

 いえ、私は『友』と呼ばれていいのでしょうか?」

「えっと・・・? それはどういう意味だ?

 俺には普通に友人に見えてたんだけど、違うのか?」

 尋ね返す俺に白陽は表情を曇らせ、言葉にしてしまったことを後悔しているような様子が見て取れた。

 が、それもわずかな間だけで、白陽は言葉を続ける。

「私にはこれまで一度も、友と呼べる存在がいませんでした。

 拒まれ、拒み、人と距離をとり、姉妹たちとすら一枚壁を作って生きてきました。

 その結果が『人との触れ合いがわからず、どうすればいいかわからない』、人としてあってはならない欠陥をです。

 冬雲様、私は彼女たちにどう接することが良い事なのか、『普通』であるのかを知りません。

 友という存在が、距離感が、話す内容などの全ても。そして、どうすることが正解なのかが、私にはわからないのです」

 俯き、戸惑っているような白陽の手を俺は握り、逆の手で頭を軽く小突いた。

「冬雲様・・・?」

 突然の俺の行動に白陽は戸惑ったような表情をするが、かまわない。

というか、知ったこっちゃない。

「白陽、一度嫌な思いをして、その物事に対して怖がることの一体どこが欠陥なんだ?」

「!

 ですが私は・・・ ただ逃げただけです!

 世捨て人のように全てから目を逸らし、自分の中に引き籠り、ただ息をする木偶のように・・・ 華琳様のように、姉さんのように、行動に移そうとはしなかったんです!!」

 俺の言葉に白陽は驚いたように目を開くが、それでも自分を責めることをやめようとはしなかった。

 嫌なことから逃げ出す。

 そんなこと当たり前なのに、彼女はあまりにも真面目すぎて、それゆえに自分の全てを否定する。

「そんなことないだろ!

 白陽は確かに一度逃げたのかもしれない。だけど、凪たちと初めて会った時に声をかけたのは白陽の方だったじゃないか!」

「それは・・・・」

「わかってもらえないことを、異端視されることの恐怖を知った上で、白陽は三人に自分から手を伸ばせたじゃないか。

 その後だってそうだ。

 藍陽と沙和が友達になったのも白陽がいなかったら出来なかった縁で、三人が部屋に来る時だっていつも俺以外を探してるし、真桜の工房に入るのだって信用がないと入れないんだぞ? 部品を踏み壊されたらたまらないって言ってな」

 俺は、嬉しかった。

 白陽が自分から誰かに手を伸ばして、友達になって、俺以外の誰かに笑顔を向けてることが微笑ましかった。

「友達って、人から認められなきゃ友達じゃないのか? 違うだろ?

