表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/45

バレンタインデー 後日談 【樟夏視点】

すみません。またバレンタインの上に、それの後日談です。

来週は白の本編を頑張るので、待っていてください。

 兄者曰く、本日は天の世界では『ばれんたいんでー』なる行事があるらしく、兄者はいつも通り忙しそうにしていました。

 手製のくっきーを自ら作り、飯店や茶屋などへの働きかけなどをしながら、他の仕事を同時進行で行うなど、兄者は本当にいつ休んでおられるのかと心配にもなりますが、今日は既に朝から姉者たちによって部屋で捕縛され、強制的に休日を楽しんでおられることでしょう。

「もっとも私達には普段通りの仕事がある上に、兄者を今日襲い掛かるつもりだった姉者を始めとした方々は自分のやるべき仕事を早々に片づけてしまっているという用意周到さを見せてくれていますからね」

 そして、配慮なのか、単純に邪魔者を追い払おうとしているためなのか、外回りの仕事ばかりを私と樹枝に担当させるなど、細やかな用意までされていました。

 我が姉ながら・・・ 本当にいつから準備していたのでしょう。

 ここまで入念に準備されると、呆れを通り越して尊敬の念すら抱いてしまいそうです。

「しょ、樟夏様!」

 私が突然かけられた声に振り返れば、そこには見慣れた隠密用の衣服ではなく、司馬家の表の顔である文官服姿。紫を基調とした服に紅と白を散りばめた衣服の姿はあまり見ることがないため新鮮で、わずかの間見惚れてしまいました。

「はっぴーばれんたいん!」

 言葉と同時に何かを放り投げられ、私は戸惑いながらもその何かをしっかりと受け止めました。

「紅陽殿? これは一体・・・・」

「い、一応言っときますけど、義理なんかじゃありませんから!」

「は・・・・?」

 一瞬、言われたことを理解することが出来ず、私は先程とは違う意味で彼女を見つめることになりました。

「あーぁ、もう・・・

 やっぱりそういう顔になるよね・・・ わかってたけど、やっぱり傷つくなぁ」

 言葉を口にした当の本人は真名の通り頬を紅に染め上げて、少しだけ私の反応に呆れたように、彼女は溜息を零してしまいます。

 どこか悔しそうに、寂しそうなその表情は、私が疑問を口にする前に明るいものへと変わってしまいました。

「やーい、鈍感樟夏様。

 そんなんじゃ、せっかく出来た婚約者さんに愛想尽かされちゃいますよーだ」

「なっ?!

 私は兄者のように鈍くなど・・・・ それにそんなことで白蓮殿は・・・」

 ふざけながらこちらに舌を出して、すぐさま私へ背中を向けてしまいます。

「・・・・よく言うよ、そっくりな癖に」

「今、なんと・・・?」

「何でもありませーん。

 それじゃ、私はそろそろ仕事があるのでこの辺で。

 それにちょーっと仕事中毒者というか、愉快犯な妹見てこなきゃいけないし」

 そう言って立ち去ろうとする彼女は、何かを思い出したかのようにこちらへともう一度向き直りました。

「あっ、でもさ。

 私が渡したのは冬雲様の義弟でも、華琳様の弟としてのあなたじゃないって事だけははっきり覚えておいてほしいかな。

 私は樟夏様が樟夏様だから受け取ってほしいと思ったんですから、ね?」

 そんなことを言う彼女の優しげな表情は、まるで姉者が兄者へと向けるものによく似ていて、もし仮にそうだとしたら尚更私にはその言葉の意味がわからずに、ただ困惑するだけでした。

「はい? 一体、それはどういう意・・・」

「だから、どうだってわけじゃないですけど!

 それじゃ、私はこれで失礼します」

 逃げるように去っていく紅陽殿の後姿を見送ることしか出来ず、私は先程投げられた青の包装紙で包まれ、金と赤の紐で縛られた物へと視線を移しました。

 袋を開ければ、そこに入っていたのは手作りらしきくっきー。

 菱形のそれを一つ口に運べば、優しい甘さが口の中へと広がりました。

「あぁ、美味しい・・・」

 立ち食いはあまり行儀としてよくないでしょうが、食べ物であるのならすぐに食べて感想を伝えることが礼儀でもあります。

 あとで食べることを忘れ、食べ物を悪くしてしまうのは贈ってくださった側に対しても失礼ですからね。

「・・・・それで樹枝、いつまでそこで隠れているんです?」

「隠れているというか、動けなかったというか・・・・ 声をかけようとしたら、突然背後から刃物を突きつけられていたというか・・・・」

 何故か路地の隅で動かないでいた樹枝へと声をかけると、樹枝は冷や汗をかいて妙なことを言っています。

 背後から刃物を突きつける?

