ある科学者の述懐
――――崩壊種。
この蒼穹の下に彼らが生まれて、もう何世紀が経っただろう。
そう、彼らは突然現れた。
始まりは、アフリカに住む一人の少年だった。
少年は、代々村でシャーマンを務める一族の長男として生まれ、幼い頃からその能力を遺憾なく発揮していたという。
その力が、目に見えて異質なものへと覚醒し始めたのは、少年が思春期を迎えた辺りだったという。
発端は、村の幼い子供の負傷だった言われる。
近くをうろつく野獣に噛まれ、酷い大怪我を負ったその子供の親は、既にシャーマンをも超える不思議な力を振るう少年の元へと向かった。
そこでの詳細は、私にはわからない。
少年に神が舞い降り、その子供を救ったと言われるが、それは明らかに話に付いた尾ひれであろう。
とにかく事実なのは、その子供が、何の傷痕も残らずに回復したという事だけである。
その後、少年の噂は近隣に伝わり、やがて大陸全体、そして世界へと伝わった。
その間、少年の周りで、不思議な事起こっていた。
シャーマンのような不可思議な現象を起こす者達が、少年の周りで頻出したのである。
まるで、少年の能力が病となり、他人に感染していくかのように。
……少年の能力が、また、少年の周りで頻出した不可思議な能力を持つ者達が、ある新種のウィルスによるものだと判明するのは、その八年後の事である。
そして、それが一般の人々に認知されるまでに、ウィルスは世界全体に広まっていた。
そのウィルスの症状は、『異能の覚醒』。
アフリカの少年のように、他者の傷を癒す平和的なものもあれば、軍隊を凌駕する様な攻撃的な能力に目覚める者もいた。
そして……このウィルスには、その他に、厄介な症状があった。
それは、『異種間の感染』、そして、『不安定な寿命』のことである。
つまり、渡り鳥がこのウィルスに感染していれば、世界中にウィルスをまき散らす事になり、そもそも、理性を持たない生物が異能に目覚めた場合、恐ろしい事態となる。
また、寿命の問題もあった。
アフリカの少年は、その後二百年生きたという。
しかし、彼の弟などは、感染して僅か三年、享年四歳でこの世を絶ったという。
しかも、その死は、何の原因もないのだ。
ただ、急に心臓が止まるだけ。体を調べても、何の異常もない。
これは、他の感染者も同じで、事故死や病死よりも、この突然死が原因で死ぬ事が、九割を超えた。
このように、全く未知の現象を起こすウィルスに感染した者達は、こう呼ばれることになる。
――――崩壊種と。
幸い、人類、動植物の殆どはこのウィルスの発病に対する耐性があった。つまり、感染しても、大半の者は発病には至らなかったのだ。
発病したのは、人類全体の僅か0,7%。動植物を含めても殆ど増加しない程、少数。
各国は彼らの扱いを悩んだ。
いくら異能の力に目覚め、寿命が定まらないとはいえ、人権はある。
しかし、その力は、確実に人類を脅かすものになる。
何せ、急に異能に目覚め、不安定な寿命を持つことになってしまったのだ。自暴自棄になって、暴走する者達も居た。そして、その者達による被害は、人々に恐怖を持たせるほどに、大きなものであった。
そこで、各国のトップは、彼らを隔離する事を決めた。
どんなに強大な異能を持った者でも、こちらにはそれを凌ぐ、強力な兵器がある。
それを脅しにして、崩壊種を全て、それぞれの国に作られた都市に隔離した。
日本では、『凪帆第一都市』がそれにあたる。
魔の巣窟となったそこに、一体、何が有るのか……。
そして、崩壊種とは、一体……。
私は今、そこへの片道切符を手に、凪帆第一都市のある信州に向かっている。
決定的な治療策も、感染の予防すらも開発されていないウィルスが蔓延するそこは、一度立ち入れば二度と出て来れない。
しかし、それでも、私は逸る自身の好奇心を抑えきれず、家族を捨て、家を飛び出してきた。
もう、後戻りは出来ない。
私は日課である日記の記述を終えると、列車の窓から見える、蒼穹に眼をやった。
この空の下に、彼らが居る。
それを思うと、私は興奮を持たずにはいられなかった。