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冒険者になろうと思います。

 最初の内は全てがドッキリなのかもしれないという淡い期待を抱いていたが、時間が経ち日が暮れる頃。流石にこんな長時間に及ぶ上に人の時間を拘束するドッキリを、許可を得ないで一般人に行うわけが無いと思い至り、俺はこの現状を一つの現実として受け入れることに決めた。


 これが夢かもしれないという幻想から解き放たれた俺は、ヤンバルさんから聞いた話を一人、夜になりヤンバルさんが客人用にと予め用意してくれていた寝床で仰向けになりつつ反芻する。


 ヤンバルさんの話しによると、このエッグワールドは、違う次元に存在するもう一つの地球らしいのだ。ただこの世界の法則は俺が知る地球とはかなり異なる部分が多い。


 なんとこのエッグワールドは、RPGの様な剣と魔法が実在する世界だったのである。


 俺を襲ってきたあの黄色い半透明のプルプルもピヨスライムというこの世界に多く生息するモンスターの一種で、そのピヨスライムを倒した火柱も、ヤンバルさんが俺を助けるために放ったこの世界の魔法だというのだ。


 そういった類の漫画や小説、あるいはゲームが好きな人であれば、一度はこんな異世界召喚物染みた体験をしてみたいと思うかもしれない。実際に俺もそういうメディアに触れていた時は、素直な気持ちで異世界で勇者として俺無双とか、そんな妄想を痛い単語の羅列と共にノート数冊分に記載するといった黒歴史が存在していたりもする。


 だがそんな経験を実際にしてみて、俺が一番に思ったことは、一秒でも早く元居た世界に帰りたいというものだった。


 自慢じゃないが、現代っ子の俺がこんな危険な世界で生き延びていけるなんて、露ほども思ってはいない。


 現状では俺の中の何かが目覚めて超絶パワーを発揮するなんて兆候は皆無だし、剣を片手にモンスターと命賭けで戦えと言われても、比較的に平和な現代日本ぬくぬくと育った俺にそんな度胸は欠片も無いと自負出来る。


 幸いなことにヤンバルさんの話によると、俺が元の世界に帰る方法が無いわけではないらしいのだ。


 俺をこの世界に連れてきたのは、間違いなくあの青い鶏。ならばその青い鶏をこのエッグワールドで見つけ出して、もう一度世界を超えれば良い。


 だがその方法にも、大きな問題がある。


 言い伝えによると、青い鳥が住みかにしているという聖地がこのエッグワールドの何処かにあるらしいのだが、ヤンバルさんはその場所を知らないそうなのだ。


 だけどまだ希望が無い訳じゃない。


 ヤンバルさんに限らず、この世界の殆どの人がその聖地の場所を知らないらしいが、このエッグワールドで最も古くから存在して、最も大きな王国。チキンハート国の中央部。王立図書館に秘蔵されている本の一冊に、その聖地の場所が記されているというのだ。


 その本は、一般の人では閲覧出来ず、厳重に管理されているらしい。


 そしてこの閲覧条件を持つ者は、日本人であること。


 つまり何が問題なのかと言うと、元の世界に戻るためには、日本人である俺自身が、その王立図書館まで自ら出向き、聖地の場所を突き止めなければならないということである。


 チキンハート国が、ヤンバルさんの住む家から近いのであれば、別に問題も無かっただろう。


 だけど現実は厳しく、現在地からチキンハート国は、海の向こうの大陸という一泊二日の旅行気分で行ける距離ではない。


 日本人がこの世界の文化に大きく関わっているとはいえど、流石に飛行機とかは無いらしい。


 王国直通経由の飛行船はあるらしいのだが、乗船賃はべらぼうに高く、一般人では払うのは困難で、もしも海を越えるのであれば、港町まで行って船での航海を選択するのが、現実的だそうだ。


 ここまで言えば、察してくれる人も多いだろう。俺が元の世界に戻るには、どう転んでも剣と魔法が飛び交い、恐ろしいモンスターが跋扈するこの地で、冒険者をしなくてはいけないということである。


 正直に言って、このままヤンバルさんに保護されながら、畑仕事を手伝ったりして、のんびりとしたスローライフを楽しむという手段もあるかもしれない。


 現にヤンバルさんも、俺にそう提案してくれた。だけど俺は声を高らかにして自分自身の心に叫びたい。このまま泣き寝入りをするのは簡単だが、あの憎たらしい青い鶏に俺の人生を狂わされて、そのままで本当に良いのかと!?


