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「雪音さん、雪音さん」
ちょいちょいと肩をつつかれて振り返る。学生服で、購買で買ってきたらしいパンの袋の端を口にくわえた長身眼鏡が耳元に口を寄せてくる。
「やめときなさいな。人、幻滅させて遊ぶのもほどほどに」
「そんなつもりじゃないって。あれ」
指さした上には中庭の大きな木。バドミントンのシャトルがしっかり引っかかっている。
「まあ、雪音なら上れるんだろうけどな。ほれ、持って」
それまでくわえていたパンごと自分の昼飯を放って寄越した司は思い切りよく飛び上がったと思うと木の枝の端を叩いて揺らし、しっかりとシャトルを落とす。困っていた一年生、すっかり赤い顔をして声も小さくなってしまっている。
「ありがと」
「お前が礼言うことでもなかろ。一応セーラー服着てるんだから」
「はいはい。しかし司、それ全部食べるの?」
「雪音が弁当作ってくれなくなったおかげで食費がかかってかかって」
「ンなもん、彼女に頼め」
幼馴染みの司。一緒に泥だらけになって走り回った真っ黒で傷だらけの男の子は、いつの間にかひょろひょろと背が伸びて、わたしよりもずっと逞しくなって、その上口惜しいことに性格も顔もいいおかげでいつからか、もてる人になっていた。
小さい頃はあまり意味を考えていなかったけれど、今思えばあの頃はあまりに名前と違っていて、どんな願いで付けた名前かは知らないけれど家族の苦笑いが浮かぶような雪音という名前。今はそこそこ、外見だけはそぐうようになっただろうか。
「外見はほんと、清楚なお嬢様な、雪音」
「限定しないでくれる。一応自覚はしてるけど」
「ま、さばさばした性格好きだけど。彼女がいる間は絶対、かまってくれないし」
「好きでそうしてるんじゃないわよ」
ぼそっと呟いた言葉は聞き取れなかったらしい。聞き返されるのを適当にごまかしながらじゃあね、と手を挙げた。
(幻滅……ね)
外見だけ見て勝手に憧れて、勝手に幻滅する奴もいるらしい。
「いっそばっさり髪の毛だけ切ろうかな……」
「そら、もったいない」
不意にかけられた声に、一瞬まだ司がついてきていたのかと思った。探すと、茂みの向こうに寝転がっている、少し着崩した学生服。ある意味有名人。司とは違う、もてる人。ちょっと、問題ありな人。多分、噂では。話したことがないから、どんな人か本当は知らない人。
「そこまで綺麗な長い黒髪、なかなかないでしょ。日本人形みたいに髪が綺麗で、雪みたいに肌が綺麗で、モデル並みとはいかないけどスタイルよくて顔立ちも綺麗って、有名でしょ」
「褒められてる気がしない」
「噂通り。外見で判断してかかると、ばっさり切られるね。オレは……」
「知ってる。E組の不破くん」
「ま、オレも有名か。……なあ、これも何かの縁。明後日の休み、遊ばない?」
まじまじと不破くんを見て、呆れた。眉間に皺でも寄っただろうか。笑っている。
「何の縁でもないよ。安心して。心配して見張ってなくても、この髪今は切らないから」
「願掛けでもしてんの?」
「まさか」