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(白) おせち 【法正視点】

番外三本目を飾るのは、白陣営。

法正さんを書きたかった、作者の禁断症状が生みだした物です。

 一月一日、元旦の朝。

「気持ちのいい朝ね、林鶏」

「コケ」

 早朝より旅の友として付き合いの長い愛馬の山葵(わさび)と林鶏を連れ、昇りくる朝日を眺める。

 平原からそう離れず、しかしけして近くはない距離の崖の近く、私は一人そこに立つ。

 快晴というにふさわしい空と、大陸中を照らさんばかりの太陽の光を浴びながら、私は杖を持ってその場に降り立った。

「今年も頼むわよ、二人とも」

「コケー」

「ヒンッ」

 鶏冠と頭を撫でつつ、持ってきていた花の一輪を何もない足元へ放り、軽く手を合わせる。

 先祖を想うこと、亡き人を悼むことを意味のないことと思う者は多いかもしれない。『もはやそこにいない者に手を合わせ、なんになる』という考えにも一理あるが・・・

「この行為はむしろ、残された者が心を整理する猶予なのかもしれないわね・・・」

 忘れないこと、残すこと、そのすべてが建前だとするのなら、想うことは残された側がしたいからしていることにすぎないのかもしれない。

「せーいちゃーん!!」

「法正おねーえーちゃーん!!!」

 静穏に包まれていた空気は霧散し、わずかに顔をしかめた私とは対照的に林鶏も山葵も心なしか笑ったような気がする。そして、朝日の向こうで一瞬だけ見知った笑顔が映った気がした。

「わかっているわ」

 言葉がなくともこの二人の言葉は私に伝わり、私もそれに当然のように答える。

「私はいつも、一人ではない」

 二つの花が描かれた杖を持ち、私は振り返る。

「せいちゃーん、ご飯作って」

 自らの願望に正直な平へと私は迷うことなく杖を振り上げ、平に避けられるという無音の攻防を繰り返す。

 もっともこれは、体を動かすことが得意な平に私が遊ばれているのが正確なのだけれど。普段から私のを受けているのは、自分で私に叱られるようなことをしている自覚があるのでしょうね。

「王平お姉ちゃん、まず挨拶なのだ。

 法正お姉ちゃん、林鶏と山葵も、明けましておめでとうございますなのだ!」

「張飛ちゃんに怒られちゃった。てへっ」

「えぇ、翼徳。明けましておめでとう。

 よくここがわかったわね」

 一切悪びれる事もなく舌を出す平を放置して、私が翼徳に挨拶すれば林鶏も山葵もそれに習い、体を寄せて触れ合う。

 この子たちも私同様に人との触れ合いはあまり好まないのだけれど、珍しいわね。

「正ちゃーん、ご・は・ん」

「あなたは少し黙りなさい。

 というよりも、自分で作ることが出来るのだから野の獣を狩ってくるなりすればいいでしょう」

 昔からこの子の調理法は焼く一択であり、それ以外の調理法は存在しない。だが旅を行う上でも焼くことが出来れば大抵の物は食べられるし、果実等でも栄養はとれる。

「それがさー、関羽ちゃんが北郷の言葉一つで厨房に向かったと思ったら、厨房爆発させちゃって」

「・・・なんですって?」

 厨房を爆発? 油等がある中で火が移り、ボヤが起こることは想定できても、何かが炸裂することまでは理解しがたいわね。

 というよりも北郷、あなたは何を余計な事を言ったのかしら?

 天の料理は興味深いけれど、まず知識を所持している自ら再現するところからでしょう。知らないこちらが再現できる可能性なんて微々たるものであり、そもそも食材もあるかどうか・・・ いいえ、今論ずるべきはそこではないわね。