 ただの気紛れで、俺の生活をぶち壊したあの青いだけの家畜風情をこのままのさばらせておけば、いずれまた新たな犠牲者が生まれるのは確実だ。


 残念なことにこの世界で奴は聖鳥の扱いを受けていて、危害を加える輩は殆ど居ない。


 異世界で悪いことをする典型として上げられることが多い、盗賊達でさえも、ヤンバルさんの話によると、善悪を関係無しに幸運を呼び込む象徴として大切にされているそうだ。


 俺が殺らなければ誰がやる?


 絶対にあの鶏を見つけ出して、元の世界に戻り、俺はあの鶏を焼き鳥の具にすることを一人静かに心に誓う。


 そう心に決めた俺は、一時の平穏を自ら捨てて、大きな目的を成すために動き出す。


 取り敢えず俺が最初にするべきことは、この世界での生き方を一刻も早く身に着け、最低限の戦う術を手に入れることだ。


 別にモンスター相手に無双したい訳じゃない。


 ただ生き延びるための術を持たなくては、この見知らぬ異世界で冒険者なんて出来ないだろう。


 俺は翌朝、ヤンバルさんに冒険者を目指すと決めたことを話した。


 その日から、俺の修行の日々が幕を開けた。何となくピヨスライムに襲われた時から、そうではないかと思っていたのだが、ヤンバルさんは元冒険者だったらしい。それも現役時代ではソコソコに名前の知れた魔法使いだったのだとか。


 老人がこんなモンスターが生息する近くで、一人暮しているというのは変だと思ったし、流石に異世界とはいえ一般のお爺さんが、仮にもモンスターを相手にして、魔法で蹴散らすというのもあり得ないなと思うので、逆に納得した部分も大きい。


 それで肝心の俺の修行に関してなのだが、俺は毎日の様にヤンバルさんが現役時代に使っていたお古のショートソードを片手に、異世界に来て初日で襲われた黄色い半透明のプルプル。ピヨスライムを相手に実戦経験を積む毎日を過ごしている。


 ヤンバルさんいわく、この森の湖の近くに出るモンスターはこのピヨスライムだけであり、モンスターのヒエラルキー内でも最下層に位置するそうなので、戦闘初心者の特訓相手には最適なのだそうだ。


 朝は早朝から起きて、畑仕事を手伝い、朝食後は現代生活でなまった肉体を強化するべく、体力作り中心のトレーニング。昼食を食べたら、今度は午後からは夕飯前までひたすらにピヨスライムと戦い続ける。後は寝るまでこのエッグワールドに関しての常識のレクチャーといった感じである。


 最初の内は、万が一のためにヤンバルさんが同伴してくれていたピヨスライム討伐の修行も二週間ほど経ってからは、殆ど一人で行くようになっていた。何せ修行開始する前ですら、単体相手でならば攻撃を避けることが可能だった相手なのだ。今では囲まれても一人で対処出来るくらいにはなっていた。


 ちなみにピヨスライムの弱点はクチバシ部分で、そこさえ破壊すれば一撃で倒すことが出来る。あえて弱点を常に狙いやすい位置に晒した上に、何の対策も行わない辺りが最下層に君臨する所以と言えるだろう。


 この世界に生息するモンスターは、この世界の穢れを形にした存在で、生物とは根本的に違うらしい。


 なので倒すと死体は残らず、穢れは浄化されて、また世界の一部となって還元するのだそうな。


 無駄にゲームの様な仕様だとは思うが、そう考えると日本の道徳を学んだ俺としては、モンスターを倒すことに躊躇しなくて済むので大変助かる。そして実はモンスターを倒した際には、更なるゲーム的な要素があったりする。


 モンスターを倒すと光の粒子になって消えてしまうのだが、その粒子の一部が結晶化して残るのだ。


 その結晶をこの世界ではソウルエッグと呼んでいる。このソウルエッグには、微細な魔力が宿っていて、この世界では貴重なエネルギー源となっている。


 なので各国もしくは街には、これまたこういった類のゲームでは必ずと言って良い程に存在するギルドが存在しており、其処でソウルエッグの換金してくれる仕組みとなっているのだ。


 ちなみにソウルエッグはモンスターによって全て形が異なり、討伐クエストなんかでの部位証明も兼ねているらしい。


 俺もピヨスライムのソウルエッグを大量に獲得はしたものの、100個以上集めても安い宿屋に一週間泊まれるかどうかの価値にしかならないそうだ。


 修行に加えて、暫くの旅費も稼ぐという目的のため、そんな毎日を三ヶ月ほど繰り返した頃、俺に新たな転機が訪れる。

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