 この領地内でそんな物騒なことは司馬家の目がある限りは不可能の筈ですが・・・ 警邏隊等に伝えたほうがいいかもしれません。

「それにしても、先程のこともそうですが・・・

 随分見せつけてくれますねぇ! 人気者の樟夏殿!!」

 汗を拭ってから改めて私へと視線を向ける樹枝は恨みがましい目をして、私を睨んできます。

「何のことです?」

「その背中に抱えている物と、先程渡さればかりの手製のくっきーを持ちながら、まだしらばっくれるんですか! このくそ兄貴は!!」

 そう言って背中に背負っている物と手にあるくっきーを指摘されますが、私はおもわず溜息を零します。

「と言われましても、ほとんどがこの日を利用して渡してくる義理の物ですよ。

 お祭りと同じ感覚で渡す方もいるでしょうし、兄者や姉者宛ての物も含まれています。恋愛感情だけでなく、敬愛も愛だと言って部下からもいくつかいただきましたしね」

 紅陽殿の真意はわかりませんが、全てが全て私への純然たる好意のものであると言えるほど、私は自分に自惚れてはいません。紅陽殿はあぁおっしゃってくださいましたが、私のことを曹操の弟・曹仁の義弟と見る者は少なくはないでしょう。

「大体、あなたも紙袋を持っているじゃありませんか・・・ それは・・・」

「樟夏・・・

 部下から『本命です』と熱っぽい視線を向けられながら、くっきーを渡された僕の気持ちが・・・・ お前にわかるか?

 受け取らなかったら角が立ち、受け取っても襲い掛かられそうになるのを仕事をしながら町中走らされた僕の苦労が、わかるか?」

 袋を持つ手を震え、悲しげな眼をこちらに向けてくる樹枝は溜息を吐き、視線を空へと彷徨わせます。

「えぇ、わかっていましたとも・・・

 こんな行事で僕がまともに男扱いされないことなど、重々承知していましたとも。でも、夢を見たっていいじゃないですか!

 にもかかわらず、朝から渡されるのは男ばかり。挙句街を歩けば、女性陣からは『誰に渡すの?』などと聞かれる始末・・・ 泣いていいですよね・・・!」

 もはや悲しみの叫びを大きくすることで自分を慰める樹枝に、目頭が熱くなってしまいます。

 すみません、樹枝。

 流石に私であっても、男の部下から本命は貰うことはありませんでした。

「樹枝・・・ いつか良い事ありますよ・・・」

 励ましの言葉が浮かばず、肩を叩いてありきたりな言葉しか出てきません。

「良い事がないから悲しんでいるんだろうが!

 というか、『いつか』っていつだ!」

「・・・・それは神のみぞ知る、という所でしょう」

「だとしたら、僕がこうなっているのは確実に神の性だな!」

 が、樹枝の願い虚しく、通りの向こう側から何やら嫌な駆け足が響いてきます。

「世は無常、か・・・・」

 私の呟きに樹枝は何かを察したのか、周囲を忙しなく見渡し始めます。もっとも最早手遅れでしょうが。

「きーーーーーしーーーーーちゃーーーーーーんーーーーーー!!!」

 地に響くような野太い声と日に照らされる頭、兄者にも並ぶような体格の良さによって遠目からでも誰かは明らかです。

 幸いな点はくりすますとは違い、普段の服装ということですが、今日はその手に何か大きな物を抱えていました。

「だから! この理不尽極まりない格差は一体何なんだ!」

 気力を無理にでも引き出そうと叫ぶ樹枝の叫びは虚しく掻き消され、牛金は輝いた目をしながら私達の前で止まりました。

「樹枝ちゃん、受け取ってくれ!

 俺のこの樹枝ちゃんへの愛の結晶を!

 そして、共に重なり合い、輝きを放とう!!