「翼徳、それ以外にわかっていることはあるかしら?」

「うーんっと、お兄ちゃんが『おぞうに』とか、『おせち』っていうよくわからないものを食べたいって言ったら、愛紗お姉ちゃんが厨房へと走って行ったのだ。

 そうしたら後を追うように愛羅が厨房に行って、そのすぐ後に厨房から黒っぽい煙が立って、凄い音が聞こえたのだ」

「そう・・・」

 いろいろ言いたいことがあるけれど、まずは現場に向かうことが先決でしょうね。

「新年早々、お説教ね」

 軽く杖を打ち鳴らし、私は流れるような動作で山葵へと乗り、平たちの横へと移動する。

「お姉ちゃんは新年早々、大変なのだー・・・・」

「それはあなたもよ、翼徳。

 よく知らせてくれたわね」

 私が頭を撫でると翼徳は首を振り、何かを否定する。私はそれがわからず首をかしげると、翼徳は子ども特有の天真爛漫な笑みを私へと向けてくれた。

「お姉ちゃんとも新年を祝いたかったのだ」

 ・・・・この子はどうしてあの三人を見て育ったにもかかわらず、こんなにもいい子なのかしら?



「ご主人様、離してください! 私には料理の続きが・・・」

「頼むからやめて!

 これ以上城に被害を出したら後が怖いし、それ以上に法正さんが怖い!!」

「あははは、この消し炭みたいな状態で料理の続きとか、愛紗ちゃんは何を作る気なのかなー?」

「はわわわ・・・ この惨状を見たら・・・ でもこの状況を隠しきるなんてこと、私達じゃとても」

 私が城に戻り、厩舎へ寄ったにもかかわらず、どうやら惨状は大して変わることはなかったようで慌てふためく数名を私は後ろからしばらく眺めて、再び動き出す。

 あぁ、本当に頭が痛いわね。

「新年明けましておめでとう」

 私はあえていつも通り挨拶をして、自分がそこにいることを示すと一斉に視線が向けられ、そこにいるほとんどの人間の顔が青ざめていく。

 隅に転がっている者に目を向ければ、何かにうなされている関平が横たわっていた。

 関羽が料理を始めたあたりで彼女が走って行ったということは、この事態が想定できたということ、それはつまりこの一件が関羽の実力であることの証明ね。

「これは、何事かしら?」

『すみませんでした!!!!』

「誰が謝罪しろと言ったかしら?

 説明を求めている者に対して謝罪をしても、相手を困惑させるだけよ」

 私がそういえばその場にいた全員が正座で姿勢を正し、若干体を震わせていた。何をそこまで怯える必要があるのかしらね?

「その・・・ 俺の故郷に今頃に食べる料理を食べたいと言ったら、説明する間もなく愛紗が飛び出して厨房で料理を始めたところ、突然爆発をしました」

「翼徳にもそこまでは話してもらったわ。

 けれど、その料理は一体何かしら? たしか『おせち』や『おぞうに』と言っていたわね。

 それはあれかしら? 料理過程に爆発させる何かを作成する凶器か何かなのかしら?」

 そんな危険なものを食べているのだとしたら、北郷のことをいろいろと考え直す必要があるのだけれど。

 未知なる料理自体には私も少々興味があるわね。

「違います!

 天の料理はそこまで威力を発揮しないし、あれは完全に愛紗の実力です!!」

「ご主人様?!」

「だよねー。

 まさか厨房に行ってすぐに爆発音が聞こえるなんて、誰も想像できないもん」

 楽しげに笑うべきところかどうかはわからないけれど、この子も随分図太くなったわね。そのやり取りを聞きつつ、私は被害が出たという厨房をちらりと覗き見る。

 遠目から見ても厨房全体が黒く染まり、中にあった物の一部が使い物にならなくなっているのは明らか。食材等は保管庫においてあるものもあるため、全てではないにしろ普段使っていた物のいくらかが駄目になったことは明白だった。

 もっとも私は離れにある部屋で料理をしているのだから、何の影響も受けないのだけれど。

「関羽、あなたは厨房をどうやってあぁしたのかしら?」

「作業をしようとしたところで、粉をぶちまけてしまい、その後火をつけた瞬間爆発に・・・」

「粉塵爆発?!

