|WISH BY US
宇宙機の窓から見える恒星は、既に肉眼ではただの白い針だった。
出発からどれほどの年月が経ったのか、地球時間では把握できない。だが船内時計は淡々と進み続けている。
彼が旅立った理由は単純だった。
地球に似た環境を持つ惑星が観測されたのだ。酸素、液体の水、雲の反射率。解析結果は楽観的だった。人類は戦争という慢性病を抱えたまま、逃避先を必要としていた。
通信オペレーターは何度も交代した。
相対性により、彼より速く歳を重ね、退役し、死んでいった。
それでも通信は続いた。地球はまだ存在していた。
ある日、背後から接近警報が鳴った。
推力痕。高速航行体。
やがて視界に現れたのは、彼が知らない設計の宇宙機だった。流線形の船体、重力レンズを歪ませる推進光。
通信が開く。
「こちらアーク・シックス。接近通過する」
若い女性の声だった。
「あなたは……」
「先行ミッション機ですね。ログで知っています」
短い沈黙の後、彼女は言った。
「地球は限界でした。私たちは移住船団の先行観測隊です。希望の星で、待っています」
通信は切れ、宇宙機は光の矢のように遠ざかった。
彼は微笑んだ。人類は間に合ったのだ、と。
だがそれから数年後、解析ソフトが異常を示した。
惑星の光度曲線が揺らいでいる。
スペクトル線が崩れている。
重力擾乱の予測値が発散している。
彼は理解した。
その惑星は、既に存在していない。
崩壊前の光だけが、地球へ届いていたのだ。
操縦桿を握る手から力が抜けた。
「こんなこともあろうと……帰還システムはある」
自分に言い聞かせるように呟く。逆噴射、反転軌道。
計算は成立した。
そして帰還。
だが受信機は沈黙していた。
既知の周波数は全て無応答。
青い惑星の位置には、微かな塵の帯しかなかった。
帰る場所は、無かった。
彼は反応炉緊急遮断シーケンスを呼び出した。
炉心暴走。180秒後に、構造崩壊。
ただの自殺だった。
開始、180秒。
残り、120秒。
残り、60秒。
残り、30秒。
残り、20秒。
残り、15秒。
残り、10秒。
残り、5秒。
残り、4秒。
残り、3秒。
残り、2秒。
残り——
そのとき、窓の外に微かな光点が現れた。
航行灯。
推力痕。
見覚えのある軌道。
アーク・シックス。
航行灯の色が、前に見たものと微妙に違っていた。
受信機に届いたのは、機のドッキング要請だった。
推定到着時間は、約三分後。
彼は咄嗟に自壊を停止した。
機内は静まり返っている。
待つことにした。
待ってみることにした。
調理室でカップ麺を取り出す。
製造国の欄には、もう存在しない国名が印刷されていた。
ポットのお湯を注ぐ。
宇宙の時間に比べれば、三分など誤差だ。
彼は窓の外の光を眺めながら、静かに蓋を押さえた。
Wish biasを抑えながら——




