呪われたあなたを救うまで〜刺草の姫と銀狼の王子〜
トパーズ国にある由緒正しき公爵家の一人娘、ジェシー・フェルミアは今、断頭台の前に膝をつき、呆然としていた。
なぜ……私はあの人を助けたい…それだけなのに……
ジェシーの白いうなじが露わになる。
この国の最高権力者であるヴァルザリア女王が、豪奢な椅子に腰掛け、気怠げに右手を挙げる。
それは処刑開始の合図だったーーー
♢♢♢
時は遡り、ジェシーがまだ5歳の時、運命の出会いを果たす。
その日、ジェシーは父と親交のあるベリル伯爵の屋敷を訪れていた。辺境の地ウィンドリッジにあるその屋敷で、彼女は一人の少年を紹介される。
「ジェシー。ベリル伯爵の息子、ルカ君だ。」
彼は幼いながらも整った顔立ちをしていた。さらに物事の本質を見抜くような鋭い光を瞳に宿した、どこか不思議な空気を纏う少年だった。
「初めまして。ジェシーよ。よろしくね!」
「…よろしく。」
少し内気なのか目線を外された。しかし差し出した手はしっかりと握り返してくれたので、嫌われているわけではなさそうだ。
それから二人は、一週間ほど一緒に過ごした。
自然豊かなウィンドリッジは、王都で育ったジェシーにとって何もかもが新鮮だった。
どこまでも広がる草原を駆け回り、小川で水をすくって遊び、木陰に座ってランチを食べる。
そんな何気ない時間が、ジェシーにはとても楽しかった。
最初は少しよそよそしかったルカも、日が経つにつれて少しずつ表情が柔らいでいった。
ふとした瞬間に見せる笑顔を見るたび、ジェシーの胸はやさしく高鳴る。
そんな日々が続いたある日。
ついにジェシーが王都へ帰る日がやってきた。
屋敷の門の前で、ルカは少しうつむきながら言う。
「ジェシー、手紙を書くよ。…また、会えるかな?」
「も、もちろんよ!待ってるわ!私も書くからね!」
そう言って、にっこりと笑う。
「絶対、また来るから!」
ルカは少し照れたように、小さくうなずいた。
その約束のとおり、二人は文通を続けた。
けれど実際に会うことは、しばらく叶わなかった。
というのも、当時の王国は政情が非常に不安定だったからだ。国王が崩御し、王太子までもが急病で亡くなった。王位継承者を失った王家は混乱に包まれ、後妻であった王妃ヴァルザリアが女王として即位するという異例の事態となる。
公爵家当主であるジェシーの父も、その対応や女王の横暴な政治に振り回され多忙を極めていた。
気がつけば、ジェシーは16歳になっていた。
長く波打つ金の髪に、やわらかな光を宿すピンクの瞳。誰もが思わず見惚れてしまうほど、美しい娘へと成長していた。
そして今日、いよいよ社交界デビューの日である。
鏡の前で支度を整えたジェシーを見て、父は満足そうに目を細めた。
「おお……我が娘はこんなにも美しい。今日の主役はジェシーで決まりだな!」
「お父様ったら……」
呆れたように笑うジェシー。
母を早くに亡くして以来、父はジェシーを人一倍大切にしてきた。そのせいか、少しばかり過保護なところがある。
だが決して親バカだけというわけでもない。
実際、デビュー前からジェシーを望む婚約の手紙が、貴族たちから大量に届いているのだ。
「今日は私以外にもデビューする方々がたくさんいらっしゃるんですから……」
ジェシーが控えめに言うと、父は苦笑した。
「はは、分かっているよ。本音を言えば、デビューなどせず、このままずっと家にいてほしいくらいだ」
そう言ってから、父はふと真剣な表情になる。
「……改めて言っておく、ジェシー」
父はゆっくりと娘に向き直った。
「女王陛下には目をつけられぬようにな。あの方は激情家だ」
「……はい、お父様」
ヴァルザリア女王。
現在この国の頂点に立つ人物。
