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|WISH BY US

作者: 美味礎 杏佳
掲載日:2026/03/07

宇宙機アークの窓から見える恒星は、既に肉眼ではただの白い針だった。


出発からどれほどの年月が経ったのか、地球時間では把握できない。だが船内時計は淡々と進み続けている。


彼が旅立った理由は単純だった。

地球に似た環境を持つ惑星が観測されたのだ。酸素、液体の水、雲の反射率。解析結果は楽観的だった。人類は戦争という慢性病を抱えたまま、逃避先を必要としていた。


通信オペレーターは何度も交代した。

相対性により、彼より速く歳を重ね、退役し、死んでいった。

それでも通信は続いた。地球はまだ存在していた。


ある日、背後から接近警報が鳴った。


推力痕。高速航行体。

やがて視界に現れたのは、彼が知らない設計の宇宙機だった。流線形の船体、重力レンズを歪ませる推進光。


通信が開く。


「こちらアーク・シックス。接近通過する」


若い女性の声だった。


「あなたは……」


「先行ミッション機ですね。ログで知っています」


短い沈黙の後、彼女は言った。


「地球は限界でした。私たちは移住船団の先行観測隊です。希望の星で、待っています」


通信は切れ、宇宙機は光の矢のように遠ざかった。

彼は微笑んだ。人類は間に合ったのだ、と。


だがそれから数年後、解析ソフトが異常を示した。

惑星の光度曲線が揺らいでいる。

スペクトル線が崩れている。

重力擾乱の予測値が発散している。


彼は理解した。


その惑星は、既に存在していない。

崩壊前の光だけが、地球へ届いていたのだ。


操縦桿を握る手から力が抜けた。


「こんなこともあろうと……帰還システムはある」


自分に言い聞かせるように呟く。逆噴射、反転軌道。

計算は成立した。


そして帰還。


だが受信機は沈黙していた。

既知の周波数は全て無応答。

青い惑星の位置には、微かな塵の帯しかなかった。


帰る場所は、無かった。


彼は反応炉緊急遮断シーケンスを呼び出した。

炉心暴走。180秒後に、構造崩壊。


ただの自殺だった。






開始、180秒。











残り、120秒。











残り、60秒。







残り、30秒。





残り、20秒。



残り、15秒。



残り、10秒。



残り、5秒。

残り、4秒。

残り、3秒。

残り、2秒。


残り——


そのとき、窓の外に微かな光点が現れた。

航行灯。

推力痕。


見覚えのある軌道。


アーク・シックス。

航行灯の色が、前に見たものと微妙に違っていた。


受信機に届いたのは、機のドッキング要請だった。


推定到着時間は、約三分後。


彼は咄嗟に自壊を停止した。

機内は静まり返っている。


待つことにした。


待ってみることにした。


調理室ギャレーでカップ麺を取り出す。

製造国の欄には、もう存在しない国名が印刷されていた。


ポットのお湯を注ぐ。


宇宙の時間に比べれば、三分など誤差だ。


彼は窓の外の光を眺めながら、静かに蓋を押さえた。




Wish bias(願望バイアス)を抑えながら——

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