 ていうか、そもそも俺の料理の説明も聞かずに何を作ろうとしたの?!」

「いや、その・・・・ 申し訳ありません」

 素直に謝罪を口にし、小さくなっていく関羽を見ながら、私は北郷へと視線を移す。

「その『粉塵爆発』という現象については後で話をしてもらうとして、まずはあなた達をどうするかについてを言い渡しましょうか」

 平と翼徳は私の背後で手製の菓子をつまみつつ、のんびりとその光景を眺め、私は全員を見渡した。

 もっとも今回の件において、孔明にも、劉備にも非はなく、罰するべきはただ一人なのだけれど。

「関羽、あなたは今後一切厨房に入る際は誰かと共に入るようになさい。

 孔明、なるべく知識のあるあなたが同伴なさい。

 劉備、あなたも少しは止める努力をしなさい。

 北郷、あなたは自分の知識を平気でひけらかすという危険性をいい加減理解しなさい」

『はい・・・・』

 最近は以前のように基礎的な事で叱ることも減っているし、少しずつであっても進歩は見られているにもかかわらずやはりどこか残念。詰めが甘いのよ、この陣営は。

「まぁいいわ、それで北郷。

 その料理は一体どんなものなのか、説明してもらえるかしら?」

「はっ?」

 それ以上私は言わず、北郷へと料理について問えば、不思議そうな顔をされる。

「何を不思議そうな顔をしているのかしら?

 未知なる料理、未知なる知識を知りたいと思うことはごく自然な事でしょう」

「え・・・? あぁ、まぁ確かにそうだけど」

「必要な物、あなたが知りうる限りのことをこの書簡に書いた後、先ほど注意した四名で厨房の片づけをなさい。

 翼徳、そこに転がる関平に関しては周倉を呼び、適当に世話を。平!」

「はいはーい、もう言わなくてもわかってるよー。

 だってほら、私達って心の友って書いてし・ん・ゆ・うだもんね」

 平の戯言を放っておき、私は北郷が書き上げた書簡を取りつつ、城を後にし、城下へとくり出した。




「これでいいわね」

 書簡を再度確認しつつ、と言っても作り方などほとんど書かれていないそこに軽く目を落として、新しく書き出した書簡を傍らに置く。

「・・・・それにしても贅沢な物ね。

 結局、半分も再現できなかった。魚は手に入りにくいし、海老も川海老で替わりが出来ているかは正直微妙ね」

 使う素材はどれも貴重、餅も米の量を減らすことから考えると手間の割には食べでがあるとは言い難い。豆を煮るのには時間がかかる上に、砂糖を使う量が多い。卵に海老を擦って入れる事も、昆布の乾物はかろうじてあるけれど、水で戻し、煮るという手間も多い。

「まぁ、とりあえずはこれでいいでしょう」

 再現できないというのならば、この『おせち』というものに込められた『験を担ぐ』ことを優先して料理を作ればいい。あとは私の創意工夫次第でしょうね。

「うっわー、美味しそー。

 さっすが、正ちゃん!」

 私の方に顎を乗せる平を払うことも面倒になり、私は煮豆の様子を見る。こちらはまだかかりそうね。

 けれど、これでは民には広まらない。ましてや子どもたちの口に入るなんて夢のまた夢・・・ 何か考えないといけないわね。

「正ちゃーん?」

「・・・なんでもないわ」

 私は私の正しいこと思うことを、法が、規則が正しくないというのなら、私こそが何にも恥じないように正しく在ればいい。

 誰に左右されることもなく、私が私で在ることにこそ意味がある。

「法正お姉ちゃーん、厨房の方終わったらしいのだ」

 私が思考を巡らせたとき、良い頃合いで翼徳が窓から顔を覗かせた。

「翼徳、良い所に来たわね。

 私は少し出かけてくるから、この料理を片付けておいてくれないかしら?」

「うっわ、正ちゃん素直じゃないなぁ。もう」

 笑いだす平を相手にせず、私は上着を羽織って、翼徳とは入れ違いで扉へと向かう。

「お姉ちゃん、このご飯をみんなで食べていい?」

「私はあなたに任せたわ、あなたが誰と食べるかは自由よ。

 それと、そこにある書簡は孔明にでも渡しなさい。

 夕方までには戻るわ」

 そう言い残して私はある道具の作成を頼むべく、技術屋の元へと歩き出した。


料理も正しく表現されるとは限りません(笑)


この後、法正さん主導で子どもたちによる餅つき大会が行われるのですが、それは見たい方がいた場合のみということで。

法正さん視点だとどうにもギャグがギャグにならない不思議・・・・


ちなみに愛馬の山葵ちゃん、名前の由来はホースラディッシュ(西洋山葵)です。

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