だが同時に、感情の起伏が激しく、自分の権威や立場を脅かす者には容赦しない。現代では禁止されている黒魔術を使う、などという噂まで立つほどだ。
もしジェシーが社交界で目立てば、女王の目に留まるかもしれない。
「公爵家の一人娘となれば、さすがに表に出さないわけにもいかない。すまない。」
「大丈夫ですわ!」
ジェシーは明るく微笑んだ。
「ご挨拶を済ませて、早めに帰りましょう」
そう強気に言ったものの、胸の奥は少しだけ不安でいっぱいだった。そっと手を胸に当て、深呼吸する。
――でも。
これが終われば、10年ぶりに、ルカに会える。
2人は文通の中で再会の約束をしていた。
それを思うだけで、自然と胸が弾む。
ジェシーは小さく微笑み、会場へと向かった。
今回は王城が主催する、各貴族の年頃の子息令嬢たちの社交界デビューを祝うパーティーである。
華やかな会場には、色とりどりのドレスや礼装に身を包んだ若者たちが集まり、場はまばゆいほどの輝きに包まれていた。
公爵家であるジェシーたちは、まず最初に女王へ挨拶に向かう。
玉座の赤い椅子に腰掛けたヴァルザリア女王は、金の装飾が施された肘掛けに頬杖をつきながら、会場にいる貴族の子息令嬢たちを眺めていた。
その姿はどこか気怠げでありながら、周囲を圧する威厳をまとっている。
ジェシーは優雅にスカートを広げ、完璧なカーテシーを見せた。
「トパーズの光、女王陛下にご挨拶申し上げます」
女王はわずかに眉を上げる。
「面を上げよ」
ジェシーが顔を上げると、女王は興味深そうに彼女を見つめた。
「ほお……噂に違わぬ美しき娘だな。さぞ引く手数多であろう」
女王はゆっくりと足を組み直した。
「既に婚約の話もいくつか届いておるのではないか?」
ジェシーは落ち着いた声で答える。
「恐れながら、まだ決まったお相手はおりません」
女王の口元がわずかに歪む。
「ほう。公爵家の令嬢ともなれば、王都中の若者が放っておくまいに」
その視線は、どこか値踏みするようだった。
「では、そなたには想う相手もまだおらぬのか?」
一瞬、空気が張り詰める。
ジェシーは礼を崩さぬまま答えた。
「まだ、社交界に出たばかりでございます」
女王はしばらくジェシーを見つめ…やがて小さく笑った。
「よい。若い娘は、それくらい慎ましい方が好ましい」
そして軽く手を振る。
「下がってよい」
ジェシーは再びカーテシーをして一歩下がった。
その場から少し離れたところで一気に息を吐き出した。
(きっ…緊張した〜〜!!)
父も緊張が解けたのか、身体の強張りが取れている。受け答えの対応は完璧だったと褒めてくれ、そのあとは挨拶に周り、パーティは無事に終わった。
女王はパーティの途中で退出し、そのまま戻ってこなかった。
会場を後にしたヴァルザリア女王の元へ、ひとりの従者が駆け寄り何やら報告した。
「陛下、辺境伯の養子に間違いありません。」
「そうか。」
ーーやっと…見つけた。アレが生きていては私は正統でない王のまま…
「また、近々フェルミア公爵の娘が辺境の地へ向かうそうです。何でも幼少の頃より文通を交わす仲だとか。」
それを聞いた瞬間、女王の顔が一瞬醜く歪んだ。
「なんだと?この私に嘘をつくとは……あの小娘…!」
そのあまりの剣幕に従者は全身が震え、額から汗が吹き出ている。
「ふふ。若い2人の恋路は、悲惨な最期を迎えるものさ。すぐに出立する。準備せよ。」
「ハッ」
そうしてパーティも終わらぬうちに女王は辺境の地へ向かったのだった。
♢♢♢
パーティから数日後、ついにジェシーはウィンドリッジへ向けて出発することになった。
父は仕事の都合で同行できず、今回は侍女だけを伴って馬車で向かう。
「お父様、いってきます!」
