第二話 腹黒にはご注意を
――――むかし、父に尋ねてみたことがある。
「どうしてみんなは魔法を”おとぎ話”だというの・・・?」
記憶の中の父は、その疑問を聞いてクリスタの頭をやさしく撫でてこう言った。
「魔法はね、おとぎ話にしておかないと、悪い奴らが悪いことに使おうと企んでしまうかもしれない。だから、このことはお父さんとクリスタの秘密にしようね。」
人差し指を口元で立てた父は、穏やかに笑いながらウインクをした。
魔法 ―― それは、 人に知られてはいけない、父との 『誓約』 にも等しい秘密 なのだ。
第二話
深い笑みを浮かべたセリウス・ヴェリドット氏に、クリスタはすべての思考をフル動員してこの場を切り抜けようと必死になっていた。というか、完全にただあたふたしていた。
クリスタは必死すぎて気づいていないようだが、その姿はすでに彼の質問に対して「イエス」と答えたも同義である。
「これでも、他人のちょっとした、動揺や感情の揺れには結構敏感な方でしてね。お陰でつまらない貴族たちの”演技”に引っかかることがなくて助かっていますが・・・。」
彼の含み笑いは、あまりにも優雅で、あまりにも悪魔的だった。
(やだ、この人笑顔で人を呪ってそう・・・。)
その冷気に、全身の鳥肌がゾゾゾと駆け上がってくるのを感じた。
あれ、今って春だよね?!
「ねえ?店主さん。さっき、最後のパーツを外す前・・・なにか気づいていませんでしたか?」
「あの、いや・・・な、何のことだか・・・?」
必死に言い訳を考えるも、全く思いつかずただしどろもどろに言葉を濁すクリスタ。
部屋を満たすこの空気は、まさに餌場に迷い込んだ子ウサギと、それを眺めて食事のタイミングを見計らう、気高き獣のそれだった。
「あ、そうそう。言い忘れていました。この時計、普通の時計ではないんですよね。」
「・・・へ?」
まるで普通の事のようにそう言ってのけるセリウスは先程修理した時計をこつん、と優しく指先で叩いた。彼はクリスタの戸惑いには全く構わずエメラルドグリーンの瞳を細めてこう告げた。
「『導きの時計』(クロノス・ファインダー)と言うらしいのですが、とある知り合いから借りたもので・・・、探し人を見つけてくれる古代の魔法具なんです。」
「古代・・・魔法具・・・?」
「ええ。。この上部の『竜頭』を、探し求める人物のイメージを強く念じながら、特定の回数だけ回す必要があるんですが・・・どうやら操作が可能なのは、ごく限られた才能のある者だけだそうで・・・ですが、私でも見事に上手くいったようで。幸いです。しっかり私の探し人を引き当てられました。」
にーっこり、といった感じで正直クリスタから見れば最大級にあくどい笑みを浮かべる彼の表情に、背中になにか氷でも流し込まれたのでは?と思うほどの寒気が走る。
すでに心臓はバクバクである。悪い意味で。
「それでなんですが、」
言葉を止め、静かにカウンターに肘をついたセリウスの視線が、クリスタの顔を射抜いた瞬間に顔が引きつった。
(目!目が笑ってない!!!)
