クリスマス 弍
メリークリスマス、読者の皆様。
今年もまた年の暮れであり、同時に去年から行事として始まったクリスマスもまたやってくる。
去年同様、俺主導によりクリスマスによって街は賑わい、真桜率いる工作部隊によって用意されたクリスマスツリーが飾られ、今年は茶店や飯店の協力も得て子どもたちにささやかなお菓子を渡すことが出来た。
さらに赤い服に身を包み、本来は馴鹿だが夕雲や数頭の馬に協力してもらい、角や鈴などの飾りつけをした状態で艝を引いてもらった。そして、その艝に乗るのはたくさんのお菓子を詰めた白い袋と、赤と白、付け髭を装備した『魏の三兄弟』と呼ばれる俺、樟夏、樹枝の三人である。他にも同様の装備の有志達を集い、数班に分かれて近隣の村の子どもたちへと贈り物を届けることが出来た。
一部では『赤の遣い=サンタ』という認識で広まりつつあるが、それもいいだろう。
子どもたちに贈り物を渡し、ささやかな一家団欒や楽しみを作ることが目的なのだから由来はさしたる問題ではない。どんなことがあろうともひとときの平和と安らぎ、そして笑顔をもたらすために毎年やってくるこの行事を可能な限りずっと続けていけたらいい。
「やっぱり、いいよなぁ」
子どもたちの笑顔も、街の賑わいも、昼間にあった光景を思い出して自然と声が弾み、頬が緩んでしまう。
「昼間に子どもたちの笑顔を運べたのはいいですが、兄者。
何故、私達はこんな夜更けまでこの格好をしているのでしょうか?」
「樟夏に深く同意です・・・・
加えるなら、どうして僕だけ下履きの丈が短いんですか?」
今は日がすっかり落ち切った夜、多くの者が眠りについているだろう時間。
そんな時間にもかかわらず、俺たちは昼間と同じ格好のままで城の前の大通りに佇んでいる。
「下履きの長さは・・・ 沙和にでも聞いてくれ。俺は関与してないとだけ言っておくぞ。
というか、昼間は普通の奴を履いてたよな? あれはどうした?」
昼間は確か普通に長いのを履いていたし、子どもたちからも女に間違われることもなく上機嫌だった。何より、女装でないことが普通に嬉しかったのかもしれん。
サンタ服も丈を短くするなり、下をスカートにするだけで女物になることは誰にも言わなかったんだが、沙和が勝手に作っちゃったし。
このままじゃ沙和が服飾関連で一つのブランド創り上げそうだな。大本が俺の知識とはいえ縫製関係の人脈は華琳以上、本人も手作りでいろいろ作ってるみたいだし。今度、沙和主催でその手の行事を任せてみるか。
天和たちも協力してもらえるだろうし、一つの商売にしたら華琳達も含め多くの人を巻き込むこともできるだろう。何より服は生活になきゃいけないものだ。うん、近いうちに企画書を用意しよう。
「いえ、一度着替えた時にどこかへ行ってしまって、これしか残ってなかったんですよ・・・
それと兄上、なんか脳内で惚気ていませんか?」
「惚気?
ただ俺の愛する者は何にでも秀でていて、凄い可愛いと思っただけだぞ?」
ついでにその才能を生かせる場を行事や、仕事として向けられないかと思案していただけのことだ。
正論と欲望、ついでに仕事をごちゃ混ぜにしたものだが。
「「それを惚気っていうですよ!!」」
「そうかぁ? ただの事実なんだが」
背負った白い袋に入れてある荷物の中身を確認し、全員分あることを確認する。
今回は全員に髪飾りや首飾り、腕輪などを用意してみたんだけど、気に入ってもらえるといいんだが。
「それで兄者、一体何をするというんです?
まだどこかへ贈り物でも届けるのですか?」
その姿を見て不思議そうに首を傾げて問うてくる樟夏へと、俺は笑った。
「あぁ、この国で一番幸せにならなきゃいけない人たちにまだ渡せてないからな。
毎日頑張ってるみんなにサンタが来ないなんて、おかしいだろ?」
だったらやっぱり、俺がサンタになるしかないじゃないか。
なんてったって俺は、みんなの笑顔が見たくてここに戻ってきた赤の遣いなんだから。
「はぁ・・・ 兄者はどこまでいっても、兄者ですね・・・」
「そこが兄上のいいところなんですが・・・
それで具体的にはどうするんです?