「一緒に行けなくてすまない。ベリル伯爵によろしくな。道中、くれぐれも気をつけるんだぞ」
「ええ、ありがとう、お父様」
辺境の地ウィンドリッジへの旅は、当初は天候にも恵まれ、穏やかなものだった。しかし目的地が近づくにつれ、空には重たい雲が広がり、景色もどこか陰りを帯びていく。
道のすぐそばには、西の森ーー古代の魔女が住むという伝説で知られる森があった。かつて訪れたときは神秘的に感じたその森が、今はまるで別物のように、不穏な気配を漂わせている。
「ルカ……」
暗い空を見上げながら、ジェシーは長年の友の名を呟いた。
その瞬間ーー雷鳴が轟いた。
激しい閃光とともに、すぐ近くの木に雷が落ちる。
「きゃあっ!」
「お嬢様、大丈夫ですか!?」
侍女の声に促されて外を覗くと、雷に打たれた木のそばに、一匹の大きな狼が立っていた。
鋭い眼差しでこちらを見据えている。
「オ……オオカミ……」
だが狼は襲いかかることなく、静かに西の森の方へと走り去っていった。
なぜか、追いかけなければならない、そんな強い衝動が胸を突き動かす。
思わず馬車の扉に手をかけたが…
「お嬢様!危険です、外へ出てはいけません!」
侍女の必死の声に、ジェシーははっと我に返った。
「……そうね。伯爵の屋敷へ向かいましょう。それが安全だわ」
馬車は再び走り出す。だがジェシーの胸のざわめきは、消えることがなかった。
(どうして…こんなに気になるの…ルカ…。)
やがて屋敷に到着すると、出迎えたベリル伯爵の言葉が、ジェシーを打ちのめした。
「ルカが……女王の手によって獣に変えられた。狼の姿となって、外へ逃げたのだ……!」
「……え……?」
頭が真っ白になる。
女王が黒魔術を使うという噂が、まさか本当だったとは……
「西の森……私、ルカを探してきます!」
「待て!危険すぎる!」
「それでも……私のせいでルカは……!」
女王が怒ったのだ。婚約者候補をきかれ、居ないと答えた。それなのに辺境伯令息と長年手紙の仲であり、今回会う約束をしていた。それが特別な仲だと判断されたにちがいない。
ジェシーの叫びに、伯爵は苦しげに首を振った。
「……いや。ルカは、ずっと狙われていたのだ」
「え……?」
伯爵は拳を握りしめ、静かに告げる。
「ルカの本名は——ルキウス。ルキウス・ダン・デ・トパーズ……王族の血を引く者だ」
「……!」
失われたはずの王子ーーその噂が、現実だった。
「彼の母に託され、この地で匿ってきた。王妃に見つからぬように……だが、それも限界だったのだ」
「……そう、だったのですね」
道理で少年の頃から、どこか不思議なオーラを放つ人だと納得した。だが今はそんなことに合点して悠長にしてる暇はない。
「それでも、私は行きます。ルカを……殿下を助けます!」
制止の声も振り切り、ジェシーは森へと駆け出した。
「待ちなさい!」
待てない。
ずっと待っていたのよ。
10年も、ずっと……!会えるのを待っていた。
この気持ちは……
「ルカっ!」
相手が秘匿された殿下だと判明しても、ジェシーの心には最初に出会ったルカが、文通を通して培った素朴な少年が全てだった。
西の森は、かつての面影を失っていた。
暗く、重く、不気味な気配が全体を覆っている。
ジェシーは恐怖に震えながらも、勇気を出して森の中へ走り込んだ。
そのまま走り続けて狼に変えられたルカを探す。
走りながら、流れていく景色を右に左に必死に確認しているが見当たらない。
段々と足が重くなり、ゆるゆると歩く速度に落ちた。
「はぁ……どこに行ったの……」
その時、前方に淡い光が見えた。
「あれは…?」
ドレスの裾はそこら中に生えている刺草によってボロボロだ。足を引きずりながら何とか歩いたジェシーは、そこに一軒の小屋が建っているのを見つけた。
