王太子妃の最終面談で遅刻する手ぶらの公爵令嬢
「遅れてしまって申し訳ありません!」
謁見の間が、勢いよく開かれた。
家臣の制止を振り切って現れたのは、最終候補者の一人アクア・ノーダリアスだ。
「……最終面談に遅れてくるとは」
その場を仕切る宰相のガリアンは辛辣な面持ちを覗かせる。
「本当、信じられませんわ」
そこに被せたのが王太子の婚約者筆頭候補、ジュナ・オルトファーだった。
「こんな大切な日に遅れてくるなんてどうかしています。ガリアン様、このような者が殿下の婚約者の候補者だなんてありえませんわ。はっきり申し上げて、最終面談をこの方と受けることすら我慢なりませんもの」
「まあ、言いたいことはわかるが……」
ガリアンは困ったように国王に視線を移した。
受け取った国王は、軽いため息と共に返す。
「……その令嬢は失格とし、最終面談は残りの五名で始めよ」
口角を上げるジュナに誰も気付かない。皆の視線はアクアに向いている。
「何か言いたいことはあるか」
(せめて、遅刻した訳くらい話せってことよね、きっと)
けれど。
「……ありません。ここまで残った方々であれば、誰であっても立派な王太子妃殿下となり、オーデン殿下をお支えになることでしょう」
「そんなこと、貴女に言われるまでもありません。ごきげんよう」
ジュナはアクアを吐き捨てる。
すると。
「待ってください! 私が!」
突然、一人の令嬢が立ち上がった。
表情は緊張に包まれているが、その口調はまっすぐだ。
「私がアクア様に代わり、失格をお受けいたします!」
「な、なにを言っている?」
戸惑うガリアンの奥から、国王が問いかけた。
「なにゆえ、引き受ける」
「この方が遅れたのは私のせいなのです……。最終面談の出題は私たちが目指す"王太子妃"そのものであり、何が必要で、何が相応しいか、各自が考え、それを持参することだと」
令嬢は自身の手を胸に置いて。
「私の回答は、このバーデル公爵家の血筋と、家宝である王家から下賜された品の冠でございました」
そう言って差し出された冠だが、どう見ても歴史的価値があるように見えない。
「その冠、本当にバーデル公爵家の冠か?」
「いいえ。これは代替品でございます」
「代替品?」
反芻してもなお、国王は訝しげだった。
しかし答えは、意外なところから告げられた。
「本物はこちらに」
アクアだった。
事情を飲み込めない周囲をよそに、令嬢がアクアに歩み寄る。
「本当に見つけてきてくださるなんて……。感謝してもしきれません」
「見つかってよかったです。でも、感謝はありがたく頂戴しますが貴女はここで私の失格を引き受けている場合ではありません。しっかりとアピールして勝たなくては! 応援しています」
アクアはニコっと微笑んでから、改めて国王と王太子に向かって一礼をした。
「このたびは殿下の婚約者を決める大切な面談の場に泥を塗ってしまい、本当に申し訳ありませんでした。非礼をお詫びすると共に、すみやかに退場いたします」
「お待ちを。アクア嬢」
踵を返すアクアを止めたのは王太子のオーデン。
「訳をお聞かせください。責めるつもりはありません。僕は、自分の婚約者を決めるためにここにいて、包み隠さずに正直にお話いただける方を大切にしたいと思っています」
「……あの、畏れながら私からご説明させていただきます」
口を開いたのは、別の令嬢だった。
「わたくしの持参品は、我が家に纏わる王家より授与されました宮廷調度品のドレスでした。しかし先日、何者かによって数ヶ所、無惨にも切り裂かれていたのです」
「ねぇ、一体なんの話をしてらっしゃるの? それに、ドレスなら手に持っているじゃない」
「これは、アクア様が修復を申し出くださったのです。優秀な仕立屋と精通しているとのことで、わたくしはそのご厚意に甘えさせていただきました」
「いつのことだ?」
国王がアクアに問う。
「一週間ほど前です。仕立屋の前で彼女と偶然お会いして、お困りのようでしたので」
「そのドレス、彼女の持参品と分かっていての行いか?」
「ええ。そうおっしゃっていましたから」
「アクア様は今はこちらの令嬢に。そして先日はわたくしに手を差しのべてくださいました。遅刻は許されるべきではないかも知れませんが、アクア様に婚約者の資格がないとは思えません」
