第六話
「…キマイラ退治か、へっぽこ」
ニーラは村人に聞いてネビロスたちが取った宿屋に戻ってきた。部屋に入った瞬間、判りきっているらしいネビロスが話しかけてきた。疲れたらしいリュイは夢の中だ。
ネビロスの聴力は普段でも国一個分の広さなら一人一人の会話を聞ける。集中すれば一箇所だけの音を拾えるし、そうじゃなくても一気に声が聞こえても全ての内容を一瞬で理解できる。
「あぁ。明日にでも俺は行くぞ」
剣を立て掛け、あいているベットに腰掛けた。あまり部屋が空いていないらしく、3人部屋を一つしか借りれなかった。
「行くな。あいつは俺の部下だ。一度話を付けに行く」
「んな!?生贄を食う魔物をほったらかしにしろと言うのか!?」
「……なんならお前も来るか?キマイラがどういう奴かを見に。それから決めれば良い」
リュイが寝ているベットの傍にあった椅子から立ち上がると窓を開け放った。外は既に日が落ちている。村人はキマイラを恐れてもう家の中だ。ネビロスは髪色や目の色を元に戻し、漆黒の翼を出した。初めて見るその翼に息を飲んだ。恐怖を感じるような美しさを持つ羽はニーラの眉間を軽く小突いた。
「背中に乗れ。…あぁ、剣は置いてけ」
魔物退治なら明日でも良かろう、という意味を含めたその言葉にニーラは渋々頷いた。
「……わかった」
翼をうっとうしいといわんばかりに払いのけてから背中に乗る。それと同時にネビロスは二階から飛び降りるように踏み出した。動き出す翼。かなりのスピードで裏山を目指した。ネビロスは道に迷うことなくまっすぐ頂上に降り立つ。小さく礼を言ったニーラも彼の背中から降りた。
壊れた神殿のような建物があり、ネビロスは迷うことなく踏み込んだ。後を追うニーラ。しばらく石畳の道を歩けば数人の着飾った若い女性がこちらを見た。
「生贄にされた女か…?」
ニーラがネビロスに問いかけたが何も答えなかった。女達は何事だと彼らを見る。カツカツとネビロスの足音が響く。と、小さくうなる声が聞こえ、ぴたりと足を止めた。
「キマイラよ、久しいな」
その言葉が鍵だったかのように大きな獣の魔物が現れた。獅子の頭、鷹の翼、蛇の尻尾……。ネビロスよりも大きいキマイラに再び息を呑む。
「魔王、様…?」
信じられない顔をしながらゆっくりと近付く。ネビロスは金の目を細めた。
「あぁ。噂じゃ穏健派と呼ばれる魔物を纏めているそうだな」
「…えぇ。私は魔王様に付き従うのみです…ただ」
「こいつか」
親指でニーラを指差す。キマイラはキッ、と睨みつければ威圧感がニーラに襲い掛かった。ネビロスよりも弱いが、慣れぬ者ならば気絶をしているだろう。
「何故、人間に近し者と、勇者と共に行動しておられるので」
疑問系ではなく、問いただすようなきつめの口調。ネビロスは此方を伺っている女を見た。
「お前と同じ理由だ。なぁ?人間の勝手な思い違いで捨てられた人間は大勢居る。柄にも無く助けたかったんだろ」
キマイラは人間を食べる形相をしているが、実際は食べない。だが、村人達は勝手に生贄として女達を差し出し、困った彼は此処で保護していた。
「……魔王様には敵いませんね。では、後ろの者は」
「俺を殺そうとして失敗し、今度は俺の目的を見届けるんだと」
軽い溜息にキマイラは軽く笑った。我々を裏切ったわけではなさそうなネビロスに安心してついていく事にしたのだ。
「なるほど」
「ちょっと待て!魔物は俺たち人間を嫌っているんじゃないのか!?」
話を聞いていたニーラが聞いてくる。ネビロスはゆっくりと振り返った。