ほとんどの人がもう眠っている時間にした理由もあるんですよね?」
なんかこの二人が溜息ついて俺が見ることって、実は多いよな。褒めてんのか、貶されてるのかはいまいちわからないが。
「サンタは夜、枕元に贈り物を置いていくのが向こうでの常識だったんだよ。
それに俺が直接渡してもいいけど、こっそり置いていって驚かせたいじゃないか」
「サンタとは、刺客か何かだったのですか?」
「いや、贈り物をする時点で刺客とは・・・ だが、侵入者には違いない。天の国とは侵入者すら許すほど寛容だったのですか?」
・・・・うん、まぁこういう反応になるよな。
向こうでもある程度の年齢になると誰でも考えることだし、子どもに夢を与えることに犯罪とか考えだすのは正直どうかと思うが仕方ない。
「というのは建前で、親たちが『自分たちが贈った』っていうのは夢がないだろ?
だから、サンタっていう夢に溢れる存在が来たってことにしたんだよ。
それに目を開けたとき、枕元に贈り物があるって嬉しいもんなんだよ」
照れくさかったんだろうな、親も。
たまにしかこんなこと出来ないし、誕生日とかだと理由を付けて渡しやすい。だけど、それ以外に何か子どもを喜ばせるような特別な日を用意したかったんだとしたら、なんだか大人も見栄っ張りな子どものようで笑ってしまう。
外国の多くの風習を受け入れ、それを日本人らしく楽しい行事にしてしまったクリスマス。
料理を食べ、団欒し、子どもが欲しがっていたものをこっそりと渡す。
もはや本家とは異なるそれは、日本が毎日を楽しく過ごすための手段の一つでしかないのかもしれない。
「いや、兄上の場合そんなことをせずとも直接渡せばいいというだけで、わざわざこんな面倒なことをしなくても・・・」
「・・・・まぁ、わかっちゃいるけどな」
樹枝の言うのはもっともだが、起きた時に贈り物が置いてあった時の感動は言葉に出来ない。天では当たり前にあった子どもの頃のささやかな幸せを、華琳達にも届けてあげたい。
「この時点でもう何を言ってもやめる気はないのでしょうが兄者、一つだけ確認してもよろしいでしょうか?」
その贈り物を、将全員の寝室に侵入し、枕元に、置いて行くのですよね?」
「当然だろ?」
樟夏の問いかけに俺が首を傾げれば、二人は一瞬絶望的な顔になった後叫んだ。
「「それ、私たちが見つかった場合、問答無用で飛ばされませんか?!」」
「・・・・多分大丈夫。
寝室に入るのをするのは俺だけで、二人には荷物を見ててもらうだけだから」
俺はそれを否定することが出来ず、気まずくなって二人から目を逸らす。
「それもですが、兄上が入っても捕食する可能性がある方は約一名いるのですが、そちらはいかがなされるので?」
樹枝のその言葉に額に冷たい汗が流れ、それを拭いつつ、俺は視線を明後日の方向に向けて誤魔化した。まさか、贈り物の希望を書いた紙の全てに俺の名前が書いてあったなんて言えるわけがない。
「舞蓮は扉の前に置いておくことにするか・・・
とりあえず全員分装飾品を用意したけど、数名は贈れないものもあるし」
「それはどういう意味ですか? 兄上。
形がないものでも?」
「雛里の第二希望が『樟夏と樹枝の絡み合い』、舞蓮は『檻の鍵』、斗詩は『思い出』だからなぁ」
「「ちょっと待とうか!! 特に最初と最後!」」
「最初はわかるが、三番は酒宴を開いたり、街を一緒に歩くだけでもいいだろう?」
予定を立てなきゃいけないからすぐに出来ないことではあるが、そんな大声で止めに入ることじゃないと思うんだが。
「いや、絶対そっちの意味ではないでしょう!
