01:干物とデジャヴ
私、篠崎佑佳は普通の大学生である。
悩みという悩みはないけれど、名前がちょっと読み間違えられるくらいで得に困ったこともない。
月末になればお金がないとため息をついてもやし生活をするし、バイトの給料が入れば嬉々として服を買ったり友達と遊んだりする。
長所といえばすぐに思いつくものはないけれど、強いて言えば素直なこと。
溢れんばかりに思いつく短所を一つ挙げるならば飽きっぽいところ。
サークルも入ってるけれどあんまり行っていない。だって飲み会ばかりだし。
家庭教師と居酒屋店員を掛け持ちするのはハードだけれど、やれないことはない。
大学は現在春休みという名の長期休暇中だ。実に暇。
これといって課題は出てないし、なにか用事があるわけでもない。あるとしたらバイトだけ。
荒れる一方の部屋は片付ける気も失せて、放置。いいんだ、誰も入れないから。
干物と言われようが楽に生きる。モットーだ。
今日もいつものごとくベッドの上に寝っ転がりながらBoyaiterを見る。げ、ぼやきが113件。無駄にフォローするもんじゃないなあ。
なんにもやることがない。
暇。暇。ベッドに寝ているだけなので腰も痛い。運動不足だ。自業自得ざまあwwとかぼやいてみるけどきっとリプライはないだろう。
何か面白いことないだろうか。
そいえば今日なんだか凄く綺麗な夢を見た気がする。忘れたけれど。
もそもそと布団の中で体勢を変えてみるが、一向に腰の痛みは無くならない。起きろってことか。
はあ、と一つ息を吐いてから勢い良く体を起こす。あえて言おう、溜息ではない。
背伸びをしてベッドから降りれば、怠けていた筋力が悲鳴をあげた。
・・・まあ起きたところで、ですけれど。
とりあえずシャワー浴びよう。うん、それから今日の予定を考えて。
適当な衣服を乱暴にクローゼットから取り出し、まだ人肌の残るベッドの上に投げる。
洗濯機の中にぽぽいと下着を投げ入れて、シャワールームに入った。
・・・・・・うす暗い。
あれ、電気つけ忘れたっけ。私は一旦出ようと振り返ったけれどもそこにあるはずのドアが無かった。
おかしい、これは非常におかしい。
いつもならば曇りガラスがすぐ真後ろにあるはず。
なのに私の真後ろにあるのはごつごつとした岩だ。
おかしい。
恐る恐るその岩に触れてみる。うん、案の定岩だ。
確認するように指先を見るけれど、触った感触は間違いではない。
何が起きたのだろう。ちょっと非現実的すぎてついていけない。
あ、夢か。ベッドから起き上がったのも夢か。
夢を夢だと判断できる夢(ややこしい)、たしか明晰夢だっけ?よくわかんないけど。
やけにリアルだなあ。とりあえずなんか服期待。ちがった服着たい。寒い。
夢って温度とかも感じるんだっけ、とか思いながら振り返れば、ずっと奥に光を発しているものがあった。
青白い光。
私は岩肌をなぞりながら、吸い込まれたようにその光に向かって歩く。
あ、デジャヴ。
ごつごつとした地面は非常に歩きにくい。常に足裏のツボを押されてる感じがする。
痛みを極力感じないように一歩一歩ゆっくりと、亀が歩くように進む。(亀に失礼だとは思わない)(所謂比喩表現だからね)
「きれい」
また、デジャヴだ。
それでも私は歩くのをやめなかった。
ひんやりとした水の中に足を突っ込むときも、びくっと体は反応したけど躊躇わなかったし、水が凍った時も、「あ、凍った」と思うだけで得に焦ることもなかった。
青白い光は、まるで私を歓迎しているとでも言っているかのように、柔らかかった。
凍った水のせいで凍傷フラグだとちくしょうとBoyaiterにぼやきたい。ああ、せめて携帯電話があれば。
それともあれか、洞窟なう、とかのほうがいいのかな。
絶対妄想乙とか言われるに決まってる。いいよ、そのあとに夢オチざまあwwwってぼやいてやるんだから。
暑くないはずなのにじわりと汗がにじむ。脂汗だよばか。脳内ふざけて常に何か考えていないと絶対死ぬ。
それほどまでに強いプレッシャー。だれだよ最初にきれいとかぼやいた奴。あ、私か。
綺麗には綺麗。だけど綺麗すぎて寒気がする。
透けるほどに白い肌、頬はほんのりと桃色だ。うっすら水色がかかった白い髪は腰まで達して、さらさらと流れている。
薄い唇は弧を描いていて、なんというかすごくエロい。
服を着ていてもわかる引き締まった体。かつ長身。
過去こんなに綺麗という形容詞が似合う男を見たことがあっただろうか、いやない(反語)
そのエロい唇が、耳障りの良い声で、ゆっくりと囁く。
「ヒ ロ カ」
ぞわ、と背筋から波がたったような感覚に襲われた。きっとあの綺麗な人は声だけで昇天させる能力を持っているのだ。
声までエロいのか。あれ、まって、そのエロい声が放った言葉って私の名前じゃないのか?
ゆっくりと男が凍った水の上を歩きだす。
よく割れないな氷。男の体重がそんなに軽いのか。男はどんどんこっちに近づいてくる。え、嘘でしょ。
まさか。なわけ。
否定する言葉を脳内で発しても意味はなく、気がつくと男は目の前に立っていた。
男はしゃがみ、ひんやりとした手で私の頬を包む。
「ヒロカ、あいたかった」
男が蕩けんばかりに甘いセリフと、熱い視線を私に向けるなか、私はこの状況をごまかすべく、
あ、私全裸じゃんなどと場違いなことをひたすら考えていた。
ありがとうございました!




