橙の章 死にたがりの兵隊
「はぁ、はぁ、はぁ、はあ……」
心臓は激しい脈動をもって、熱い血液を体中に巡らせ、肺は外気を求め、不規則な伸縮を繰り返す。
「おーい、死にたがりぃ。そんなに必死になって逃げなくても良いじゃん。ボク、傷付いちゃうよ」
後ろから迫る、振り返らなくても判る程の圧倒的な熱源は、その強大な能力に反比例するかのような抜けた声色でそう投げかけてくる。
「うる……せぇ。テメェみたいな化け物が急に自宅を訪ねてきたんだ。逃げない訳がないだろうが」
「だからぁ、仕事の依頼だってば。『この都市』のなんでも屋なんだから、これくらいの客には慣れなきゃダメだぜぇ?」
汗で汚れた顔を後ろにやり、今一度その姿を確認する。
そこに居たのは、垂れた二重の眼に、肩口まで伸ばされたサラサラの茶髪をした、今風の優男。
しかし、ただの優男では片付けきれない異常性が、その男には存在した。
――――男の方から吹き抜ける、通常では有り得ない熱風に、周囲で波打つ、溶けたアスファルト、そして、夜だというのに男の頭上で強い光を放つ球体。
まさに、この男の異名『太陽』に相応しい姿だ。
「これくらい? ふん、大量殺戮鬼が良く言うぜ。一体、何人殺したんだ?」
男の全体を見据えながら、俺は少しずつ後ずさりを始める。
「レコード見てないの? 今日で、一万三千七百二。最近、『月喰い』の記録を更新した。歴代一位まであと少しなんだ」
喜色満面にそう言う『太陽』に、この暑さながら冷や汗を掻いてしまう。
「……やっぱイカレてるよ、お前」
「バーカ。ボクはただのレコード挑戦者。イカレてるってのは、『ゴミ拾いの戦争』とかの、何の矜持もなく、ただ人を殺す災害みたいな奴らの事を言うんだよ」
「俺には同じに見えるがな」
「違うね。全然違う。……ま、こんな話はどうでも良いんだ。ボクの依頼、受けるのか受けないのか、さっさと決めてくれないかな?」
遊びは終わりだとでも言うように、『太陽』は頭上の球体の輝きを強め、声色を凄める。
「どうすんの? やるの? やらないの?」
「……どうして、俺なんだ?」
やるしかないと分かっていながらも、ただ従うのは癪なのでそんな質問を掛けた。
「お前の能力が役立ちそうだからに決まってるだろ。ま、恨むなら、能力を漏らしちまう位に迂闊だった過去の自分を恨むんだな」
……この都市で、自分の能力をバラしてしまうのは殆ど自殺行為だ。
そして、その自殺行為を、俺はやってしまっていた。
「……分かった。受けるよ」
諦観を胸に、溶けたアスファルトを瞳に収めながら、俺は依頼を受託した。
「物分かりが良くて助かるよ、死にたがり」
「で? 依頼内容は?」
こうなりゃヤケだ。
出来るだけ早く片付けて、ふんだくれるだけふんだくってやる。
「……なぁ、死にたがり。お前、『スコップ男』って、知ってるか?」