第一話 腹黒侯爵の餌食になった日。
少しだけ、昔の話をしよう。
過去、この世界には”魔法”と呼ばれる力を持つ所謂
【魔女】が存在していた。
風を呼び、星と語り、命を紡ぐ力。
それは、誰もが持っていた小さな奇跡。
けれど、人はそれを“力”として求めすぎた。
人の欲望が争いを生み、
大地を焦がし、海を裂き、空の光さえも消した。
いつしか、
魔法は絵本の中の物語になり、伝説となり、
人々は【魔女】を「おとぎ話」だと口にするようになっていた。
しかし、その伝説をひっそりと守り続ける者がいた—————。
石畳の細い小道を抜け、街のはずれに出ると、ひっそりと佇む小さな建物が見えてくる。
赤みを帯びた瓦屋根は少し色あせ、白い壁には年月の名残が刻まれている。木枠の窓はところどころ塗装が褪せているが、きちんと磨かれ、手入れの跡が感じられた。
入口には木の小さな看板が吊るされ、「Talis’ Clock」-タリスの時計屋-と刻まれている。そよ風にかすかに揺れ、街並みに静かに溶け込みながら、この場所が時計屋であることをそっと知らせていた。
「OPEN」と書かれたアンティーク調の扉を押すと、古い柱時計や振り子時計が整然と並び、微かに油の匂いと木の香りが混ざり合う。時を刻む音だけが静かに響き、時間そのものがゆっくりと流れているかのようだった。
店の奥の大きなカウンターから、金色の髪がぴょこんと顔を出していた。
この時計店の店主、クリスタ・ローズウェルトは、カウンター兼作業台の前に腰かけ、精密な懐中時計の歯車を静かに覗き込んでいた。手袋をはめた繊細な指先でそっと歯車を回すと、静寂の中にカチリと小さな音が響き、やがて秒針が時を刻み始めた。
「……うん。完璧」
安堵の息を漏らし、長時間丸めていた背中をぐっと伸ばす。
顔を上げると、窓から差し込む陽の光が、窓辺の白いコスモスを優しく照らしていた。
花びらに淡く光が映え、その隣にある壁掛け時計の針がそっと昼時を告げている。
(そろそろ昼休みかぁ・・・)
今日の昼は何を食べようか?とキッチンにある食材を頭に浮かべながら、作業で使用していた器具を一つ一つ丁寧に片づけていると、ふと小道を渡る風が庭先の看板を軽く揺らした。 ぎしり、と小さな音がして、クリスタはカウンターに落としていた視線を窓の外へ向けた。
(来客・・・?)
庭先から続く石畳の道を二人の客人が歩いてくるのが、カウンター横の窓から見える。
背丈や風貌からして、どちらも男性のようだ。しばらくして、店舗のドアベルが「チリン」と澄んだ音を立て、扉が静かに開かれた。
「いらっしゃいませ」
クリスタは扉の方へ視線を向け、声をかけながらカウンターの椅子から降りた。
群青の外套をまとった金髪の青年が、柔らかな光の中に静かに立っている。
その傍らには、彼より頭ひとつほど背の高い黒髪の男が控えていた。
見たところ、貴族の主と従者、といったところだろうか。
こちらに気づいた二人はふわりと礼を返した。その動きに、静かな品格が宿っているようだった。
先に口を開いたのは、群青の外套をまとった金髪の青年だ。
静かな店内に、柔らかく澄んだ声が響く。
「失礼いたします。こちらで時計の修理をお願いできると伺ったのですが……」
クリスタの方へと足を進めながら、彼は少し控えめにそう告げた。
クリスタは慌てて、カウンターに置いていた布巾で手をぬぐいながら笑みを浮かべ、
コクリと大きく頷いて返答を返す。
「はい、承っております。どのような時計でしょうか?」
金髪の青年は軽く頷くと、後ろの従者に目をやった。
従者は静かに懐から小さな黒革の箱を取り出し、両手で蓋を開く。
中には、細かな銀細工が施された懐中時計が収められていた。
文字盤は飾り気こそ控えめだが、その針の動きや細部の彫刻からは、手仕事の温もりと確かな技量が伝わってくる。
一目でただの品ではないことがわかる――長く大事にされてきたものだと。
「古いものなのですが、長く動かずにおりまして……」
彼は言葉を区切り、懐中時計を見つめた。
その横顔に、淡い哀しみのような影が差したように見えた。
「大切な品なんです。もし直せるようでしたら――」
「拝見してもよろしいですか?」
クリスタは、先ほど外していた白い手袋を再びはめ、そっと両手を差し出す。
青年はその仕草に安心したように微笑み、懐中時計を静かに手渡した。
その一連の動きの中にも、洗練された気品が漂っている。
――彼は本当にただの貴族なのだろうか?