「先程もお伝えした通り、私には探し人がいましてね。」
「・・・は、はぁ・・・」
既にクリスタの喉はカラカラで、やっと出たのは情けない呻き声のような返事だけだった。
「ですが、ただ訪ねて行ったとしても、そう簡単には尻尾は出さないだろう。と、言われまして。」
セリウスは、まるで優雅な紅茶をすするような口調で、恐ろしい計画を淡々と語り続けた。
「・・・うん?」
「だったらなにか、言い逃れの出来ない事実を目の前で暴いてしまえばいい、とアドバイスを頂きまして。」
その瞬間クリスタの背筋に嫌な予感が走った。
胃のあたりが、冷たい氷でギュッと絞められる感覚。
「・・・ん?」
「この魔法道具を使えば探し人を見つけだし、その証拠も突きつけられるだろう、と快くお貸しいただいたんですよね。」
「あ!あの・・・!!!!」
「はい?なんです?」
クリスタは喉の奥で息を詰まらせた。
聞けば聞くほどに、クリスタの中で、ある男の底意地の悪い笑顔が脳裏に浮かんでくる。
こんな手の込んだ、『親切』を働く人間は、世界にたった一人しかいない。
そして、静かに震える声でその裏切り者の名を尋ねた。
「ちなみに・・・そのご親切なお知り合いと言うのは・・・?」
セリウスは、悪戯が成功した子供のように、美しく微笑んだ。
「―――・・・ヴェリル・グランスタ男爵という男なんだけれど・・・ご存知かな?」
「~~~ っっっ・・・・!!!」
喉の奥から、くぐもった、獣のような小さな叫びが漏れた。
———ヴェリル・グランスタ。
彼は、亡き父の友人にして、クリスタの後見人。まだ九歳だったクリスタの生活、葬儀、店の手続き -すべてを取り仕切り、彼女の秘密を守ってくれた「大恩人」である。
……が、同時にクリスタの人生における最大のストレス源でもあった。
会えば必ず「おい、ちんちくりん」から始まり、
毎年のように収穫祭には“魔女の衣装”を送りつけてくる。
そして、開封した途端に届く追伸メモには決まってこう書かれているのだ。
「馬子にも衣装。……いや、本物の魔女だったな。ぷぷっ」
(・・・なんか思い出しだけで腹立ってきた・・・!)
ヴェリルは、クリスタの”秘密”を知る唯一の人物であり、彼女の事を外に漏らさぬように守ってきた人物だ。それなのに――なぜセリウスに?
連絡もなしに、こんな大ごとを仕掛けてくるあたり、きっとろくでもない企みがあるに違いない。
(覚えてなさいよ・・・ヴェリル!次会ったらぜったいに、あなたの一張羅のコートを、全面レースだらけの、フリルとリボンのひらひら衣装に変えてやるんだから!)
クリスタの脳内で、 「ヴェリルへの復讐内容リスト」 が瞬時に更新された。
「ふむ、やはりご存知のようですね。話が早くて助かります。」
彼女の様子を静かに、そして楽しそうに見ていたセリウスはにこやかにそう告げた。
「それで、【魔法使い】のクリスタ・ローズウェルトさん。」
「ふえっ!?」
(もう隠す気ゼロじゃんこの人・・・!)
さっきまでのこの男の言葉遊びはなんだったのか。
きっぱりと告げられたその言葉に、もうこれ以上のはぐらかしは全く意味がない事を悟った。というか、ヴェリルが彼に全てを明かしている時点で、多分詰んでいる。
「あなたのその力、我々に貸していただけないでしょうか?」
「・・・。」
嫌だ。心の叫びが、喉の奥で激しく反響する。
自分には父との約束がある。この力は、誰にも知られてはならない、隠し通すべき秘密なのだ。だが、目の前の貴族をどうやって追い返せばいい?クリスタは、ただ無言で、必死に断るための最も安全な手段を探していた。
「あ、もうひとつお伝え忘れました。」
「・・・?」
「もしあなたが断った場合にヴェリルからこう言えと言われたのでした。」
「・・・・・・・・・・・・・・な、なんでしょうか・・・」
おいおい、嫌な予感しかしねえぜ。
「『もし断ったら、次の収穫祭の”魔女っ娘コスプレのミスコンイベント”に強制参加させるぞ』だそうです。」
それはそれで面白そうですね。ふふっ。
まるでクリスタの人生を弄ぶ死刑宣告のような発言が、その優美な口元から飛び出した。
「あ、ちなみに優勝した暁には、『賞金はすべていただく』だそうですよ。」
「・・・っっっっ!!!!」
(……あのちゃっかり腹黒腐れ外道男爵 、絶対に許さん……!)