オーデン殿下が前に出た。
「彼女に助けられたという話はわかりました。ちなみに、切り刻まれたドレスは誰に?」
「直接見たわけではありませんが、我が公爵家の使いの者からは、オルトファー家の従者であったと報告が上がっております」
「お待ちなさい!」
ジュナが血相をかいて立ち上がった。
「くだらない言いがかりはおやめなさい。我が家の者ですって? 何を証拠に」
馬鹿馬鹿しいとでも言いたげに腕を組むが、今度は、すぐ横の令嬢が。
「まさかジュナ様、あなただったのですか!? 我が家の至高品もすり替えられていたのですが、オルトファー家の使いの者が訪ねてこられた直後のことだったと聞いています! これが偶然だなんて……!」
「……貴女まで何をおっしゃるの? いい加減にしてください!」
ここで最後の一人、物静かな令嬢が話に入ってきた。
「ジュナ様。私の父は商会長と四半世紀に渡る親しい間柄にありますが、ここ数日の間に、王家ゆかりのある品物が複数持ち込まれているとの情報が入っております。どの品物も、名だたる貴族の家宝とも呼べるほどの品であると」
「……それが何か?」
「何か、とは随分な言いようですわね。いいでしょう、それでははっきりさせていただきます」
商会長と親しい間柄の父を持つ令嬢が、アクアの方に向き直った。
「アクア様。見つけてこられたその冠、どこにあったのかお尋ねしても……あら?」
令嬢の手に戻った本物の冠。よく見ると、商会所有物を示す正札がついていた。
慌てて持ち運んだはいいが、すっかり取るのを忘れていたアクアだった。
「やはり……。そちらの冠も商会に流されていたようですね」
「知らないわ! こ、こんなの言いがかりです! 貴女方、どうせわたくしを陥れるために口裏を合わせたのでしょう!?」
騒然とする謁見の間に、国王の低い声が響いた。
「確かに。どれも状況証拠に過ぎん。ジュナ嬢の行いと決めつけるのは早計というものだ」
「陛下……! ありがとうございます!」
「構わん。ところで、皆それぞれ何が必要か、よく考えて持参したようだな。どれ」
国王は持参品を一つずつ品定めするように視線を送る。
「冠に、ドレスに、至高品か。どれも各公爵家と我が王家とのゆかりのある品ばかりだ。君は?」
「私は商会長様より、新たなる貿易商の開拓許可書を発行してもらいましたのでそれを持参いたしました。港街に展開できれば、一層の人口の増加や職の供給に役立つかと」
「素晴らしい」
そして、最後にジュナの方を見た。
「最後に、君は何を持参したのだ? 見せてくれ」
「!」
驚く表情のまま、なぜか固まるジュナ。せっかく持参したというのに、見せようとしない。
一番近くにいた令嬢が、沈黙の空気に耐えられなくなりジュナの持参品を手に取った。
「嘘……」
出てきたのは、冠、ドレス、至高品、宝石商の出店計画書。
どれも、自分たちの物ではない。
この国の貴族なら知っている。どの品も、ジュナのオルトファー公爵家に纏わる高価な品であると。
「……すべて、繋がってしまったようだな」
そう国王が諭すように、もう言い逃れはできなかった。
ジュナには思いつかなかったのだ。
王太子妃に相応しい、そして必要なものは何であるかを。
だから聞いて回った。
盗み見した。
そして奪った。
品を、アイデアを。
これならいけるとその時は思った。
手元から処分したあと、我が家にはそれらを上回る高価な品々がごまんと置いてあるのだから。
「だったら……仕方ないじゃない……!」
「ジュナ様……」
自分が王太子の婚約者に選ばれるためには、他を蹴落とすしかなかったのだ。
こうするしか。
家臣に腕を掴まれて謁見の間をあとにするジュナを、候補者の令嬢たちと共に見送った。
アクアは、見送ることしかできなかった。
「戻りなさい。アクア・ノーダリアス」
国王は、去り行くジュナを寂しそうに見つめる後ろ姿に声をかけた。
「オホンッ! では、改めて!」
ジュナは退場を宣告された。
アクアは初めから失格だ。
これでようやく、残りの者たちで最終面談が行える。ガリアンは切り替えた。
「お待ちください!」
「……今度はなんだ?」
ガリアンはまたしても止められてしまった。
しかも、今度は令嬢たちが立ち上がっているではないか。
アクア以外の、候補者である令嬢全員が。