そう思いながらも、クリスタは受け取った時計を丁寧に観察した。
表と裏、左右を確認し、耳を近づけて秒針の音を確かめる。
残念ながら時は止まったままだった。
しかし、外装には錆ひとつ見当たらない。長く大切に保管されてきたことがうかがえる。
どうやら、錆や摩耗が原因ではないようだ――そう判断し、クリスタは小さく息をついた。
その時、金髪の青年の背後に控えていた従者の男が一歩前に出て、低い声で言った。
「主は『直せぬ時計はない』との評判を聞きつけ、はるばる隣町のイーストーンからやって参ったのです。」
クリスタは思わず目を瞬かせる。
イーストーンといえば、城下町の中でもひときわ栄えた街。
時計職人も多く腕も確かだ。わざわざ遠方から訪ねてくるほどの理由とは――。
胸の奥に、小さな不安がよぎる。
その表情を見て、青年は苦笑を浮かべた。
「すみません。とある事情で、イーストーンの時計屋には頼めずにいまして。
知人に勧められて、こちらの“タリスの時計屋”を訪ねたのです。」
「そうでしたか。」
(とある事情、とは……?)
心の中でそう呟きながらも、クリスタはそれ以上は踏み込まなかった。
カウンターの上にベルベットの小さなトレーを置き、懐中時計を静かに載せる。
そして、その横に置かれた羊皮紙を手に取った。
「しっかり中を見てみないと正確なことはわからないので、少しお時間をいただけますか?もし今日中の修理が難しいとなった場合は、後日お渡しになります。」
「ええ、かまいません。もし後日となった場合は従者の彼が引き取りにまいります。」
そういって金色の髪の青年が、黒色の髪の青年のほうへ手を向けた。
黒色の髪の青年は、一度クリスタに向けて小さく会釈をすると再び金髪の青年の後ろへ控えるように下がった。クリスタは一つうなづくと、手に取った羊皮紙を彼らに渡すために差し出して再び口を開いた。
「これが、注意事項です。繊細で精密なものなので、一応誓約書を書いてもらっています。ご確認いただいて、ご了承いただけるようであればサインをください。」
渡した羊皮紙には、3点ほどの注意事項が書かれていた。
修理に関する当たり障りのない内容である。
それを読み上げた青年はカウンター横に置かれた羽ペンを手に取り、静かにインクを蘸す。
その動作は無駄がなく、どこか優雅で、長年の習慣が滲み出ているようだった。
「――」
紙の上に筆を滑らせる音だけが、静かな店内に小さく響いていた。
一画一画が丁寧で、迷いのない線で描かれた文字は、まるで旋律のように整っている。
クリスタは思わず息を呑んだ。
署名――「セリウス・ヴェリドット」の名を目にした瞬間、自然と背筋が伸びる。
(ヴェリドット侯爵家…!)
