第二話
数年後――。
魔物は二つのグループに分かれた。過激派と穏健派。過激派のリーダーは魔王の側近であった巴。三つ指に三本の手足、三つ目と、胴体以外全部が三つに分かれている魔物だ。穏健派のリーダーは特に居ないが、すっかり大人しくなった魔王に付き従う魔物が此方に分かれている。指揮を執っているのはキマイラ。
さて、そんな魔物事情を知っているのか知らないのか魔王ことネビロスは今日も少女、リュイと共に旅をしていた。
「お兄ちゃん……」
「そこでジッとしてな」
二人を囲むは大勢の過激派魔物。全員が全員殺気立った様な、しかしどこか怯えている様子である。ネビロスはうざったそうに前髪を持ち上げ、全員を一睨みすれば全員泡を吹いて倒れてしまった。リュイが拍手を送る。
「…前髪を切るか」
首を左右に振って前髪を元に戻す。
「あ!だったらいいものがあるよ!!」
しゃがんで、と言われてネビロスは地面に腰掛けた。彼の身長は200cm、リュイの身長は100cmだ。リュイはポーチから黒い小さな髪留めを取り出すと、起用にネビロスの前髪を上げて結んだ。まるで、前髪がうざい受験生のように。左側に垂らしてあるチョロ毛以外は腰の下まである髪の毛を下ろしている。なんともふざけているような髪型だ。
「可愛い!!」
「……」
魔術を使って自分の姿を見る。ちらりとリュイを見ればとても嬉しそうな顔をしていて、ネビロスはまぁいいか、と少し微笑んだ。
「あ!じゃあじゃあ、その長い髪の毛は三つ編みに……」
「しない」
ネビロスが立ち上がろうとした瞬間、彼の首に神々しく光る刃があてがわれた。両手用の大剣だ。リュイは目を大きく開いて固まった。ネビロスは後ろを見ずに自分に刃を向けた人物が誰だか分かった。世界に一つしかないこの聖剣を扱えるのは唯一人――
「…勇者か」
「お前が魔王だな?探したぞ」
若い声。性別が分からない。ネビロスはそっと左手で聖剣の刃に触れた。どんな武器でも傷つけられない彼の皮膚から血が流れる。しばらくその血を眺めた後、剣を折るぐらいの力で刃を持った。ぼたぼたと血が流れ出てくる。
「なっ!?」
勇者は腕に力を篭めてそのまま首を切ろうとしたがピクリとも動かない。
「リュイ、危ないから少し下がってな。この剣は魔族にとって凶悪だ」
「う、うん……」
言われたとおりにリュイは走って10mほど離れた。それを確認するといともたやすく聖剣を勇者から奪った。そのまま遠くへ聖剣を投げた。左手からはとめどなく血があふれ出る。勇者は詠唱を始めたが、喉に突きつけられたネビロスの爪によって中断された。
「俺の爪には猛毒がある。死ぬぞ」
「くっ……」
ネビロスが本気を出していないことぐらい勇者は分かっていた。だからこそ、悔しさは大きい。と、リュイが好奇心で落ちている聖剣に手を伸ばそうとした。
「触るな!!!!」
めったに大声を出さないネビロスから耳がつんざく様な大声が出された。間近に居た勇者はその迫力に気圧され、腰が抜けた。リュイの目に涙が集まる。ネビロスは一つ溜息をついて、爪を閉まってからいつもの調子に戻った。
「さっき言っただろう?その剣は魔族にとって凶悪だと。お前じゃ触れた途端に浄化される」
これを見ろ、といってリュイに見せたのは聖剣に触っていた左手。驚異的な回復力で血は止まっている物の、焼け爛れたような後がある。小さく悲鳴を上げたリュイ。
「俺でこうなる。……勇者、見逃してやるからその剣を持ってこの場を離れろ」
「…その女の子はなんなんだ。ほとんど人間だろう」
ぎろりと睨むネビロスに物怖じしながらも勇者と同じように腰を抜かしているリュイに目をやった。
「お前に話すことは無い。行け。さもなくば殺す」
――不可能、だがな。
右手から赤黒い爪が生える。先からポタリと赤黒い何かが垂れた。地面に落ちればその液体が触れたところが少し溶けた。勇者は距離をとって短剣を抜いた。
「はい、そうします…と答える馬鹿がどこに居る!」
「聖剣に頼るしかない仮初の実力のお前に何が出来る。剣は俺の後ろだ」
屈辱的なネビロスの言葉に勇者は下唇を噛んだ。