すると、扉が開き一人の老婆が出てきた。
「おや、客人かい。」
ジェシーはハッとして事の経緯を説明した。
「そうかい、禁呪を使われたんだね。」
そう言って老婆は小屋の近くに生えている刺草を摘み取り、差し出した。
「これを使いなさい。」
「え…?」
「この刺草で糸を作り、ローブを編みなさい。それを狼になった友人とやらに羽織らせると呪いは消える。」
「っ!!本当ですか⁈」
ジェシーは呪いが解ける希望に目を輝かせた。しかし…
「必ず素手で作業するんだよ。そしてローブを編み終わるまで、その目的を誰にも喋ってはいけない。」
イラクサはとても痛い。素手で作業するとなると、とても辛いだろう。だがジェシーに迷いはなかった。
「分かりました。」
ジェシーの強い眼光に、老婆は笑みを浮かべた。
「この森にある刺草を使うといい。糸にしたら、あとは森を出てから編みなさい。」
「ありがとうございます!…でもルカ…いえ友人は…」
「心配いらない。私が見つけておく。ローブが完成する頃にお前のところへ向かわせよう。」
「あぁ、何から何までありがとうございます…!」
ジェシーはそれから、手を傷つけながら大量の刺草を摘み取り、糸へと加工するべく作業をはじめた。
赤く腫れ、出血もした。寝る間を惜しんで手を動かし続けた。
その後、森から出た時には1週間が過ぎていた。
森の近くでベリル伯爵が派遣した捜索隊に保護され、屋敷にもどった時には、血相を変えた父が泣きながら抱き締めてきた。侍女も安心したのか、床に膝をつき泣き崩れている。
「お父様…なぜここに…」
「連絡をもらったからだ!なんて無茶を!」
「ごめんなさい。でもルカ…いえ、殿下は見つかりませんでした。その代わり…」
そこまで言いかけてハッとした。
目的を話してはいけないーーー
呪いを解くための条件だった。
「いえ、ふ、不思議なお婆さんに会いました。迷ったので、森の出口を教えてもらいました…」
なんとか誤魔化したが、父や伯爵の顔は強張った。
「まさか、魔女に会ったのか…!?」
「…魔女?」
そうだ、西の森には古代の魔女が棲んでいる。
だが、彼女からは、言い伝えになるような恐ろしさは感じなかった。
「それよりもお父様!女王が殿下に呪いをかけたのです!」
「ああ。伯爵から聞いた。だが女王の権力は絶大だ。今や誰も歯向かうことが出来ない。残念だが、この事に我々が関与すると命が危ない。王都に戻り、しばらく自宅から出ることを禁止する。」
それはむしろ好都合だとジェシーは思った。
「分かりました。部屋から出ません。ですが、あの糸は私の部屋に全て運んでください。」
保護された時に捜索隊に渡していた刺草の糸。
父は怪訝な顔をしたが、ジェシーの鋭い眼差しに、何か意味があるのだな、と了承してくれた。
そうしてジェシーは王都の自宅に戻り、部屋でひたすらローブを編むことになった。
侍女が食事を運ぶ際、何かを聞きたそうに編みかけの布をみているが、ジェシーのすることを皆、ただ見守っていてくれた。
どれくらいの時が経ったのだろう。
荒れていた手も赤みが引いて、徐々にローブが出来上がっていく。そしてついにーーー
「で…できたわ!」
2カ月が過ぎていた。ジェシーは魔女のお婆さんが言っていたことを思い出す。
「完成したらルカが来る…はずよね。本当に来るのかしら…」
その時、廊下の方がバタバタと騒がしくなり、部屋の扉が勢いよく開けられた。そして城の兵士たちがぞろぞろと入ってきてジェシーを拘束した。
「ジェシー・フェルミア!禁呪を使った罪で連行する!」
「なんですって!?」
侍女も父も同様に拘束されている。
これは、なにーー
現実なの……?
