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橙の章 死にたがりと太陽

「死にたがりぃ。お前は本当にこの都市の何でも屋なのかぁ? あんな有名人、さっさと見つけ出して欲しいよ」


 後ろでネチネチと嫌味を言ってくる男が創ったものではない、天然の太陽が頭上に輝く真昼間、俺は寝床としていた中央交差点の住処を後にし、人通りが溢れ、ビルに囲まれた『B特区』で情報収集に明け暮れていた。


 その為に浪費した時間は、腹時計で推察するにおよそ二日半。

そろそろストライキを起こしてもおかしくないハードワークぶりだった。


「だって、『スコップ男』だぜ? 『スコップ男』。ガスマスク被って、スコップ持ってるんだぜ? こんな変態、見逃す奴なんて居ないでしょ」


「……の割に、七食抜いて探してんのに見つからない訳だが、これはどういう事だ?」


 と、軽く皮肉を言ってみる。


「ボクは毎日お腹ハチ切れる位に食べるけどね。それに、見つからないのはお前の仕事の仕方の問題だろ?」


 しかし、その僅かばかりの抵抗も容赦ない口撃(こうげき )に圧倒され、口をつぐむ他なくなってしまう。

……何も、豆鉄砲相手にマシンガン持ってくる事ないだろ。本当、容赦ない。


「だったら、他に誰か雇えば良いだろ? お前なら、金なんて腐るほど持ってる筈だろ」


 コイツ――『太陽』は、レコードに名を連ねる程の殺戮狂なのだが、たった一つだけ、他の殺戮者とは一線を画す矜持を持っている。


 それは、悪人にしか手を下さず、且つ、それらから奪った金を貧しい人に配るという……まぁ、なんともステレオな、寒気がする程痛々しいものなのだが、コイツ自身の甘いルックスも加味して、それがお茶の間の頭の軽い方々に大人気。テレビや雑誌の取材が何十本。本当は姿隠さなきゃいけない癖にオファーに応えまくり。それで更に人気拡大。


……と、俺のように路地裏でヒッソリと生きていく人間とはケタ外れの生活をしているのだ。

現に、コイツはただそこに居るだけなのに、何度も振り返られ、握手を求められている。

しかも、それに笑顔付きで応えやがるから腹が立つ。腹黒さ見せてみろ。みんな引くぞ。


「金の亡者みたいな言い方しないでくれない? ボクはただ、自分に来たものに真摯に向き合ってるだけさ。お前だって、チャンスはあった筈だぜ? なぁ? この都市で、一番最初に能力バレした死にたがりクン?」


……まぁ、振り返ってる人間の内、指差して笑ってる奴の対象は俺だったりするんだけど。


「俺はシャイなんだよ。お前みたいに、誰にでも良い顔出来る訳じゃない」


「はぁ? シャイ? どの面下げて言ってんだ? 当時の中継を生で見たボクから言わせて貰うと、アレはシャイに出来る事ではなかったと思うんだけどなぁ?」


「……その事は置いといて、お前、他の奴に依頼してないのか?」


「してない。第一、そこまで興味がな――」


「何だって?」


 今、俺の苦労の全てを覆す発言をしかけなかったか? コイツ。


「……いや、何でもない」


 先程まで余裕そうに手櫛で髪型を整えたりしてやがった癖に、突然態度が変わり、あらぬ方向を見始めた。


「まぁ、何でもないなら、それで良いけどな」


 依頼者の事情に深く関わらない。それが、俺が十二年の裏街道生活の中で学んだ教訓の一つだった。

特に、コイツのような危険人物の場合は、尚更だ。


「だったら、さっさと探せ。じゃないと報酬は払わないぞ」


「せめてお前が居なくなってくれりゃ、もうちょいスムーズに進むんだがな」


 常に恒星級の爆弾を抱えて歩くというのは、どうにも心臓に悪かった。


「何でボクが恋する乙女みたいに、携帯眺めて溜息吐かなきゃいけない訳? そんな気色悪い事するくらいだったら、ここで待ってる方がマシってもんだよ」


「そりゃ、テメェのプライドの問題だろうが」


「この世界で一番大切なものはプライドだよ?」


「……そうかい。んじゃ、黙って待っていてくれ。俺もこんな無駄話に時間を費やして食事の時間を潰したくない」


 話を切り上げて、俺は訊き込みを再開する。

しかし、二日間の捜査で手掛かりすらも掴めなかったものが、たった数回の訊き込みで見つかる筈もなく。


 徐々に募っていた苛立ちが爆発寸前まで高まった時。


「なぁ、死にたがり」


 『太陽』が背後で突然、普段のそれからは考えられない間の抜けた声を漏らした。


「何だ? スコップ野郎なら今探してるから少し黙っててくれ。飯なら何も言わずにそっと食ってきてくれ。宣言されるのは流石にもう限界になってきた」


 『太陽』の方に顔を向けず、早口でそう捲し立てる。


「いや、そうじゃない。――死にたがり。こんな昼間に流星が、今自分が居る場所に降り注ぐって事態になったら、お前、どうする?」


「…………はぁ?」


 空を仰ぐ。


 そこには、ビルに貫かれた見慣れた蒼穹に、いくつかの小さな雲がちらほらと散らばり、明日の快晴を思わせる。


 そんな平和の中で。


 そんな平和の中で異彩を放つ、二筋の赤い流星が、今ここに向かっているのが、確かに見えた。


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