エストレア王国の王家に最も近い地位にある、名門中の名門。いくら世間に疎いクリスタでも、その名は知っている。彼女の手は、急に汗ばみ始めた。
筆を置いた青年————セリウスは、サインを終えた羽ペンを静かに置いた。彼の口元に、微かな、しかし底が見えないような笑みが浮かぶ。その表情は、単なる貴族の子息というより、何か大きな目的を携えた冷徹な狩人のようにも見えた。
クリスタはそっと息を整えるとその羊皮紙を受け取り、なんとか笑みをうかべた。いびつな笑顔になっていないだろうか、と心配になりつつもこれが今のクリスタには精一杯の笑みである。
「はい、たしかに。ありがとうございます。では、とりあえず中身を確認してみますね。すこし時間がかかるので、それまではご自由にお過ごしください。」
クリスタがそう告げると、金色の青年は少し目を細めて考え込むように一瞬黙った。 そして、柔らかい声で静かに尋ねた。
「……もしよろしければ、作業の様子を見学させてもらうことはできますか? 少し興味があって……」
クリスタは一瞬、作業を開始しようとしていた手を止めると、青年の真剣な表情を見つめた。
「ええと……作業の様子を……ですか?」
声に少し戸惑いが混じる。普段はお客様に作業中を見られることなど滅多になかったのだ。 しかし、目の前の青年の礼儀正しさも相まって断るほどのことでもない。
「……わかりました。では、よろしければこちらにお座りください。手元の作業を邪魔しない程度に見ていただければ。」
クリスタはそう言うと、作業台の横に小さな椅子を一つ差し出した。
青年は軽く頭を下げ、丁寧にその椅子に腰を下ろす。
「ありがとうございます。じっくり拝見させていただきます。」
(じっくり……)
やけに「じっくり」という言葉に力強さを感じた気がするが、気のせいだろうと心に言い聞かせる。変な緊張を覚えながら、クリスタはあいまいな笑みを浮かべて小さくうなずいた。
早速作業台に腰かけると、クリスタは懐中時計をそっとトレーから取り出し、そっと掌に乗せた。裏蓋の淵に指先を添え蝶番を傷つけないよう、ゆっくりと蓋を回すと、カチリと小さな音を立てて開く。
中には幾重にも重なった歯車と、光沢を放つ小さなねじが精巧に組み込まれている。
片目にルーペを当て、拡大された歯車を丁寧に観察する。摩耗はないか、歯の歪みはないか、わずかな汚れも見逃さぬよう注意深く目を走らせていく。細い指先で微細なねじを外し、順序を確認しながらトレイに並べていく。どれひとつ欠けても時計の精度に影響するため、慎重に扱わなくてはならない繊細な作業である。油の香りと金属の冷たさが布越しに手に伝わってくる。
最後の歯車を外す瞬間。
ぴたり、とクリスタは手を止めた。
よく見ると、歯車のひとつに微かに光を反射する小さな紋章が刻まれている。見慣れない形状で、どこか組織の印章めいた威厳があり、指先に伝わる金属の冷たさとは別の異質な、ほんのわずかな「奇妙な感触」があった。
さらにその紋章の縁に、微かに淡い光の粒が揺れているような気配を感じた。
わずかに温かく、柔らかい震えのようなものが手袋を通して指先に伝わる。
まるで、時計そのものが静かに呼吸しているかのようだ。
それは時計屋として働き始めて以来、一度も感じたことのない微細な感覚だった。
時計屋店主となって6年。その前から数えれば数えきれない程の時計を扱ってきたクリスタの指先が、本能的に「異質だ」と訴えている。
この奇妙な感触の正体は、他人に悟られてはいけない。――そう思い作業を再開しようとしたそのとき、いつの間にか顔をこわばらせていて、さらに眉間にしわを寄せてしまったことに気づき慌てて表情を整えた。
すると、ふと金髪の青年と目が合い、思わず肩がびくりと跳ねる。
「―――原因のあたりはつきましたか?」
金髪の青年が何気なしにそう訪ねてきた。クリスタは内心で軽く狼狽した。
誰にも見破られないよう、完璧に隠してきた自分の「秘密の片鱗」を、よりによってこの謎めいた貴族の目の前で晒してしまったかもしれない。いつもならどんな客に対しても動じないはずなのに。