 一緒に居ると楽しかったり、気楽だったり、馬鹿騒ぎ出来たり、ちょっとしたことで笑い合えたり・・・ そんな些細なことでいいんだよ」

 まだいまいち納得できていないような顔をしている白陽に、俺は静かに言葉を続ける。

「なぁ、白陽。

 この間のバレンタインデー、どうして白陽は三人にクッキーを作った?」

 俺のなんともないような問いに白陽は何故か顔を赤くして、でも俺の右手はしっかりと白陽の手を握って離さない。

 これに関しては、答えるまで離す気なんてない。もっとも、答えを言った後も話さないかもしれないが。

「・・・三人に、私にとってあなた達は大切な友人だと伝えたかったからです」

「渡した時、三人はなんて言ってた?」

「黙秘します!」

「それは残念」

 真っ赤になった白陽に声を荒げられ、俺は悪びれることもなく笑った。

 人との関係なんて、どうすることが正しいのかなんて、誰にもわからない。

 誰だって当たり前に接しているのに、誰もが頷く万能の答えなんて存在しなくて、自分で見つけて、自分で納得するしかない自己満足の世界だ。

「それでいいじゃないか、白陽。

 友達って、そんなに固っ苦しく考えるもんでもないんだからさ。

 それに凪はともかく、真桜と沙和が嫌なことを嫌って言わないように見えるのか?」

「それは確かに、そうですね」

 同時に浮かんだだろう二人が文句を言う姿に笑って、その後も他愛もない会話をしながら山を登り続けた。




「冬雲様、そろそろ到着をしますので目隠しをしていただいてもよろしいでしょうか?」

「・・・必要なのか?」

「出来れば、ですが」

 目隠しに一瞬戸惑うが、腹をくくる。

「・・・わかった。

 今日はとことん、白陽に従うよ」

「ありがとうございます。では、手はこのままで。

 足元は私が注意しますので、お任せください」

 目元に布を当てて、自分で縛るとさっきまでと同じように右手と左手が重なり合って、少しずつ進んでいく。

「あぁ、白陽になら安心して任せられるよ」

「冬雲様はまったく・・・ 息を吸うようにそんな言葉を・・・」

 溜息交じりにそんな言葉が聞こえたが、よく聞く言葉なので慣れているし、本当の事だから痛くもかゆくもない。

 しばらく進むと目隠しされていてもわかるほど明るい場所に出て、秋にはあまり似合わないほんのり甘い花の香りが鼻腔をくすぐった。

「花?」

「少々、このままお待ちを」

 俺に杖らしきものを渡して待機させ、白陽が何やら動く気配がする。

 多分、持って来た荷物のいくつかを広げているんだろうなぁ。

「用意が出来ましたので、こちらへ。

 背を後ろに預け、視点を上に・・・ 目隠しは私が取りますのでそのままに」

 介護されるような形で白陽にされるがまま、何かに背を預けて視点を上げる。

「では、どうぞ」


 言葉と同時に目隠しが取られ、そこには真っ赤な椛と競うように満開の桜が視界を支配する。

 赤や黄、橙に囲まれた中にあるその色は、本来は『淡い』と称される筈なのにどこか力強く、自らがここの主だとでもいうように悠然と咲き誇っていた。


「桜、なのか?

 嘘だろ・・・? だってまだ、秋なのに・・・・

 それにこの国でこんな色をしている花は桃とか梅しか見たことがなかったし・・・ 俺は、知らなかった」

 桜が見れたことへの驚きと、まさかの椛との共演に呆気にとられて、俺はその景色に目を奪われる。

 椛にも負けぬ桜の強さと、わずかに風に揺れて舞う花びらに日本が愛した桜の儚さを感じて、涙が零れそうになる。

「はい、(さくら)です。

 冬雲様がおっしゃっていた天の国の花である桜は、この国では秋に咲くのです」

 舞う花びらを受け止めながら、白陽は隣に腰かけて俺と同じように桜を見上げていた。

 赤と桜の色に包まれた白髪がよく映え、それはまるで天使のようだった。

「ありがとう、白陽。

 最高の贈り物だよ」

「喜んでいただけたのなら、何よりです。

 私の手製で申し訳ありませんが、この後お弁当も用意してありますので」

 何それ、最高の贅沢。

 ていうか今回、本当に俺は何も出来てないなぁ。

「申し訳ないどころか、何も準備出来なかった俺の方が申し訳ないぞ?」

 俺がそう言えば、白陽は俺の頭を半強制的に膝に乗せて、髪を優しく梳いていく。

「いいえ、そのようなことはありません。

 冬雲様を独占しただけでなく、街から連れ出し、場所の詳細を秘密で押し通したのですから。

 あなた様と過ごすこと、あなたを独占するということはそれほど価値があり、私を含めた皆の愛すべき時間(とき)なのです」

 ・・・・俺と逢引きするだけで、どれだけ苦労してるのかちょっと不安になってきたんだけど?

 これ、何か方法考えた方がいいのか?

 それとも俺本人は関わらないで華琳たちに任せた方がいいのか、若干迷うぞ。

「・・・この景色を思い出した時、将の皆さんを誘うことも、凪たちだけでも誘おうかとも考えもしました。

 ですが・・・」

 白陽はまた桜を見上げ、桜の幹へと体を預けた。

「この景色を今しばらくの間だけ、冬雲様と私だけのものにしたかったのです」

 その言葉と同時に、桜が風で舞い上がり、散っていく。

「あぁ、やっぱり・・・」

 その光景すら白陽は知っていたかのように、花びらへと手を伸ばした。

「今年も、待っていてくれてありがとう。我的好友(私の親友)

 風に舞い踊る桜を愛しげに見つめて、桜に包まれていく白陽の姿は綺麗で、目を閉じる姿はまるで桜の木と話をしているようだった。

 きっと白陽をたくさん慰め、年に一度だけ会うことを約束した大切な物言わぬ友だったのだろう。

「ありがとうな」

 両手で白陽の頬に触れながら感謝を告げ、顔を引き寄せ、唇を重ねる。

「冬雲様・・・ 突然すぎます」

 頬を染める白陽があんまりにも可愛くて、金と青の輝きが桜に映える。

「金の稲穂の輝きと湖面を映したような青、優しい白き光り。

 その後ろに桜が舞い散り、椛が赤を添える。

 とっても贅沢な景色を独り占めだ」

 俺が笑ってそう言うと、白陽もまた微笑んでくれた。

「この景色の元にいずれ多くの華が揃い、咲き誇っても」

 再び唇が重なり合い、遠ざかる。

「この金の輝きと湖面の青、そして白き光りの合わさるこの景色は、生涯あなただけのものです。冬雲様」


今回の桜について、補足です。

日本では春に咲くことで有名な桜ですが、古くをたどればネパール原産の秋咲きのものでした。

もっと言えば、こんなに綺麗に散らないようなのですが今回は散っていただきました。

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