そうして父や使用人は牢獄は入れられ、ジェシーは女王の元へ呼ばれた。
パーティの時以来に見るヴァルザリア女王。
ルカを狼に変えた張本人。
ジェシーは後ろ手を縛られて額を床に押し付けられた。
「久方ぶりよ、ジェシー嬢。」
「うっ…」
顔を上げようとして再度床に押し戻される。
「お前は、禁呪を使い、漸く見つけた幻の王子を獣にしてしまった。王族への謀反とみなし、死刑とする。あとはーー」
バサっと音を立てて、ジェシーのまえにローブが落とされた。
「これはなんだ?何を企んでいる?」
「……!」
ジェシーは口をつぐんだ。だがローブの方へ自分の体をにじり寄せ、身体の下に隠した。
「ふん、そんなに大事なら、お前の首を切った後、共に燃やしてやろう。」
「なっ!?」
「連れていけ。」
「まっ待ってください!」
目の前で繰り広げられる光景を、立ちあった高位貴族たちは痛ましい表情で見つめていた。女王だけは不敵な笑みを浮かべ、余興を楽しんでいるかのようだった。このまま女王の独裁が続けば、明日は我が身かもしれないと、皆一様に考えていた。
雲一つない澄み渡った青空の下。
風が全く吹いていない異様なこの日に、ジェシーの処刑が行われることとなった。
ボロボロの布一枚を纏って、イラクサのローブだけ持たされたジェシーは、処刑台に上り膝をついた。
あぁ…どうして…これではルカを助けられないーー
私が死ねば、彼を救うことはできない…
絶望にただただ呆然とするしかなかった。
心に後悔を、ひとつ残してーー
(ルカにひと目…会いたかったっ…!)
瞼を閉じると、一筋の涙が頬を伝う。
本当はーー初めて会ったあの日から、心惹かれていた。
銀髪に金の瞳。
今思えば、先先代国王の髪と瞳をそのまま写したような彼の色。
文通のやりとりから伝わる彼の優しさと素朴さ、そして聡明さ。
『君に早く会いたい』
そう手紙に書かれていたとき、どれだけ胸がときめいたかーー
ジェシーの首が無理やり晒される。
女王が手を挙げて合図をした。
その時だった。
一匹の狼が、処刑台の周りに集まった民衆の頭上を軽々と飛んで、処刑台の上に着地した。大きく、何より美しい銀の毛並みの狼に、周囲からは悲鳴やら感嘆やら様々な声が上がっている。
兵士たちが狼に対して剣を向けるが、あっという間に蹴散らされ、処刑台から下へ落ちていった。そして狼はジェシーの前に近づき、俯いている彼女を鼻でつついた。
ジェシーは顔を上げて、その狼を見た。
その瞬間、感極まって大粒の涙を次から次へと溢した。
「…うっ…ルカっ!!会いたかった…!!」
「グルル…」
その様子を見て女王は怒鳴り声を上げる。
「何をしている!その獣を殺せ!!」
だが、狼のあまりの大きさと力の差に、兵士たちは誰も行きたがらない。
その間に、ジェシーは我に返って、ローブを狼に掛けてやった。
するとーーー
刺草のローブが輝きだし、それと共に銀狼の身体も光に包まれた。あまりの眩しさにジェシーも周りの人々も皆、直視できず顔を背けた。そして光が弱まり視線を戻すと、狼がいたはずの同じ場所に、王族が羽織るに相応しい美しく紅いローブを纏った、銀髪に金色の瞳をもつ青年が立っていた。
その圧倒的な姿と佇まいに、人々は息を呑んだ。
ジェシーをゆっくりと立ち上がらせ、ルカは声を上げた。
「皆の者、よく聞け!私の名はルキウス・ダン・デ・トパーズ。そこにいる女王が放った禁呪により獣に姿を変えられた。だが、私の隣にいるジェシー・フェルミアにより、その呪いは今解かれた。私はここに、国王として即位することを宣言する!」
一瞬静まり返った聴衆も、真実が分かった今、大きな歓声が上がった。それと同時に女王に向かって怒号が飛びかいはじめた。
「女王を処刑しろ!」
「魔女だ!禁呪を使うなんて恐ろしい!」