平静を装おうと、心の中で必死に自分に言い聞かせながら、クリスタは顔に張り付いたような笑顔を取り繕い、セリウスへと当たり障りのない結果を告げることにした。
「――この時計、長く止まっていたようですが、内部は非常にきれいです。丁寧に保管されていたのですね。見たところ部品には特に大きな破損はなく、一番奥の歯車が少し外れていました。それを直せば、すぐにでも元通りに動くかと思います。」
(でも、正直これは普通の時計ではない……)
そう直感しつつも、クリスタはそのことについては何も言及はせず、結果だけを彼へ伝えた。
セリウスはそんなクリスタの動きに目を細め、何かを確かめるように静かな声で口を開く。
「―――先ほど、手を止めたのは何か気づかれたのでしょうか?」
「え?!・・・いえ。・・・ただ、少し微調整が必要だな、と思っただけです」
セリウスは微かに微笑む。
「なるほど……そうですか」
口調と視線には、微かに獲物を追い詰めるような、確信めいた気配が漂っていた。
クリスタは、それが侯爵家の人間からの単なる探りだと必死に心に言い聞かせる。彼らが自分たち一般人とは違う、裏の顔を持っていることなど珍しくないのだ。
そう、これは気のせいだ。
自分を納得させるように強く頷きながら、クリスタはあいまいな笑みを顔に貼り付けた。
「これならすぐにでも修理できるかと思います。よろしいですか?」
クリスタがそう告げると、セリウスは先ほどの探るような口調とは一転し、無邪気な好奇心を滲ませた笑顔を向けた。
「ええ、もちろんです。もう少し見ていてもいいですか?」
「え?……あ、はい。どうぞ……」
曖昧な返事しかできなかった。
クリスタは内心で戸惑う。しかし、相手は名門の侯爵家。先ほどから何かを探っているような不穏さを感じているとはいえ、一般人の店主である自分が、貴族のささやかな願いを頑なに断るのも気が引けた。人に見られることにいささかやりにくさを感じつつも、クリスタは結局、曖昧な笑みを浮かべたまま、作業台へと向き直り修理の作業に入るのだった。
セリウスは再び静かにクリスタの作業を見守っていた。
一つひとつの部品を丁寧にクリーニングし、順序を確認しながら元の位置へ戻していく。
作業中に感じた紋章の放つ違和感は次第に強くなっていった。しかし、クリスタはその異質な気配に一切触れないと心に決めていた。あくまで自分は、普通の時計屋の店主だ。
(この時計の謎は、私が知る必要のない、貴族の秘密だ)
そう、必死に自分に言い聞かせながら、クリスタはもくもくと手を動かした。
最後の歯車を慎重に元の位置に戻し、ねじを締め直す。ルーペを外して時計を耳に当てると、秒針は再び規則正しく動き出していた。
内部の精密な調和が戻ったことが、静かに告げられているようだった。
「うん。なおりました。」
クリスタが、懐中時計をトレーに静かに乗せながらそう告げると、セリウスは再び笑みを浮かべて懐中時計に手を伸ばした。手に取ったその懐中時計がしっかりと時を刻んでいるのを確認して、さらに深い笑みを浮かべた。
「……見事だ。さすが評判通りですね」
セリウスは、そう静かに称賛の言葉を口にした。
(・・っ?!)
セリウスの笑みは、それはもう見目のよい青年の、深い喜びを表すものだった。普通であれば頰を染めるほどの魅力的な笑顔だ。しかし、クリスタには、それがなぜか非常に恐ろしいものを見たような感覚になった。
(この感覚……!あの人と同じ・・・?!)
なんとか彼らには早く帰ってもらおうと、クリスタはこわばる体を無理に動かして笑みを貼り付け、話題を事務的なものへと切り替えようと試みた。
得体の知れない不安が、胃の腑を掴むように強まる。
この場を早く離れるべきだという、本能的な警告だった。
「よ、よかったです。では、修理代を計算しますので、少々お待ちいただけますか?」
「ええ、お願いします」
セリウスは、そう穏やかに返した。
(助かった……!)