「ガリアン様、申し訳ありません。国王陛下、並びにオーデン王太子殿下。わたくしたちは、ここで最終面談を辞退させていただきます」
「おい、いい加減にしてくれ。すでに候補者が二人も減ったのだぞ。この上さらに辞退、辞退と。オーデン王太子殿下の婚約者のための最終面談だぞ。わかっているのか?」
「もちろん承知しております。この決断はこの国の、殿下の大切な婚約者であるからこその決断です」
国王が問う。
「聞こう」
候補者たちは口を揃えた。
「アクア様こそが、オーデン殿下の婚約者に相応しいと考えます」
「ええ。殿下の婚約者、それは王太子妃殿下になるための険しい道程。持参したこれら品々では、陛下からの出題にお答えするには不足と思い知らされました」
「もちろん、それだけではありません。ここにいる一部の者は直接アクア様の優しさに触れ、残りの者もその振る舞いを目の当たりし、多くを学ぶことが出来ました」
「開拓許可書はこのまま置いて行きます。この辞退は、候補者からの総意とお受け取りくださいませ」
「そうか」
「……陛下? あの……」
慌てていたのはガリアン。
そしてアクアだった。
「辞退はいけません。貴女方は由緒正しき貴族令嬢であり、オーデン殿下の婚約者に相応しいお方ばかり。殿下もきっと、このような辞退はお認めになりませんし、わたくしだって、こんなの納得できません!」
令嬢たちは顔を見合わせ、そしてクスッと笑った。
「貴女がそのような人だから、わたくしたちは辞退するのですよ。きっといくらやり直しても、貴女はまた手を差しのべる。これからも、この先も」
令嬢たちにつられてオーデンも笑った。
「同感です」
そしてアクアに近づいて、その目を見つめた。
「貴女は、僕の婚約者になることを望みませんか?」
「そ、そんなことはありません! そんなことは!」
「貴女はきっと、この場にいる全員で最終面談をやり直したいと願い、そこで正々堂々と勝ち取りたかったのでしょう」
図星だっただけに、目を反らした。
「しかし、僕の心はすでに決まっている」
「え?」
「貴女しかいない」
「で、ても! それだと皆さんが!」
「そう言っているのはアクア様だけですわ」
「ええ。わたくしたちも殿下と同意見なのですから!」
「アクア・ノーダリアス」
朗らかで、どこか緩みかけた幸せの空気だったが、国王のアクアを呼ぶ声が待ったをかけた。
「オーデン。そして皆も何か勘違いしているようだが、これは最終面談だ。誰が何人辞退しようとも、目的は何一つ変わらない」
皆が戸惑う中で、アクアだけはまっすぐ見ていた。
国王の目を。
「君は何を持参した?」
どう見ても手ぶらだ。その手には資料や歴産物どころかハンカチ一つさえない。
しかし国王は続けた。
「王太子妃に必要なもの。王家ゆかりの至高品や国の発展のための貿易も結構だが、何も物だけがすべてではあるまい」
国王の意図がわからない。
オーデン殿下本人もアクアを選び、他の候補者もアクアを推すために辞退を申し入れたというのに。
謁見の間の視線は、国王とアクアに集まった。
「今一度問う。君にとって王太子妃に必要なものとはなんだ。その優しい人柄か。知識か。教養か。答えてみせよ」
アクアは国王を見つめる。
そして胸を張った。
「"想い"です」
曇りも、迷いもなく。
「………見事」
そんな回答だった。
「これにて最終面談は終了。アクア・ノーダリアス。君をハルシュダルク国王太子オーデン・ハルシュダルクの婚約者として認める」
拍手が起こった。
令嬢たちも、家臣も、宰相も。皆が笑顔に包まれた。
後日。
オーデンとの婚約者期間を経て、アクアは無事、王太子妃となった。
今日は久しぶりに、あの時の令嬢たちとお茶会だ。
「僕も手伝うよ、アクア」
「オーデン殿下、公務に必要な書類がまだ残っておいでですのに」
「ちょっとくらい平気さ」
「いつも、ありがとうございます」
「まだまだ足りないけどね」
「では何度でも言いましょう。オーデン殿下、ありがとうございます!」
「そうじゃなくて。僕が君に言い足らないってことだよ」
「え?」
「いつも支えてくれてありがとう、アクア」
二人は顔を見合わせ、笑う。
あの日、アクアが王太子妃に必要だと答えたもの。
それはきっと、こういうものなのだろう。
園庭を王室から眺める国王は、静かに微笑んだ。




