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緑の章 その猫は長靴を履かない

「……スコップ男? 何だい? それは」


 いくつものデスクの並ぶ、公安の本部内。

僕はそこで、たったさっき直属の部下になったばかりの後輩に、デスクワークの指導をしていた。


 スコップ男の噂を聞いたのは、そんな時だった。


「あれ? ライさん、知らないんですか? 今、都市中で噂になってるじゃないですか」


 真新しい制服に身を包んだ、まだ少女の面影を残す女性――チアキ君が、その茶色の瞳で、僕の顔を覗き込んでくる。


「いや、知らないな。何かの犯罪者かい?」


「いえいえ。ヒーローレコード急上昇中の新手のヒーローですよ。何でも、弱い者のピンチの時に、ガスマスクを被ってスコップ片手に現れるとか」


「それは……格好付かないんじゃないかな?」


 この都市にも、流行り廃りがある。

しかし、そのスコップ男とやらは、今までにこの都市で名を鳴らしたどのヒーロー達よりも、格好の悪いものだった。


「解ってませんね、ライさんは。今はそういうのが良いんじゃないですか。いわゆる、ダサカッコイイってやつですよ」


「そういうものなのかな? 僕には良く分からないけど」


「そういうものなんですよ」


 チアキ君はそう言って朗らかに笑うと、急に僕を持ちあげ、抱き締めてくる。


「……チアキ君? 僕は一応、君の上司なんだけど」


 こういう扱いには慣れてはいるけれど、部下……しかも、公安に入って二日目の者にされたのは、流石に初めての体験だった。


「私、猫ちゃん大好きなんですよ。公安の仕事を選んだのも、ライさんがウチの大学に講師として来てくれたからですし」


「あぁ、やっぱり君、あの時の……」


「覚えててくれたんですか? 恐悦至極です!」


 グリグリと顔を僕の顔に押し付けながら、チアキ君は笑顔しか知らないのではないかと思う位に思いきった笑顔で、何度もキスをしてくる。


「忘れる訳がないよ。あそこまで追いまわされたの、僕初めてだったし」


 どこに逃げても回り込まれるから、あの時は本当に困った。

……まぁ、その能力があったからこそ、公安に入れたんだろうけど。


「えへへ。だって、こんなに可愛い猫ちゃんが、喋って、歩いてるんですよ? そんなの絵本の世界でしか見た事なかった、私の夢でしたもん」


「ま、僕は長靴は履いていないけどね」


「そんなのかんけーないです! ライさんは公安の制服を着ていても、抑えきれない可愛さが溢れてきているんですよ!」


 そう強く言い切って、チアキ君はまたキスを開始する。


「……センドウ・チアキ君。今すぐに止めなさい」


「――は、はい!!」


 少し声を凄めると、チアキ君は機敏な動きで、僕を机の上に降ろした。

そんな時まで、きちんと元居た机の上に戻してくれる辺り、彼女の猫に対する愛の深さを感じ、少し辟易してしまう。


「仕事場、しかも今は仕事中だよ? 少しは抑えようね」


 といっても、今は殆ど人は出払っており、僕らくらいしか居ないのだが。


「――じゃあ、仕事が終わったら良いってことですか!?」


……どうも、彼女はシアワセな脳味噌の持ち主らしい。

全く邪気のないその笑顔に、ついため息が出てしまう。


「……勝手にしなさい」


「やったぁ! ありがとうございます!!」


「はいはい。だから、今は仕事を……って、何だ?」


 作業をしていたパソコンの画面が急に暗転し、そこに一つの情報が映りだされる。


「……ランキングレコード?」


 同じように画面の異変に気付き、覗き込んでいたチアキ君がそんな声を上げる。


 『ランキングレコード』。

この都市には、様々な事柄を記録する、レコードというサイトが有る。


 それは、早食いだの大食いだのといったポピュラーなものから、何日間微動だにせずにいられるかといった馬鹿馬鹿しいもの、果ては、殺人人数などといった悪趣味なものまで、この都市のあらゆるものを記録している。


 その異常性から、このランキングレコードを運営する同人グループ『星を見る会』は何度も公安の矢面に上ったのだが、その度に、異常な探索能力と逃走能力によって決定的な打撃を受けずに済んでおり、現在ではその娯楽性から都市の人々の間では強烈な支持を受けているグループである。


「えーっと? スコップ男が、都市の話題ランキングで第一位になりました。それに際しまして、正体不明のヒーロー『スコップ男』の写真を撮影する、もしくは捕獲した方には、賞金を……って、何か、珍獣みたいになってますね」


「……これは、良くある事なのかい?」


「いえ、こんな事、これが初めてです」

「そうか」


 呟き、僕は口元に肉球をやる。


「……ライ、さん? 何ですか? アレ」


「……うん?」


 チアキ君が、窓の外を指し、顔を青く染めていた。

さらに細かく観察すれば、唇は震え、瞳は潤んでいる。


何にそんなに恐怖心を駆られたのかと、窓の外を見れば。





胸元には意匠の凝らされたLOVE&PEACEと描かれたタトゥー、手にはスーツケースを、そして、何にも縛られる事のない服装……いわゆる全裸の男が、僕らのいる、四階の窓の外に、涼しげな顔をして立っていた。


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