クリスタは心の中で安堵の息を吐いた。このまま事務的に会計を済ませてしまえば、この不穏な空気から逃れられる――そう思った矢先だった。
「……店主さん。この時計、ただ単に長く止まっていただけではないように見えたのですが……何か内部に特別な仕掛けがあったり……そういう可能性はありますか?」
カウンター横のレジへと手を伸ばしつつあったクリスタは、不自然なほどにピタリと手を止めた。
そんなクリスタを横目にセリウスは手中にある懐中時計を見つめる。
先ほどまでモノを言わないただのガラクタのようだったのに、今では息を吹き返しまるで生まれ変わったかのような美しさを感じた。
そして静かに口を開く。
「・・・いえ、仕掛けというよりも、この時計から漂う 『異質な気配』 に、あなたは気づいたのでは? 特に、裏蓋の奥に刻まれた 『紋章』 から漏れる、微かな光に・・・ね? 」
クリスタは首をかしげてこちらににっこりと笑みを向けてくるセリウスの姿に、手が自然と恐怖で震えるのを感じた。
彼のそれは、既に何か確証を得ているものの言葉だった。
そして先程まで浮かべていた笑みとはまるで違う、肉食獣が一度狙いを定めた獲物から決して視線を外さないように、微動だにしない、確信に満ちた目。
その瞳の奥深く、エメラルドグリーンの輝きが、まるで不吉な宝石のように、怪しく、鋭く光っていた。
「あれがなんなのか、あなたはご存知ですよね?」
「え?」
セリウスは、カウンター越しにクリスタの顔のすぐ近くまで、その端正な顔を滑らせた。
「あなたが、この店でひっそりと守っている力……」
彼の吐息が、クリスタの耳元をかすめる。
「っ……」
セリウスは、言葉の最後の刃を、静かに突きつけた。
「それを、世間では『魔法』って呼ぶんですよね……?」
セリウスのその言葉に、クリスタは一瞬にして全身の血の気が引くのを感じた。気づけば体が勝手に彼から距離を取ろうとするかのように後ずさりし、カウンター後ろの壁に背中が張り付いていた。こんな反応、まるで「イエス」と言っているようなものじゃないかと思われるだろうが、今のクリスタの脳内は完全に危険アラートによる混乱と恐怖でそんなことを気にしている場合ではなかったのである。
(そう、私は、あくまで、一般人の時計屋の店主・・・!!!そう、ただの……!)
彼女は必死に、そのパニックで乾ききった唇を動かした。
「魔法?・・・やだなぁ、侯爵様。私はあくまで時計屋の店主ですよ?そちらの時計も、ただ歯車を合わせただけですからぁ・・・・あははは・・・」
不自然に高い笑い声が、店内に虚しく響く。
「おや、私が侯爵家の人間だとよく気づきましたね。」
セリウスの追求は緩まない。クリスタは、その悪魔的な笑顔から視線を逸らそうとしながら、さらにまくし立てた。
「先ほどいただいたサインのファミリーネームを拝見しましたもの。いくら世間に疎い私でも、さすがにヴェリドット侯爵家様のことは存じ上げていますとも、ええ!それしかご存じ上げませんけど!」
もう何を言っているのか自分でもわからない。内心、冷や汗をだらだらと流しながら、クリスタはとにかくこの場から逃れるための言葉を必死に並べていた。
ふと、何気なしにセリウスの後ろで控える従者の青年に目を向けたところ……
(すっごい睨んでる・・・・?!!!)
先ほどまでそれなりに警戒心を持っている様子はあったが、あくまでも護衛として当たり前の行動であったから特に気にはしていなかった。しかし現在従者の青年はまるでクリスタを視線で射貫き殺すんじゃないかと思うほどの純粋な敵意に満ちた眼光でこちらを睨みつけている。
純粋な敵意に満ちた、その赤い瞳がクリスタに突き刺さってきた。
正直そこまでされるほどのことをした覚えはないのだが、そんなことを口にしようものなら彼の腰に揺れる剣で一突きされること間違いなしな気がして、クリスタは口から出そうになった悲鳴と言葉を何とか飲み込んだ。
この状況を知ってか知らずか、セリウスは相変わらずのにこやかな顔で再び彼女へと声をかけてくる。空気が読めないというよりも、あえて読む必要はないといった冷酷さが感じられた。
「そうでしたか。それで・・・先程の『魔法』についてなんですが・・・」
「ひぇっ?!あ、ええと・・・」
驚きと恐怖で、思わず間抜けな声が口から出たが、セリウスはそれに気にする様子もなく、笑みを深めて言い放った。
「あなた、使えますよね? 魔法」
――その言葉は、クリスタにとって、世界の真実を問う、決定的な一撃だった。
「…………え?」
――はじめに言っておこう。
この世界には、もう“魔法”は存在しない。
『魔法』とは、この世のおとぎ話。伝説。
それ以上でも以下でもない。
だが、彼の言葉をクリスタは内心では完全に否定できなかった。
なぜなら
――かつて大魔法士と呼ばれた
クリスティーナ・ローズウェルトの末裔、
クリスタ・ローズウェルトにとって、
“魔法”はたしかに存在しているものだったからだ。
2025.10.23 加筆修正