 俺と君で、この大陸の奇跡の原石となるんだ!」

 今回でこれを聞くのは二度目ですが、見た目に似合わず彼は実に詩人ですね。樹枝に向けた愛の詩なのしょうが、彼が手がけた詩を公表すれば案外人気になるのではないでしょうか?

 情熱的な愛の告白、詩的な囁き、誰に向けたかを明らかにしなければ、素晴らしい詩人になるかもしれません。

「いらんわ! そんな危険物!!

 つーか、そんなもんになるか、ボケエェェェーーーーー!!!」

 牛金の手が届かないように距離をとりつつ、怒鳴り散らしていく樹枝の姿は正直あまり格好のつくものではありません。

 が、それよりも私は牛金が大切そうに抱える樹枝と同じくらいの大きさの薄い荷が気になり、おもわず首を傾げてしまいます。

「牛金殿、その袋の中身は一体何なのですか?

 大きい割には妙に薄いですが・・・?」

「よくぞ聞いてくださいました! 樟夏様!!

 これは俺が冬雲様と真桜様にご教授いただいて作った、牛金特製一分の一樹枝ちゃんくっきーです!!」

 言葉と同時に勢いよく包装紙がはぎとられ、姿を現したのは樹枝を模したくっきーであり、姿・形を似せられ、色さえあれば見分けがつかないほど見事な出来栄えです。

 ですが・・・ その・・・

「ななな・・・・」

 くっきーを見て言葉をうまく発せずに、わなわなと震えだす樹枝は静かに拳を握りしめますが、私はまだ待てとその拳をそっと掴んで止めておきます。

 まだ、状況を本人の口から聞いていませんからね。

「その・・・ 何故、その樹枝はほぼ全裸なのでしょうか・・・・?」

 そこにあったのは、胸と急所を手で隠すだけというほぼ全裸姿の樹枝を模したくっきーでした。

 ある種の悪夢です・・・・ 

 いうか、よくこれの包装紙をこんな街中ではぎとることが出来ますね。牛金。

「はい!

 当初は服を着せるつもりだったのですが真桜様から助言を賜り、予算の都合もあったので精巧な全裸の姿をくっきーにすることになりました!!

 更衣室、部屋などは共に出来ないので再現は不可能かと思われていたのですが、何故か将の皆様からも応援をいただき、特に司馬家の司馬敏様がご協力くださり、完成させることが出来ました!」

 真桜殿、あなたは一体何を言ったのですか? ・・・・いいえ、やはり何も言わなくて結構です。想像できますので。

 というか、応援しているのが誰か八割がた想像できますが、樹枝の全裸の姿で作るということで何か言いたい面もありますし、その大きさのくっきーを焼くことが出来る窯を作った時点で驚かされるというか、ここまで行動されると応援する側の気持ちもわからなくもない自分がいることに困惑を抱くと同時に、納得してしまいかけている自分がいるのが怖いです。

「は、破壊してやるーーー!

 僕の精神衛生上のために破壊してやるんだーーー!!」

 ほぼ全裸の自分が目の前に現れるという通常ではありえないことをされている樹枝の怒りはもっともであり、今度は止めることもなく樹枝の拳がくっきーを襲う、はずでした。

「樹枝ちゃんのために作ったくっきーだが、それは駄目だ!

 せめてそのまま一口食べてから、食べやすいように砕いて・・・・」

「どこの! 世界に! 全裸姿の自分の食べ物にかぶりつきたい阿呆がいるかあぁぁぁーーー!!

 今日という今日は許さん!

 そのくっきーを粉々にし、お前に引導を渡してやる!!」

「あははは、捕まえてごらんなさーい。

 早く捕まえないと、樹枝ちゃんくっきーと樹枝ちゃんと一緒に陳留一周追いかけっこだー」

 どこまでも本気の殺意をまき散らす樹枝に対し、牛金はくっきーを抱えて楽しげに走り出します。

 樹枝への想いの発露をしているとついつい忘れがちになってしまいますが、流石は兄者の部隊の副隊長、胆が据わっていますね。

「今日という今日は・・・・ 絞める!」

 くっきーを持った牛金を樹枝が追いかけるという普段は決してみられないような光景を見送り、私が少しその場を離れました。



 大通りをしばらく歩き、行事を楽しむ民たちを眺めていると、何やら裏の路地から不穏な声が聞こえてきました。

「今日は『ばれんたいん』、恋人たちが愛を囁き、想い人へと愛を告げる日。

 そんな日に恋人も、想い人もいない恋愛貧民の諸君、集まってくれたかなー?」

「でも、安心してほしいのです。

 そんな可哀想な皆さんにも風達がくっきーをあげましょう」

 聞こえてきたのは灰陽殿と、風殿の声。

 ほぅ、あの何を考えているかわからないお二人も、今日ぐらいはそう言った慈善事業のような優しさを他の方々に配っているのですね。いや、感心感心。

「あー、でも勘違いは駄目だからねー?