彼女が希望している『思い出』の意味するところは、絶対夜に閨にて行うことでしょう!!」
「兄上はどうして頭もいい筈だというのに、こう言った時妙な鈍さを発揮するんです?!」
『思い出』という単語でそこまで想像するこいつらも男なんだなとしみじみと思い、生暖かい目を送ってやる。
俺はそこまで発想がいかなかったし、華琳じゃあるまいしと思ったからな。華琳の場合、春蘭たちのご褒美は未だに『閨に来なさい』だし。
「「僕らが生暖かい目で見られることが納得いかない!!」」
「二人ともあんまり騒ぐと迷惑だから、声は控えめにな」
二人に軽く注意をしながら、そろそろ呼んでおいたあいつが来ると思って周りを見渡す。時間には正確だし、仕事となれば真面目な男だから平気だとは思うんだが。
「兄上? 何を待っているのですか?」
「みんなの分とはいえ結構量があるから、昼間の艝代わりになるものがそろそろ来るはずなんだよ」
まぁ、樹枝にとっては悪夢のような存在なんだが。
「また馬ですか?」
「昼間あれだけ仕事をしてくれた夕雲たちを起こしたら、蹴られるだけで済むはずがないな」
年の暮れに今年の干支に蹴り飛ばされるとか洒落にならん。
「隊長! お待たせしました!!
この牛金、荷物持ちの任をやらせていただきます!!」
「あぁ、頼む」
相変わらず声がでかく、逞しい体格から目を逸らしつつ、俺は荷物を渡し、固まっているだろう樹枝たちへと目を向けようとしたが、その瞬間樹枝が俺へと掴みかかってきた。
「何でよりによってこいつなんですか!!
しかもなんですか!? あの恰好は!!
警邏隊に捕まりますよ?!」
樹枝の発言に俺も恐る恐る牛金の衣装を見る。
体全体に張り付くように作られた茶一色の上下が合わさった上着、防寒として羽織っているのは赤と緑、白の外套。頭には昼間馬たちがつけていたものと同様の角が飾られ、鼻には赤い球体までつけている。
うん、これは想像以上に酷い。
ここまで来るともはや視覚の暴力、子どもたちがこんなものを見れば笑うか、泣き出すかの二択だろう。
沙和・・・ 俺は確かに宴会の芸に用いるとは言ったけど、ここまで張り切ってくれとは頼んでない。誰が喜ぶんだ、こんなもの。
「樹枝には悪いと思うが、俺の隊の奴はほとんど子持ちで今日はすぐに帰らせた後なんだから仕方ないだろう」
俺の隊って、何故か他の隊に比べると妻帯者が多いんだよなぁ。
「樹枝ちゃーん!
さぁ、俺をこの鞭で打ってくれ! そして、共に行こう!!
たとえこの恋が茨に囲まれ険しい道であっても、この心に宿る真っ赤な華は君のために咲いている!!
そして共に実らせよう! 愛という奇跡の果実を!!」
「散ってしまえ! そんな華あぁぁぁーーー!!
そんな果実が実る可能性は未来永劫存在せんわあぁぁぁーーー!!」
実るかどうかは別として、咲くぐらいは許してやれよ。樹枝。
別に咲くだけなら迷惑かからないだろう、咲くだけならだが。
「恋と変とは似て非なるもの。
そこにあるのが下心か、ちかんむりかの差だけじゃないですか。樹枝」
恋と変とは似て非なるもの、か。うまいこと言うなぁ。樟夏。
しかし、恋にあるのは下心か・・・・ 漢字を考えた人は凄いな。
もっとも心があるのだからそこにあるのは下心だけじゃなく、真心も、恋心もあると言ってるようなものだが。
「樟夏! お前は他人事だからといって適当なことをぉぉ!!」
「あー・・・ そろそろ出発するから、口喧嘩しててもいいから声小さくしてくれよ?」
三人に軽く注意をしてから、俺は歩き出す。
さぁ、みんなに笑顔と幸福を運ぶとしようかな。
と意気込んで行ったのはいいんだが・・・
「どうして誰もいないんだ・・・?」
それぞれの部屋を訪れ、贈り物を置いてくるまでは実行できた。
が、部屋には誰もいなく、それも足を運んだ将の全員が留守だった。
「まさかみんなに何かあったんじゃ・・・? いや、でもこんな時間だし、 執務室も確認してきたし。じゃぁ、みんなは一体どこに・・・・」
真冬に外に出るようなことはないだろうし、刺客なんていた場合はみんなの場合は返り討ち。ありえそうなのは仕事だが、この行事に関しては俺が指揮っているからみんなには普段の仕事しかない筈。
「樹枝、私はオチが読めました」
「オチとか言うな、樟夏。
だが、同意」
「お前らも少しは慌てろよ!」
おもわず怒鳴ると、二人はどこか冷めた目をして俺を見ていた。何故だ。
「布団は冷え、乱れた様子もない状態。
そこから考えられるのは、寝所を使われなかったということ」
「そして、私達が訪れたのは魏の主戦力である将の部屋であり、そこに刺客をやるなんて言う愚かなことをする者はこの大陸には居ません。
何より私達が訪れていない部屋の数は限られた現状、答えは出ているようなものでしょう」
やってらんねーという表情を隠しもせず、二人は深い溜息をつく。だから何故だ。
「まぁ、わからないでしょうから兄者は早々に部屋に戻られたらいかがでしょうか?