民衆の野次にヴァルザリアはたじろぎ、悔しそうに顔を歪める。
その場を去ろうとした女王を、その場にいた兵士達が束になって囲い込み、捉えようとした。
しかし女王は怪しげな呪文を唱えたのち、姿を消してしまった。
ルカによりすぐさま捜索の命が出されたが、魔術を使うヴァルザリアを捕まえるのは、恐らく難しいだろう。
その騒動を横目に、ジェシーは処刑を免れたと言う事実に全身の気が緩み、またその場に座り込んでしまう。
「わたし…助かった…?」
「ああ、もう大丈夫だよ。」
頭上から優しい声が聞こえる。それはもう幼い少年のものではなく、大人の男性になったルカの声だった。
久しぶりの再会を喜びたいのに、身体に力が入らない。顔を上げてルカの顔を見たいのに。
そう思っていると、急に体がふわりと浮かび、視界が持ち上がる。すっぽりと腕の中に収まり、すぐ近くにルカの顔がある。
「!!!?」
抱き上げられたと認識して、恥ずかしさからみるみる顔が赤くなる。
「ル…ルカ…あの…お、下ろして…」
「それは聞けないな。こんなになるまで僕のために…。本当にありがとう、ジェシー。」
そう言ってルカはジェシーの額に口付けた。
「!?!?」
状況についていけずに頭から蒸気が出そうなジェシー。
だがふと、彼は王子であり、今この時よりこの国の王様になる人だと思い出す。
(このままではいけないわ、すぐ下りなければ…)
だがそれを察したのかルカはジェシーを抱く力をさらに強くした。
「ダメだよ?逃げちゃ。」
「にっ逃げるだなんて…。ただ不敬になると思って…貴方は…国王になる方ですから…」
文通とはいえ長年の友人。久しぶりにあったとは思えないほど親しみ、そして自覚した恋心。
もし彼が貴族令息なら、このままで問題はない。だが彼は国王だ。このような気軽さで話していい相手ではないし、この気持ちも、捨てなければならない。
「久しぶりにお会いできて、本当に嬉しかったです。ルキウス殿下、いえ、陛下。御身が無事で、安心致しました。そして、私の命を助けてくださり、誠にありがとうございます。」
「そんな他人行儀はやめてくれ。今まで通り、ルカと呼んでくれ。私は、ジェシーとこの先もずっと一緒にいたいと思ってるんだ。手紙ではなく、こうして隣で…」
そうしてジェシーを下ろして、ルカはその場に跪いてジェシーの手を取る。
「私と結婚してくれないか?」
突然の求婚。
ジェシーは目の前の出来事が信じられない。
だが返事をするより先に、周囲の民衆が先にお祝い騒ぎをはじめた。
「めでたい!国王様が呪いから解放され、伴侶まで得られた!今日は酒飲むぞー!!」
「本当におめでとう御座います!」
「おめでとー!!」
老人から子供まで、口々に祝いの言葉を述べ始めた。これはもう、答えはひとつしか選べなくなった。
ルカは悪戯っぽく笑みを浮かべている。
「もう…ルカったら…。是非、よろしくお願いします。」
その返事を聞いた途端、ルカはジェシーをひょいと抱き上げた。まるで子どもにするみたいに、軽く宙へ持ち上げる。
「きゃっ!もうルカ!」
「ははは!嬉しいんだ!ジェシー、愛している。」
そうして2人の顔は近づき、口付けをした。
その後、トパーズ国は穏やかな繁栄を見せた。前女王により荒れていた政治はルキウス国王により見事に持ち直し、素晴らしい治世が行われたという。
そして、いつでも寄り添い合う国王夫妻のもとには五人の子どもが生まれ、その幸せは末永く続いたという。
ーFinー
読んでいただきありがとうございました。
童話『白鳥の王子』を久しぶりに読み、懐かしさからこの物語を書きました。
もし楽しんでいただけたら、評価やリアクションをいただけると嬉しいです。
今後とも宜しくお願いします(^^)