 私の愛はまだまだ研究に捧げられてるしー」

「風の愛はお兄さんに捧げてとっくに品切れなのでーす」

 酷い言葉にも関わらず、周囲に集まった男性中心の集いは盛り上がりを見せ、『くっきー』や『美女』、『美幼女』という言葉を連呼しています。

「あははは、でも大丈夫。

 ちゃーんと私達二人の手作りくっきーがあるし、今から配ってあげるからさ。

 ちょっと色が鮮やかだけど、私達が作ったくっきーを食べてくれるよね?」

「表の子どもたちに紛れては取りにくいですからねー。

 それにこちらのくっきーは少しだけ大人用ですから・・・・ 少々刺激的な味ですが、食べてからのお楽しみなのです♪」

 茶目っ気たっぷり且つ笑顔で言っている筈のお二人の言葉に、寒気が止まらないのは何故でしょう?

 何よりあの真桜殿とは別の意味で研究狂いの灰陽殿と、悪乗りをする風殿・・・・ 嫌な予感しかしません。

「さぁさぁ、お食べーーー」

「はーい、こっちにも播くのですよー」

 言葉と共に宙を待っていくのは、小さめの袋に包装された菓子らしきもの。

 灰陽殿とよく似た白い大き目の服を纏った数名が同じように播き、菓子はみるみるうちに姿を消し、私はその光景を見ていると不意に灰陽殿と目が合いました。

「!

 ・・・・ちぇっ、紅陽姉様と(とう)ちゃんに怒られたくないし、やーめた」

 一瞬、こちらを見て獲物を見つけよう目をしましたが、残念そうに何かを言って、何も見なかったように視線をそらしてしまいました。

「それに効果を確かめるだけの実験台は、これだけいれば十分だしね♪」

「おやおや、灰陽ちゃん。それはまだ秘密ですよー?

 いえ、少しばかりもう効果が出ているようですね」

 そうして黒い笑みを向けあい、仲睦まじげに手を結ぶお二人に寒気を覚え、暖かさを求めて大通りへと戻ろうとしました。

 裏路地を出る最後に見えたのは先程菓子を食べた同性同士が荒い息をして、互いの手を取り合い、人のいない場所へと向かっていくというおかしな状況。そして、二人は楽しげに笑い合い、言葉を言い放ちました。

「んー? 性転換剤はまだやっぱり未完成かもね?

 体じゃなくてまだ精神的にしか作用しないみたいだし、でもやっぱり効果だけは同じ人間で試した方が効率良いよねー。

 安全確認はいくらでも方法あるけど」

「ですねぇ。

 ですが、媚薬などは完成したとみていいんじゃないですかー?」

「媚薬は不要だろうけど、強壮剤とか、精力剤は風ちゃん欲しがってたもんねー」

「お兄さんは優しすぎますし、数が数ですからねぇ・・・」

 ・・・・私は何も見ていませんし、何も聞いていません!

そうです、そうに違いありません!

 どうにか路地を抜け、私は太陽の暖かさを体中に体感しながら、先程見てしまった光景を振り払うように青い空を見上げました。

「さて、戻って白蓮殿と愛羅殿、それに紅陽殿から貰った物を食べるとしましょうかね」

 そして、贈り主のわからないくっきーもですね。

 愛する婚約者のくっきーを食べれる日がくるとは思っていなかったので、歩調は軽快になり、頬が緩むのを自覚しました。

「はっぴーばれんたいん、白蓮殿」

 今ここに居ない愛する婚約者へと、来月には何を返そうかと考えながら私は空へと囁きました。



樹枝ちゃんと緑陽ちゃんは気になる方がいたら、書くかもです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