贈り物を置いてくることは出来たんですし、私と樹枝はこれから独り者らしく二人で酒でも飲んできますので」
「じゃぁ、俺も・・・・」
「妻帯者が独り者を笑って楽しいですか? 兄上」
「ま、まだ妻じゃない!!」
こんな乱世の真っ只中に結婚なんて出来るわけがないし、それはもっと幸せになった時にと決めている。
あの時の続きのようで、続きではない日々を。
あの時に出来なかったことを、今度は俺から言わなくちゃいけないんだ。
「あー、もう! 何か想像して幸せそうに笑うとか、その反応すら今日は腹立つんですよ!
僕なんて一時期務めたところではずっと女装だし、男に告白されるし、予定されてる番外じゃもっとすごい事される予定だし・・・」
「樹枝?! 最後の言葉の意味がよくわからないぞ!?」
「うっさい! 兄上の馬鹿ーーー!!
真桜さんの発明みたいに爆ぜろーーー!!!」
「ちょっ! 真桜が発明品爆発させる頻度って実はそんなに多くないからな!?」
昔なんて二回に一回だったのに、今なんてほとんど無に等しい。
まぁ、また自分だけの独自作品を作りだしたら頻度が戻るだろうが、今はまだ大人しい方だ。
「兄者も突っ込むところがそこですか・・・
それでは私は樹枝の自棄酒に付き合ってきますので、兄者は今日の疲れもあるでしょう。部屋で休んできたらいかがです? 明日も普通に仕事はあるんですから。
まっ、ゆっくりも出来ないでしょうし、明日仕事が出来るとは思えませんが」
「うーん・・・・ それもそう、だな。
じゃぁ、今日はすまんな。俺の我儘に付き合わせて、これで適当に飲んで来い」
最後の言葉の意味が分からなくて首を傾げてしまったが、付き合ってくれた礼として樟夏にいくらか放り投げながら、俺は二人に促されるがまま部屋へと向かう。
まったく、何だというのだろう? まるであの言い方じゃ、俺の部屋に何かあるみたいじゃないか。
「おっと、その前にもう一つやるべきことをしておかないとな」
頑張ってる良い子には等しく訪れる、それがサンタの役目なのだから。
寄り道をして誰もいない自室への扉を開けたその瞬間
『メリークリスマス!!!』
綺麗に揃った声を追いかけるように炸裂音が響き、灯りが部屋を映し出す。
そこには俺の愛しい女性たちが勢ぞろいし、笑顔を出迎えてくれた。
「さぁ、冬雲。
聖なる夜をあなたと共に過ごしましょう」
あぁ、まったく・・・ これだから、華琳には敵わない。
「あぁ、メリークリスマス」
彼女たちに会えた奇跡。
最初はきっと気まぐれな神の悪戯にすぎなかったこと、それでも・・・
「この出会いに、聖なる夜の祝福を」
彼女たちとの出会いこそが、この世のどんなものよりも最高の贈り物だったんだ。
この時の女性陣の服装は
①サンタコス(ミニスカサンタ)
②艶やかな寝巻
③裸にリボン(王道)
④トナカイの着ぐるみ
お好きなものをご想像ください。
主成分がギャグになってしまいました(笑)
そして牛金、番外にて初登場を飾るという記念すべき回に(笑)
明日、この番外のおまけも投稿予定です。